30話目 交渉成立
約1ヶ月以上お待たせしてしまい、本当にすいませんでした。
そして明朝に俺たちは、森の中へと歩を進めて行く。
まだ空が薄暗く、物音一つもしないせいか森の中がいつも以上に不気味に感じられた。
今回感じた不気味さは、初めて森の中に足を踏み入れた時と同じではなく、何か得体のしれない物に監視されているような気分で、纏わりつかれるような不気味さだ。
周りを観察してみても皆、汗を掻いているのでこの森が何となくヤバいと言うのは薄々感じているのだろう。
それでも俺たちは進んで行く。
「今回、皆も見て分かるのだろうが少人数である。
私とルドルフと誠、そして護衛の5人だ。
私がお前たちを連れてきた意味は、分かってくれるな?」
「勿論です。ギル様。
今日あったことは他言無用に致します。」
久しぶりにルドルフさんの敬語を聞いたけれど、違和感しかなくてとても気持ちが悪い。
他の護衛の兵士たちも、物珍しそうに見ているので彼らの関係は既に知っているのだろう。
「うむ、頼むぞ。
今回の交渉で我が祖国の命運が決まると言ってもいいほどの重要な会談だ。
皆気を引き締めて行くように。」
ギルさんはそう言ってこの前魔族と会談した洞窟へと向かって行く。
ギルさんが話したことによって心なしか、周りの兵士達も少し緊張が解けたように見える。
しかし、少し緊張が解けたとはいえ森の中は依然と不気味である。
偶に風が吹いてくるのだが、体にベッタリと纏わりつくような感触でとても心地が悪い。
「お、今日の森は死体が無くてとてもきれいじゃねえか。」
ルドルフが1人ポツリと話し始めたので、声主の方を見る。
「誠、お前なんか知らねえか?
人間の死体どころか、魔物の死体もねえぞ。しかも血もねえ。」
「確かこの前、シャルルさんが魔物の死体を調べていました。
けれど、死体は回収していなかったので違うと思います。」
「ひょっとしたら、俺たちもこんな風に跡形も無く消えたりしてな。」
ガハハハとルドルフさんは笑うが俺は笑えなかった。
因みに他の兵士たちの顔もひきつっている。
この場を和ませようとした冗談は今の空気に合わず、誰も笑う事は無かった。
「けどよ誠、シャルルの野郎は何を調べていたんだ?」
俺はこの前シャルルさんが、魔物興奮剤について調べているという事を伝えようとしたら、前の方から怒号が飛んできた。
「おい、ルドルフ、相手は仮にも大事な交渉相手だ。
私情を挟むんじゃない。
良いか、きちんと接する態度を気を付けるのだ。」
「へいへい、気を付けますよ。
別に今誰も見てねぇんだからいいじゃねえか。」
「本当に頼むぞ。」
空気がピリつたいたかと思ったが、寧ろみんな顔に活気が戻って来たので、これが彼らの日常なのだろうと思った。
しかしこんな些細なことでギルさんが注意するなんて珍しく、気が立っていることが分かる。
そこである一人の兵士が話しかけてきた。
「君が誠君か、噂は聞いているよ。
誰だかわからないって顔をしているね、僕たちはギル様達と王都で反戦活動をしていたんだ。」
一応なぜわかったのか聞いてみる。
「アハハ、面白いことを言うね。
こんなに目立つ格好をしていたら誰でも直ぐにわかっちゃうよ。」
俺はつい和風の鎧を着ていることを忘れてしまっていた。
「ところでこの鎧、どこで手に入れたのあかい?」
「俺の師匠から譲り受けました。」
「へー、それは随分と強い戦士だったんだろうね。」
取り敢えず俺は頷いた。
「ごめん、ごめん、ついつい本題からそれちゃったね。
所でシャルルさんって何を探していたのかい?」
魔力興奮剤の事を話すと、ここにいる全員の顔が曇った。
何やらギルさんや、ルドルフさんがコソコソと話している。
そして、少し時間が経ってからありがとうと兵士のお兄さんはルドルフ達と話し始めながら歩いて行った。
そうこうしているうちにやっと洞窟に着いた。
実際はそんなに時間はかかって無いのだろうが、丸1日この森で過ごした気分だ。
洞窟についてからは直ぐに会談が始まった。
この前と同じようにシャルルさんは、従者を連れることも無く一人でいる。
軽い挨拶をしてから早速本題に入る。
「魔物が人族を襲っていた理由はやはり魔物興奮剤のせいでした。
この件に関しましては謝罪申し上げます。」
「いえ、殺し合う事はお互いに仕方のない事ですから。
しかし、魔力興奮剤の出どころはつかめたのですか?」
俺はシャルルさんとギルさんの通訳をしながら、この話の内容に注視する。
「大方、開戦派の人たちが仕組んでいるようです。」
「成るほど、時間がありませんな。」
「ええ、ですが一つ気になることがありまして、あまりにも魔物興奮剤の数が多いのです。
そんな大規模に栽培できる代物ではないのですが……」
「それでは、最近、砦で流行っている病も」
「病?我々は全く知りませんがね。
一体どんな症状なんです?」
俺はこの前見た、色が白くなって見るもの皆に恐怖と嫌悪感を与える死体の話をした。
この話をした途端、シャルルさんは一気に顔をしかめる。
「それは……、取り返しのつかないことが起こっているかもしれません。
私の知る限りでは、伝説に出てくる古龍の呪いです。」
そしてシャルルさんは古龍についての伝説を語り始めた。
『魔と人、互いに手を取り合う時、2つに分け合う。
その時、強力な結界と呪いを龍が施し、世に平穏が訪れる。
しかし、世が乱れ始める時、世には不幸が、天には幸福が訪れる。」
それが今に言う魔物の森とザクセン砦なのである。
ザクセン砦には魔人族が、魔物の森では人族が嫌う結界を張る。
しかし、その竜が殺された時に呪いが発生するようだ。
もしかしたらその呪いが今回の病の原因なのかもしれないと言っていた。
「もしその話が本当なら……」
「ええ、古龍が死んでしまっていますね。」
「いったい誰がこのような事を……
治し方は知らないのですか?」
シャルルさんは首を横に振り、この場の空気は静まり返った。
誰一人として口を開こうとはしない。
ここにいる全員の表情が曇っている事だけは確かである。
さらに下級の兵士たちの間では、敵がやっったのだと根も葉もない噂がたって開戦ムードであるらしい。
シャルルさんとギルさんの方へ目をやると、二人とも何か考えている様子である。
「開戦と決まったわけでもないので、取り敢えず打てる手は打ちましょう。
我々魔族は7割近く掌握できているので、後は魔物興奮剤を卸している物ですね……」
シャルルさんは顔をしかめる。
「分かりました、それに関しては我々人族で調査致します。
我々も後は王に直訴するだけですので。
兵士たちは何としてでも抑えましょう。
それと、国境の境目は今のままで問題はありませんか?」
「ええ、問題ありません。
しかし交易の話きちんと守ってくださいね。」
「勿論です。抜かりはありません。」
少しギルさんの目力が強くなった気がする。
成るほどお互いに休戦させる事を口実に、お互いに経済活動を回復させようという事なのだろう。
寧ろこっちの方が主な目的のように思えてきた。
そして誰も情熱のみで動かず、利害で動いているのだろうと思い知らされる。
その後誓約書に二人ともサインをした。
「それでは幸運を祈っていますよ。」
そう握手を交わしてシャルルさんはニッコリと微笑んで、俺たちと来た方向と別の方向に進んで行った。
俺たちがシャルルさんの背中を見届けていたら急に止まって、
「もし、開戦することがあればお互いに遠慮は無く行きましょう。」
顔を合わせることも無く言い放った。
しかしその声には少し怒りのような、感情が込められていた気がした。
これでやっと会談が終わり、肩の荷が下がったが休む暇も無く帰路につく。
帰りの際にギルさんが俺たち全員に話しかけてきた。
「今後の行動を決める。
誠、お前は今まで通りにパトロールを頼む。
他の者達でザクセン砦以南の調査と魔力活性剤の出どころについて調べる。
何としてで解決させるぞ。」
そう声高らかにギルさんは言った。




