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一章26話 ガイアレッタ―ドの覚悟

「私は……無力だ」

 俺は赤い絨毯が敷き詰められた地に伏しながら、情けなくも涙を流した。


 屋外からは喧騒が響いてくる。恐らく、レオンブラックが戦闘を開始したということなのだろう。やはり、俺とは違う。無力な俺とは違い、レオンブラックには異能力という英龍から与えられし優れた力がある。 


 俺にもそんな力があったらきっと……。


『だけど、あなたのは罪は無力が原因じゃないでしょう?』


「ちがう!」


 脳内に浮かび上がった言葉を思わず否定する。


 無力だから救えなかった。無力でなければきっと、きっと俺にも!


「ガイア様」


 名を呼ばれて顔を上げると、執事長が悲壮な面持ちで目線を送ってきていた。

 俺は国王としての体裁を保つために涙を拭う。


「レオンブラックは行ったのか?」


「はい。リッキーを倒すと言って出ていかれました。ガイア様、いかがいたしますか?」


「加勢するべきだろうな。準備を整えろ。私は予定通り後方で指揮をとる」


 俺は立ち上がって告げると、準備に取り掛かるため自室へ向かおうと扉に手をかける。


 すると、


「ガイア様!」


 振り返れば、執事長は変わらず悲壮な面持ちを浮かべていた。


「国王としてではなく、あなた様のお気持ちをお聞かせください」


 言って、執事長は頭を下げてくる。


 執事長が意見してくることなど、今までに一度としてなかった。

 独裁を敷いていたわけではないので、恐らく俺のことを尊重して今まで意見してくることはなかったのだろう。


 であれば、この意見もまた俺のことを尊重して……。


 俺は間違えた。

 否、俺は間違え続けてきた。

 レオンブラックに言われた言葉はほとんどが正論で、俺はそれらに返す言葉がなかった。

 

 なぜなら、気がついていたからだ。


 犯した最大の罪はアリスホワイトを封印獣として生きながらえさせたこと。

 しかし、その後に取り繕うことはいくらでもできた。謝罪を述べる機会はいくらでもあった。


『だけど、あなたのは罪は無力が原因じゃないでしょう?』


 その通りだ。俺の罪は無力が原因じゃない。


 俺の罪は逃げたことだ。

 アリスを避け、向き合うことをしなかった。それこそが罪だった。


「俺にできると思うか?」


 何をとは明言せずに問うと、執事長は微笑を浮かべる。


「できますとも。そのためのサポートはいくらでもお任せください。絶対に成し遂げさせてみせます」


「……そうか。ならば、頼みたい。俺をアリスホワイトの袂まで届けてくれ」


「かしこまりました。ガイア様の願い、必ずや叶えてみせます」


 執事長の言葉に俺は頷くも、内心は胸が痛かった。


 リッキーとの戦力差は歴然。何倍もの戦力を相手にしながら、俺を群衆の後方にいるアリスのもとへ向かわせるということは難題に他ならない。

 不可能に近いと言えるだろう。


 そんな想いが顔に出ていたのか、


「ガイア様、そのような暗い顔をなさらないでください」


「だが!」


「それこそが、ガイアレッタードの願いなのでしょう?」


「……そうだ……すまない。しかし、頼む! 俺は何としてもアリスのもとへ行かなければならない。俺は、俺は罪を償わなければ」


「かしこまりました。お任せください。ガイア様の願いは絶対に叶えます」


 言葉に頷き、俺は執事長と共に戦場へと赴いた。


 城を出ると、見知った顔ぶれが膝をつきながら指示を待っている。比較するように視線を後方へと送ると、やはりリッキーとの間には圧倒的な戦力差が存在していた。


「顔を上げよ」


 言うと、側近たちは従うように顔を上げた。


「この期に及んで申し訳ないが、お前たちには俺の願いを叶えてもらいたい。傲慢だと思うかもしれないが、頼む! 俺を群衆の後方、アリスホワイトの袂まで届けてくれ! 俺はアリスに謝らなくてはならないんだ!」


 俺は頭を下げる。


 内心、断られても仕方がないと考えていた。この場に残った側近たちは圧倒的な戦力差を前にしても裏切らず、俺の味方でいてくれた。俺が犯した罪を知らないからとはいえ、ありがたいことである。

にもかかわらず、頼む願いは無理難題。言い方を変えれば、俺の願いのために死んでくれと言っているようなものである。


 執事長は承諾してくれたものの、断られるのが摂理だろう。


 しかし、


「なにを仰りますか国王様。我々はあなたに救われた。戦争で荒れ狂ったこの国を、あなたは導いてくださった。先に我々の願いを叶えていただいたのですから、その恩を返すだけのことです。どうか頭をお上げになってください」


 言葉に驚き、弾かれたように顔を上げる。すると、側近たちは皆総じて微笑を浮かべていた。


「いいのか? 死ぬかもしれないぞ! 家族がいる者だっているだろう?」


「その家族が今生きているのは誰のおかげなのかって話ですよ」


「だがッ!」


 反論しようとするも、執事長に肩を掴まれる。


「往生際が悪いですよガイア様。我々にお任せください」


 諭すような視線に、すまないと思いながらも俺は頷く。


「ありがとう。だが絶対に死ぬな。危険だと思ったらその場で撤退しろ」


 俺は側近たちに告げ、眼前の群衆に視線を移す。後方には白髪の少女の姿があった。


「いくぞ!」


 叫び、俺は群衆へと駆ける。側近たちは俺よりも前へ出ると、陣形を組んで群衆と相対した。すると、群衆の中心に小さくはあるが後方へと続く道が開く。


「ガイア様! 今です!」


 執事長に頷き、俺はできあがったその道を無我夢中で駆ける。


 すると、群衆の先、開けた場所にアリスの姿が映る。


「向こうから来るなら逆に好都合だってんだよ!」


 俺に気がつき、リッキーが正面から迫ってきた。そのリッキーの手には封印剣が握られている。反対に、俺は武器を所持していない。

 どうすればいいんだ。アリスはすぐそこにいるというのに。


 思考していると、


「ガイアさんッ! アリスを頼みます! あなたが助けてください!」


 声音を聞いてすぐにレオンブラックであることを理解した。が、その姿は先ほどとは大きく変わっている。額から流れる鮮血は顔面を赤く染め、腹からこぼれ落ちている赤い血は止まることを知らないように見える。


 張り裂けそうな胸を押さえ、俺はアリスのもとへと駆け続ける。


 そして、


「アリス!」


 袂までたどり着き、俺は白髪の少女を見やる。


 瞳に映るその姿は、記憶の中のアリスホワイトとなんら変わりはない。十四年の歳月が過ぎ去ったというのに、アリスは十四年前の姿から一切変化していなかった。

 その摂理から反した容姿に胸が締め付けられる。


「すまなかった!」


 俺は頭を下げた。


「俺はアリスに生きてほしかったんだ。だから死なせないようにと君を封印獣にしてしまった。傲慢な選択をしたと思う。許されない行為だったと思う。それに、今まで君を遠ざけてしまった。つくづく傲慢だ。本当にすまなかった」


 謝罪すると、瞳から涙がこぼれた。俺はそれを拭い、視界に再びアリスを映す。


 すると、視界の中の白髪の少女も頬に涙を伝せていた。


「アリス……」


 想いが伝わったのかもしれない。


 思い上がるが、手に握られた漆黒の剣が振り上げられる。


 当然だ。家族とともに逝くことを望んだアリスの命を、封印獣という形で無理やりに繋ぎ止めたのだから。謝っただけで想いが伝わるなど、思い上がりも甚だしい。


 納得し、俺は地に両膝をついて首筋を晒す。


 当然の償いだ。犯した罪を考えれば、命一つを差し出すだけでも足りないかもしれない。それに、アリスに殺されるのであれば心残りなど一つも……。


「そうだアリス、俺は国王になれたよ。約束したよな? 俺が国王になったら、アリスに普通の暮らしをさせてやるって。……叶えてやれずすまない。だが、俺は国王としてその普通の暮らしだけは守ってきたつもりだ。それは今も、この先も変わらない。俺はお前が願った普通の暮らしを守る。言われたんだレオンブラックに、諦めてはいけないと。だから、すまないがまだ死ぬわけにはいかない!」


 俺は振り下ろされた剣を右に転がることによって避けると、立ち上がってアリスから距離をとる。

とはいえ、アリスのホワイト家の異能力は身体速度の向上。距離をとったところで、一瞬で詰められてしまう。

 俺は再び振り下ろされた剣を避けるため左に逃れるが、剣先が上腕を掠めた。


「アリス……」


 俺の想いを理解してほしいと願うのは傲慢だろう。だが、なぜアリスは先程から一言も言葉を発してくれないのだろうか。


「アリス、俺が憎いのはわかる。殺意を向けられるのも当然だ。だが、死んで償うことはできない。アリスの怒りは俺を殺すことでしか鎮まらないのか? 頼む! アリスが何に憎悪を抱いているのか慮ることはできる。だが、アリスの口から気持ちを聞かせてくれ!」


 願うが、紫紺の瞳は揺らがない。ただ、涙だけが流れ落ちている。


「どうしてッ!」


「当然だろう。首のそれが見えないのか?」


 嘲笑に視線をやると、右肩を押さえながら歩み寄ってくるリッキーの姿が映る。


「よく見ろよ。そのガキの首に嵌めてある首輪を」


「首輪?」


 アリスを見やると、襟元に朱色に光る宝石が埋め込まれた首輪があった。

 見た瞬間にそれがなんであるのか理解し、俺は憎悪のままにリッキーへと迫る。


「貴様あああああ!」


 嘲笑を浮かべる顔面に拳を放つと、視界が揺らぐ。

 気づけば地に伏しており、人影に目線を上げれば、見下ろす紫紺の瞳がそこにあった。


「アリスッ!」


 呼びかけるが、応答はない。


 アリスの首に嵌められていたのは隷従の首輪。英龍の力により封印獣となった魔物は、基本的には主人となった人間に従うのだが、ごく稀に主人のいうことをきかない封印獣がいる。それらを調教し飼いならすため、封印剣をもとにして造られたのが隷従の首輪。それを嵌めれば最後、魔物は主人に絶対的に従うようになる。


 俺はアリスの隣に並び立ったリッキーを睨みつけた。


「ガイアレッタード、お前なんだろう? このホワイト家のガキを封印獣にしたのは。何か隠しているのだろうと勘ぐってはいたが、まさかこんなことだとはな。だが、お前が俺に憎悪を抱くのはお門違いってもんだぞ?」


「ふざけるな! アリスは人間だ! すぐにアリスからそれを外せ!」


「おうおう、だいぶお怒りのようだな。しかし、テメエも禁忌を犯したんだろうがよお! このガキは封印獣である割に確立された自我を持っていやがった。だから従わせるために隷従の首輪をつけてやった! 人間に隷従の首輪をつけることは紛うことなき禁忌だ。だが、それを断罪する権利はお前にねえよな? ガイアレッタード! 人間を封印獣にした大罪人!」


「……」


「ハッ、返す言葉もねえか? まあそうだろうな。お前は大罪人なんだからよお! わかったらその首を黙って差し出せ! 大罪人の身分で国王をやるなんてバカな話ねえだろ?」


「……お前は……する?」


「あ? 聞こえねーな!」


「……お前は国王になって何をする?」


「はぁ?」


「お前は国王になってどうするつもりなんだ? 何か信念のようなものがあるのか?」


「んなもんあるわけねぇだろ! 自分のためだ。俺が豪遊するために国王になるんだ! おめえはバカだよガイアレッタード。前国王のように戦争を起こしゃもっといい暮らしができたっていうのによお! その点、俺はやるぜ。戦争を起こして近隣国の土地を奪い、独裁を敷く。ハハッ、想像しただけで武者震いする」


 言って、リッキーは下卑た笑みを浮かべる。


 俺はリッキーの言葉を聞き終えてから立ち上がると、拳を握った。


「俺が大罪人であることは認めよう。だが、貴様の信念がそのようなものであるのならば、貴様に国王の座を譲るわけにはいかない! 抗わせてもらうぞ!」


「はあ? 戦う手段を持たないお前に何ができるんだよ? 側近たちは戦闘中。頼みの綱のレオンブラックはライに任せてある。つくづく今のお前は無力だ」


「……そうだな。無力、だったかもしれないな」


「あぁ?」


 怪訝な顔をしたリッキーに答えず、俺はアリスに向き直る。アリスはそれに応じるように剣を構え直した。


「すまなかったアリス。本当に、本当にすまなかった! だから! 今度こそは!」


 俺はアリスに向かって駆けた。アリスは俺を待ち受ける形で剣を槍のように構える。このまま俺が自ら突っ込めば、腹部を剣が穿つのは想像に難くない。


「血迷ったのか! 貴様何を!」


 リッキーの動揺を秘めた声が響くが答えない。俺はそのままアリスへと駆け、必然的に腹部に剣が深々と突き刺さった。

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