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一章8話 二人暮らし

 木製のテーブルに置かれたマグカップを受け取り、レオンはコーヒーを啜る。正面に座るリッキーは、それを横目で見ながら足を組み替えた。


「それで? アカデミーをサボってまで俺の家に来た理由はなんだ?」


「もしかして迷惑でしたか?」


「いや、今日は非番だ。俺はお前の心配をしているんだよ」


「ありがとうございます。でも、心配されるようなことはありません。今日はリッキーさんに聞きたいことがあって来たんです」


「聞きたいこと?」


 片眉を釣り上げて聞き返すリッキーに、レオンは「はい」と頷く。


「ホワイト家はどうして滅亡したんですか?」


「おいおい、冗談だよな?」


「いや、一応確認したいなと思って。リッキーさんも参加していましたよね? ホワイト家の一族が全滅した戦争に」


「ああ。だが、俺も詳しい話は知らない。世間に公表されているくらいの情報しか持っていないぞ?」


「でも一応お願いします」 


 レオンが頭を下げると、リッキーは溜息をつきながら頭を掻いた。


「お前の出自ブラック家と、同様に異能を持つホワイト家は、十四年前の戦争で最前線に送られた。結果として勝利は収めたものの、ブラック家とホワイト家の一族は皆戦死した。これが滅亡に至った理由だ」


 リッキーが話した内容と自身の記憶との間に齟齬は生じなかった。レオンは真面目に授業を受けていた過去の自分を内心で褒めると、脳内にアリスを思い浮かべる。


 昨夜アリスが名乗った家名。レオンは初めそれを驚きから信じることができなかった。


 だが、かと言って発言に疑いを抱いていたわけではない。透き通るような白髪と紫紺の瞳。考えてみれば、確かにレオンが知っているホワイト家の特徴と、アリスの容姿は一致していたからだ。


 であれば、アリスは戦争中に封印剣で殺され、そのまま封印獣となったのだろうか。


 問いに、レオンは首を横に振って自答する。それでは刀身に刻まれていた「この罪は忘れない」という言葉の説明がつかない。


 レオンは直感的に、この事態にはなにか悍ましいものが含まれているような気がした。


「リッキーさん、変なこと聞いてもいいですか?」


「まだあるのかよ。いいぞ、言ってみろ」


「その戦争で本当にホワイト家の一族全員が亡くなったんですか?」


「なんだ? どういう意味だよ?」


「当時、無力で戦力にならなかった俺は戦争に参加していない。だからこうして生きています。ホワイト家にもそういった理由で戦争に参加せず、生き残っていた人がいるんじゃないですか?」


 考えられる唯一の可能性。それは、レオンと同様にアリスも戦争に参加しておらず、戦争とは無関係な場所で殺されたのではないかというもの。


 それを口にしてから、レオンはリッキーの顔が曇っていることに気がついた。その反応を不可解に思いながらも、レオンはリッキーの答えを待つ。


「……レオン、お前なにかに巻き込まれているのか?」


「はい?」


「いや、普通じゃない質問だと思ったからだ。見当違いなら忘れてくれ。それと質問の答えだが、そんな人物はいないはずだぞ」


「……わかりました、ありがとうございます。それと、別に特段なにかあるわけではないので心配しなくて大丈夫ですよ」


 心苦しい嘘をついてから、レオンは席から立ち上がった。


「もう行くのか?」


「はい。非番の日に長居をしたらご迷惑でしょうし。それに、聞きたいことは聞けたので」


「そうか。まあ、レオン。悪いことは言わないから、あまり変なことに首を突っ込まない方がいいぞ」


「ご忠告ありがとうございます。ですが、俺もバカじゃありませんから。心配いらないですよ」


「そういう奴が一番問題を起こすんだがなぁ」


 ニヤリと口元を歪めるリッキーに、レオンは笑って応じる。そして戸を閉めかけ、あることを思い出した。


「そういえばリッキーさん!」


 戸を開けると、リッキーは驚いたように肩を跳ねさせる。


「なんだ? まだ質問があったのか?」


「実はそうなんです。知ってたらでいいんですけど、失った記憶を取り戻す方法ってわかります?」


 問うと、リッキーは唸りながら顎に手を当てる。


「記憶を取り戻す方法か。なにぶん経験がないから下手なことは言えないが、記憶を失うに至ったきっかけが効くとは言うよな」


「きっかけ、ですか?」


「ああ。例えば、事故によって記憶を失ったのであれば、その事故現場に行くとか。もしくは、襲われたが故に記憶を失ったのであれば、その襲ってきた人物と再会するとかな」


「なるほど」


 有益な情報に、レオンはコクコクと頷く。


「ありがとうございます。参考にしてみますね」


「参考にって、やっぱりお前何かに巻き込まれてるんじゃ?」


「失礼しまーす」


 レオンはそそくさと戸を閉めて退散した。


 屋外へ出ると、照りつける太陽によって視界が眩む。一度瞑目してから瞼を開けば、地面からはゆらゆらと湯気が立ち昇っていた。


「暑い」


 思わず言葉をこぼし、レオンは自宅へと急ぐ。


 そうして到着し、勢いよくノブを引いて戸を開ける。


「おかえりなさいませ」


「た……ただいま」


 独り身の期間が長く、かけられた言葉にレオンの胸は騒めく。出迎えの言葉など、久しく耳にしていない。


「ちょうど昼食の準備ができたところですよ。さすがはレオン様、ベストタイミングです」


「あー、ありがとう。って、昼食⁉︎」


 驚いて見やれば、テーブルの上には豪勢な食事が並べられていた。


「これって全部アリスが作ったの?」


「はい、料理の心得がありますので。お役に立てたでしょうか?」


「いや、お役に立ったとかのレベルじゃないよ! 素直にありがとう」 


 レオンは興奮気味に言うと、アリスの手を取って上下に振る。アリスはそんなレオンの反応に頰を綻ばせた。


「喜んでいただけたなら幸いです。ですが、身勝手ながらこちらのエプロンをお借りしてしまいました」


 アリスは身につけている桃色のエプロンの端を掴むと、申し訳なさそうに告げてくる。


「いいよ別に。でもよくそんなの見つけたね。俺も初めて見るけど」


 感心してレオンはエプロンに視線を落とす。すると、なにか違和感を覚えた。


 そのなにかを探ろうと視線を移すが、答えは見つからない。


「あの、レオン様。レオン様なので構わないのですが、あまりその、見られると……恥ずかしいです」


「恥ずかしい?」


 不可解なアリスの言葉に疑問を覚えた瞬間、先程抱いた違和感の正体を理解した。


「なんでエプロンの下に服着てないの!」


「せっかくレオン様から頂いた衣服を汚してしまってはいけないと思いまして」


「汚さないためにエプロン着るんでしょ!」


「そうは言いますが完全には防ぎきれないではありませんか!」

「わかった。もういいから服着てよ」


 レオンは瞳を手で覆い隠しながらアリスに告げた。そんなレオンに応じるアリスは、悪戯な笑みを浮かべて頷く。


「かしこまりました。少々お待ちください」


 その返事にレオンは小さい嘆息で返した。


「レオン様、もう目を開けられて大丈夫ですよ」


「わかった」


 短く返事をし、レオンは瞳から手を離す。すると、視界には一枝も纏っていない女体が映った。


「ちょっと! 服着てって言ったじゃん!」


 慌てて目を閉じると、レオンはアリスに背を向ける。


「すみませんレオン様。からかいたくなってしまいました」


 そんなレオンにアリスは笑みを浮かべ、今度こそ衣服に袖を通した。


「レオン様、もう着ましたので大丈夫ですよ」


「本当だろうね?」


「ええ、この期に及んでもう嘘はつきません」


 アリスの言葉を信じ、レオンは恐る恐る振り返る。と、アリスは藤色のドレスに身を包まれていた。


「恥ずかしがってたのになんでこんなことするの?」


「レオン様の反応があまりにも可愛らしくてつい」


「心臓に悪いって本当。それに、アリスの淑女的な品位も欠けちゃうよ?」


「ご心配ありがとうございます。ですが、元を辿ればレオン様が可愛らしい反応をなさるのが悪いんですよ?」


「えー、俺が悪くなっちゃうの? 勘弁してよ」


 言ってから、レオンは項垂れるように席に座る。


「料理が冷めちゃうだろうから早く食べよう」


「それもそうですね。食事にいたしましょうか」


 アリスは返事をし、レオンの正面の席に腰を下ろした。


「それにしてもよくこんな量を一人で作れたね。大変だったでしょ?」 


 レオンは並べられている料理、クリームパスタや柑橘系の果物が練りこまれたパン、色とりどりのサラダなどを眺めながら言った。


「いいえ、それほど大変ではありませんでしたよ。なんと言ったってレオン様のために作る料理ですから。むしろ楽しかったくらいです」


「な、なんかありがとう」


 澄んだ笑顔を向けられ、レオンはその頰を赤く染めた。

 そんなレオンを見て、アリスはクスリと笑う。


「このようなアプローチの仕方でも、可愛らしい反応をなさってくださるのですね」


「うるさいよ!」


「その反応も可愛らしいですよ」


 レオンは脱力するようにため息をつくと、料理に手を伸ばす。


「うまっ!」


 口内に広がった濃厚なクリームチーズの風味。麺によく味が染み込んでおり、食欲をかきたてる。レオンはたまらず二口目を口の中に放り込んだ。


「喜んでいただけて幸いです。料理の記憶が残っていて本当に助かりました」


「記憶が残ってたの!?」


 レオンは食べる手を止めてアリスに問いかける。すると、アリスは「はい」と頷いた。


「明確に記憶が残っていないのは私が封印獣となるに至った経緯などで、生活に関わるような部分はなんとなく覚えております」


「そっか、それは良かった。だけど、問題なのは封印獣になった経緯だもんね。俺もさっき知り合いに聞いてきたけど、どうもアリスに関係しているような話じゃなかった。確認するけど、ホワイト家がどうなったかとかって知ってる?」


 問えば、アリスは首を横に振った。


「そっか……」


 呟き、レオンは思案する。アリスにホワイト家がどうなったのかを伝えることは簡単だ。


 しかし、それは身内が皆死んでしまったという悲しい現実を、わざわざ突きつけるという行為。黙っておいた方がアリスのためになるのだろうか。


 眉間を揉みながらレオンは内心で唸る。が、そんな行為によって答えが出るはずもなく、決断を下さざるを得ない。


 すると、


「もしよろしければ、教えていただけませんか?」


「……わかったよ」


 神妙な面持ちで問われ、レオンは低い声で返事をした。


「ホワイト家の一族は皆戦争の最中に亡くなってしまった。理由は最前線に送られたかららしい」


「……そうですか」


 アリスは俯くと、悲壮な笑みを浮かべる。


「異能力使いの一家です。戦時には最前線で戦うのが使命。仕方がないことだと思います」


「……」


 レオンは返事をすることができなかった。ブラック家も異能使いの一族という理由で最前線に送られ、戦争の最中に死んだ。その事実を、レオンもアリスと同様に仕方がないことだと考えていた。


 しかし、心の片隅で何故かアリスが可哀想だと感じてしまっている。

 自身も同じ境遇にあり、アリスと同じ考えを持つことによって割り切ったというのに、アリスがその割り切りをしていることがとてつもなく遣る瀬ない。


 自己の中で渦巻く矛盾から目を逸らし、レオンは情けないと思いながらも話題を切り替える。


「俺は勝手にアリスは戦争に参加していなかったものだと思ってるけど、なにか覚えてることってある?」


「すみません、レオン様。やはりその辺りの記憶は曖昧で。ですが、レオン様はどうしてそのようにお考えになったのですか?」


 当然の疑問を投げかけられ、レオンは封印剣の刀身をアリスに見せる。


「ここに書いてある文字がおかしいと思ったんだよね」


「……なるほど、確かにそうですね。戦争中にこのような言葉を残すのはおかしいです」 


「だよね。念のため聞くけど、この文字に見覚えは?」


 アリスはフルフルと首を横に振った。


「そっか。じゃあ地道に調べるしかないね」


 レオンは明るく言うが、それに対してアリスは頭を下げる。


「すみません、レオン様。お手数ばかりおかけして」


「アリス、この件に関してそういうのはなし。お互いに飲み込むところは明確にしたんだから」


「そうは言いますが……」


 アリスは言葉を続けようとするが、レオンは瞑目しながら首を横に振った。


「わかりました。ですがどうやってお調べになるおつもりですか?」


「うーん、リッキーさんには記憶を失うに至ったきっかけが有効だって聞いたから、一先ずはアリスが封印獣になるに至った経緯を調べようかな。あと、俺に封印剣を渡してきたフードの男も探そうと思う」


「フードの男、ですか?」 


「うん。俺はアリスが封印されている剣をその男に渡されたんだ。だから、少なくともその男は何か知っていると思う」


「わかりました。そのフードの男を探すといたしましょう。ですがレオン様、何か手掛かりをお持ちなのですか?」


 問われ、レオンは渋い顔をする。


「それが全くと言っていいほどない。だから、俺が通ってるアカデミーの資料室に行こうと思う。噂だけど、王国に補助金を出させる為に、弱みとして王国の極秘資料なんかが置いてあるって聞いたことがあるから、もしかしたらアリスの情報もあるかもしれない」


「わかりました。では、そちらに向かいましょう」


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