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一章27話 罪を償うということ

 腹全体に燃えるような熱が広がる。


 意識が飛びかけるが、俺は両手を伸ばしてアリスを抱き寄せた。


「ごめんなアリス。今まで何度も謝ろうと思ったんだ。何度も、何度も思った。だけど、出来なかった! 許してもらえるはずないって、糾弾されるのは当然だって。だから君を十四年も放置してしまった。すまない。本当にすまない!」


 抱きしめて謝罪するなか、アリスは俺から逃れようと腕の中で暴れる。リッキーはその間、呆気にとられているかのように棒立ちをしていた。


 ――――今しかない。


 俺はアリスの抵抗を押さえながら、嵌められた隷従の首輪に手をかけた。


「やめろおおおおお!」


 我に返ったリッキーの絶叫が響くなか、隷従の首輪が地に落ちる。


 放たれる禍々しい光。俺とアリスを囲むようにして爆風が巻き起こり、リッキーは後方へ大きく飛ばされる。


 俺は出血により荒くなった息を吐きながら、紫紺の瞳を見つめた。


「アリス?」


 呼びかけると、アリスは瞼を瞬かせる。それから瞳に俺を映した。


「アリス、すまなかった。こうやって謝るのも、もっと早く行うべきだった。本当に、本当にすまなかった!」


 俺は頭を下げた。

 どんな糾弾の言葉が降ってこようとも、受け止めるしかない。それだけの罪を犯したのだから。


 身を硬くしていると、懐かしい声音が鼓膜に響く。


「頭をあげてください」


 言われるが、従うわけにはいかない。これほどの罪を犯しておいて、ああそうかと頭を上げることなどできるはずがない。

 俺は頭を下げたまま首を横に振る。


 すると、


「どうして私に謝る必要があるのですか?」


 疑問が降ってきた。


「どうしてって、俺は君にあんなことを。もちろん、謝って許してもらえるだなんて思ってはいない。だが、俺にはこのくらいしか……」


 視界が涙で霞む。

 泣いてばかりで情けない。一国の王がこんなことでどうする。


 叱咤してみるものの、涙は流れ続ける。


 呆れ笑いが浮かびかけると、頰に艶やかな温もりが触れてきた。その温もりの正体がアリスの手であることにはすぐに気がついたが、どこか幻想的に思え、されるがままに顔を上げる。


「辛いことがおありになったようですね。ですが、先程も申しました通り、私に謝罪する必要などないのですよ」


 顔を上げたものの、目は伏していたためにアリスの表情はわからない。だが、見えずともアリスが微笑んでいることがわかった。


 どうしてアリスは糾弾の言葉を述べないのだろうか。あれほどのことをしたというのに、なぜアリスは。


「俺は君にあんなことをしたじゃないか! それなのに君は! ッ⁉︎」


 瞬間、衝撃が走った。


 視界にアリスを映すと、予想通りその顔には微笑みが浮かんでいた。


 しかし、予想外であったことが一つ。その紫紺の瞳が映す俺は、ガイアレッタードではなく、見ず知らずの他人であった。


 アリスの言葉の真意が浮かび上がる。「謝る必要はない」というのは、俺がしてしまったことに対しての言葉ではなく、俺がアリスにしてしまったことを全く覚えていないということ。

 つまり、アリスは俺のことを覚えていない。


 裏付けるように、


「ところで、私はあなたと面識がありましたでしょうか?」


 問いが投げられた。


 これこそが俺がしてしまった罪に対する償いなのだろう。己がアリスを死なせたくないと傲慢にも願ったがために、封印獣としてアリスを生かした。そして、封印獣となったアリスに謝罪することもなく、十四年もの間放置し続けた。


 当然の報い、としか言いようがない。


 覚えていないかもしれないと思慮できなかった俺自身こそが間違っているとさえ言える。


 償いを理解し、俺はアリスと同じように微笑みを浮かべる。


「いいや、すまない。人違いだ」


 絞り出すように嘘をついた。


 ひどく胸が痛む。先よりも多く涙が流れる。


 だが、これでいい。


「そうでしたか。って、ちょっと!」


 俺は腹部に突き刺さった漆黒の剣を引き抜き、アリスに手渡す。アリスは戸惑いながらもそれを受け取ってくれた。


「早くご主人様のところに行ってやれ。怪我をしているだろうから」


「ですがあなたもこんな大怪我を! 止血しなければ死んでしまいますよ!」


「優しいんだな。だが、本当に大丈夫だ。早く、レオンブラックのところに……」


 俺はアリスを軽く押すと、地面に腰を下ろした。アリスは俺が押したために後ろへ一歩下がり、後方へと振り返る。それから再び俺に向き直ると、


「レオン様を助けたら必ず戻ってきますから!」


 言葉を残してアリスはレオンブラックのもとへと駆けて行った。

 俺はそれを見送り、腹部から流れている鮮血に手を触れる。


 我ながら無茶をしたものだと思う。死ねないと口にしておきながら、死んでもおかしくない行動をとった。

 ただ、後悔はない。


「ガイアレッタードおおおおお!」


 咆哮の根源、リッキーは眉間にしわを寄せ、血走った視線で迫ってくる。


 俺は立ち上がって距離をとろうと思うが、一度下ろしてしまった腰はもう上がらない。力むと腹部が痛み、今にも意識が飛びそうだ。


「……何をしているんですかガイア様。早く立ち上がってください」


 見上げれば、隣に執事長の姿がある。


「どうしてってお顔ですね。リッキーが率いていた剣士団はすでに鎮圧しました。と言っても、ほとんどが説得に応じてくれただけなのですが」


 言いながら、執事長はしゃがみこんで肩を貸してくる。俺は有難くその肩に右腕を回し、空いた左手で腹を押さえながら立ち上がった。


 すると、目線が高くなったことにより剣士団が取り囲むように陣形を組んで、リッキーへと迫っているのが見える。


「この一件は何年も前から用意周到に準備されていたようです。リッキーは剣士団に少しずつガイア様の黒い噂を流すことによってガイア様の信用を欠き、半ば洗脳のような形で剣士団を率いていたようです。我々の説得が効いたのも、皆がガイア様のおかげで戦争から家族を救われたという事実があったからこそです。これはガイア様の勝利ですよ」


 言われた内容が照れ臭く、執事長から視線を外すと、腹部がズキリと痛んだ。そのため、思わず破顔する。


「だいぶ無茶をなさったようですね。ゆっくりと休んでください。あとは彼らの戦いが集結するのを待つのみですから」


 執事長の視線の先、純白の一角獣に立ち向かう少年と少女の姿がある。


「……そうだな。私の……いや、俺の戦いはもう終わったよな」


 言葉を漏らし、俺は戦う二人に視線を送った。

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