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一章2話 親離れ

 レオンが常々呪ってきた自身の出自、ブラック家。その血筋は秀でた身体能力と常人にはない異能力を併せ持ち、代々国王に使えてきた。


 しかし、現在ブラック家の血を引く者は隣国との戦争で大半が死んでしまい、残すはレオンのみである。したがって、レオンただ一人が国王の護衛役を担えるのだが。


「はぁ」


 王都を離れ、住宅街に入ったところで、レオンは小さくため息をついた。


 この世に生を受けて十六年、幼少の頃に課した十字架を、レオンは未だ背負っている。


 両親は異能力使いであるという理由により、戦争の最前線へと向かわなければならなかった。 


 反対に、レオンは無力な幼子であったがために戦争に行くことを免れ、たった一人生かされた。


 それ故に、レオンは己に十字架を課した。無力を理由に生かしてもらったのだから、生涯を通してレオンブラックは無力でなくてはならないと。


 しかし、周囲の流れはレオンが剣士となり、国王に使えることを望んでいる。そのためレオンの意思に反し、王都でも有数の剣士育成実績を誇るアカデミーへの入学が、半ば強要されて現在に至る。


「封印剣、買わなきゃまずいだろうな……」


 呟きながらレオンはポケットから二枚の金貨を取り出し、それをぼんやりと眺めた。


「なんだよレオン。金持ちじゃんか」


「リッキーさん!」


 不意に声をかけられ、レオンは慌てて振り返る。するとそこには、茶に染まる短髪に鋭い目つきが印象的な青年、リッキーデルニカの姿があった。


 リッキーは片手を上げてレオンの言葉に応じると、身に纏っている紺色の軍服を正す。


「しばらくぶりだな」


「本当ですよ! 国王様からの任務は完了したんですか?」


「まあ、なんとかな。ほとんどこいつのおかげだよ」


 言うと、リッキーは腰の鞘から剣を抜く。すると、辺りからは靄が立ち込め、その中に四本足のシルエットが浮かんだ。


「これがリッキーさんの封印獣ですか?」


 靄が晴れ、現れた純白の一角獣に、レオンは感嘆の声を漏らす。

 天に向かって額から鋭く伸びた角は神秘的であり、凛とした佇まいはどこか知性を感じさせる。

 そして何と言っても、人間を優に超える全長は、かつて人類を苦しめていた魔獣としての面影を思わせた。


「こいつは相棒のライだ。見ての通りユニコーンだよ」


 リッキーが毛並みを整えるように撫でると、ライは気持ち良さそうに吐息を漏らした。


「信頼されてるって感じですね。なんか羨ましいです」


「そうか? というか、お前も明日になれば相棒と対面できるじゃないか」


 封印剣を買ったということを前提に話され、レオンはぎこちなく笑う。

 すると、その仕草から何かを悟ったのか、リッキーは嘆息しながら頭を抱えた。


「おいレオン。急いで封印剣を買ってこい。金は持ってたよな?」


「それは、はい。持ってます」


「どうしたんだよ? 何か理由でもあるのか?」


 痛いところを突かれ、レオンは仕方なく頷いた。


「なんだよ、だったらもっと早く言えよ。……と言っても、俺がいなかったんだから仕方ないか」


 リッキーは乱暴に頭を掻くと、何かを決めたかのように手を叩く。


「俺の家に来いよ。助けになるかは知らんが、話ぐらいは聞いてやる」


「ありがとうございます」


 レオンは頭を下げると、リッキーの自宅へと赴いた。






☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「なるほどな。幼少時のトラウマを未だに抱えているというわけか」


「……簡単にいうと、そうなりますね」


 木製のテーブルを挟み、リッキーと向かい合って座るレオンはゆっくり頷いた。


「まあ、俺もお前ぐらいの歳の頃には戦争に賛成! なんて風に考えてはいなかったからな。多少なりとも、剣士になることに抵抗があってもいいとは思うが」


「そうなんですか?」


「ああ。それに、お前の家族のことを考慮すれば、お前がそういう考え方になるのは頷けるよ」


 リッキーの言葉をレオンは脳内で反芻する。レオンの家族、と言っても幼かったが故に鮮明に覚えてはないが、皆戦争の最中に命を落とした。その事実が原因となって戦争を否定しているというのは事実。


 レオンにとっての剣士とは、逃れられない運命のようなものだ。出自ゆえに定められた未来。逃れようにも、どこから、誰から、何から逃げればよいのか、レオンにはわからなかった。


 そのため、周囲の人間に流されるがままに日々を過ごし、今に至る。


「リッキーさん、俺は剣士になるべきなんですかね?」


「まあお前はブラック家唯一の生き残りだからな。ホワイト家もなき今、お前の存在は大きい」


「いやいや、王国剣士団剣士長リッキーデルニカ様が何を仰るんですか」


「お前が異能力を使えるようになったらその肩書きもお前のものになるさ。それに気づいていないかもしれないが、お前には剣の才がある。それこそ、俺なんかも遠く及ばないほどのものがな」


 リッキーはそこで言葉を区切ると、レオンの瞳をまっすぐ見つめて「だが」と付け加える。 



「お前が剣士になりたくないのであれば、無理になる必要なんかない。剣士とは他人の命を守る為に戦うことが前提ではある。しかし、その最中に起きること全てが清いものであるかと問われれば、それは断じて否だ。古来より、戦争には悪事がつきまとう。剣士って職業は嫌々続けられるものではないと思う。だからレオン、自分に正直な答えをだせ」 



 言い終えると、リッキーは小さく微笑んだ。


 その微笑みにどれだけの意味が込められていたのか、レオンには当然わからない。わからないが、レオンはそれが温かいと感じた。


 リッキーとは血の繋がりがあるわけではない。両親が戦争へと赴いた戦火の夜、独りで泣きじゃくっていたところを拾われた。


 現在は一緒に暮らしてはいないが、レオンがまだ幼かった頃はリッキーの家で共に暮らしていた。


 たまたま戦火の夜に出会い、お互い独り身という共通点があった。たったそれだけの理由で、リッキーはレオンに目をかけ、親代わりのように育ててくれた。


 レオンはリッキーに感謝の念を抱いているとともに、尊敬もしている。

 なので、そんなリッキーと同じ仕事ができることを、楽しみに思っている節もあった。

 

 しかし、今はその感情よりも、剣士になどなったらあの世で両親に合わせる顔がないという想いが強い。


「リッキーさんは今、どういう気持ちで剣士をやっているんですか?」


 レオンがふと思い立って尋ねると、リッキーは照れ臭そうに鼻の上を掻く。


「どういう気持ちか? うーん、人々を守りたい、かな」


「え?」


「俺は憧れのような気持ちから剣士を始めたが、今は人々を守りたいという気持ちで剣士をやっている。レオン、お前も本当に守りたいものができたら、きっと俺の気持ちがわかるよ」


「守りたいものって、もしかしてリッキーさん恋人でも……」


「おいレオン、それ以上は詮索するな、照れ臭い。まあ、俺もそれなりに歳をとったってことだよ」


 鋭い目つきを和らげて笑うリッキーに、レオンは親離れの時が来たのだと悟らざるを得なかった。故に覚悟を決める他なく、ぎゅっと拳を握る。


「リッキーさん。俺、封印剣を買ってきます」


「そうか。随分と早い決断だな。迷いはもうないのか?」


「はい。アカデミーに身を置いているんですから、封印剣ぐらいは買わないと。それに、守りたいものができた時のためにも、封印剣の一本ぐらいは持っておいた方がいいですしね」


 覚悟を決めたレオンではあるが、その覚悟とはとても薄いものである。内包するのは今得たばかりの借り物の理由のみ。


 けれども、それを理解しているであろうリッキーは顔をしかめようとはしない。ゆっくりと頷いた。


「わかった。なら行ってこい、レオン」


「はい!」


 返事をすると、レオンは王都に向けて駆け出した。空を見上げると、太陽はほとんど沈んでしまっている。急がなければ武器屋は閉まってしまうだろう。


 しかし、


「嘘だろ」


 レオンは前方から歩いてくる団体を視界に入れて、思わず声を漏らした。恐らく、王都から買い物を終えた人々が帰宅してきているのだろう。


 このまま人混みに飲まれては、確実に王都への到着は日没後になる。そうなれば、武器屋が閉まってしまう可能性は否定できない。 


 レオンはそう考え、地面を軽く蹴って家屋の屋根へと飛び乗った。そして、屋根伝いに王都へと駆ける。


 レオンの動きは常人のそれからはかけ離れていたため、目撃した人々からはどよめきがあがった。が、急ぐあまりにレオンがそれに気づくことはない。


 家屋から家屋へと飛び移り、レオンは一心不乱に王都を目指す。その結果、太陽が完全に沈む前に王都へ到着した。


 レオンは屋根から飛び降りると、人混みを掻き分けて武器屋へ急ぐ。けれども、人の海の中では思うように身動きが取れず、流れに負けてレオンは王都の中心部へと誘われた。


 平均よりも少し身長が高いため、人混み特有の息苦しさに見舞われることはないが、密着する人々により体は火照る。


 額から流れる汗を拭おうにも、腕を動かすことすらままならない。そのため流れた汗は瞳の中へと入り、レオンは思わず目を瞑った。


 視界と身動きを奪われ、文字通りされるがままにレオンは人の波に流される。


 そうして波に抗うことができないでいると、不意に腕を掴まれた。それを振り払おうにも身動きが取れず、レオンはその腕に引かれて人混みの圧迫から解放された。


 瞬時に目から汗を拭き取ると、辺りを見回す。すると、どうやらそこは建物と建物の間に生まれた細い路地のようであった。


 太陽が沈みかけているということもあってか、その空間は異様なほどに暗い。


 前方と後方、振り返るが腕を掴んでいたのであろう人物の影は見受けられない。出口さえもわからないため、レオンは取り敢えずの判断として前方へと足を踏み出す。


 腕を掴んだ正体がわからないために恐怖心があり、壁に手を当てゆっくりと歩みを進めていく。


 すると、奥からぼんやりと光が差し込んでくることに気がついた。


「助かったぁ」


 出口だと確信し、レオンは光源へと急ぐ。


「……やっと会えたな」


 光源へとたどり着くと、そこにはフードを目深に被る男の姿があった。

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