一章25話 無力のツケ
「アリス! 嘘だろ? そんなことって!」
レオンが叫ぶと、アリスはレオンの顎に蹴りを入れる。
「ガァッ!」
開けていた口が無理やりに閉じられ、鈍い衝撃がレオンの頭蓋に響いた。
「どうだレオン? 絶望したか?」
侮蔑の視線を送ってくるリッキー。レオンはその言葉に答えず、眼前のアリスに再び問う。
「どうしてなんだアリス! 俺だよ! レオンだッ! 助けに来たんだよ!」
「まだわからねえか! そいつは俺の封印獣になったんだ! テメエの言葉に答えるわけなんかねぇだろ!」
「黙れッ!」
リッキーを怒声で制し、レオンは手をついて立ち上がる。そして眼前のアリスの両肩に手を伸ばすと、微笑みを浮かべた。
「ごめんアリス。助けに来るのが遅くなって。怒ってるんでしょ? だから蹴ったりするんでしょ? ごめん。謝るから……ウッ!」
腹部に燃えているような熱さを覚え、目線をやる。
すると、漆黒の剣が深々と突き刺さり、空いた穴からだらだらと鮮血がこぼれ落ちていた。
「どうして……アリスッ!」
頰に涙を伝せながらレオンが叫ぶと、それに答えるかのようにアリスは刺さっていた剣を振り抜いた。
それによりこぼれ落ちる鮮血の勢いが増し、レオンは地面に膝をつく。
救いを求めて目線を上げると、あるのは蔑むような視線を放つ紫紺の瞳。
事態を理解し、絶望した。
予見していたはずだった。
だからこそ、アリスに告げたのだ。何もしてやることができなかったのだから、好意を抱かれているはずなどない。アリスの感情は封印獣になったがためのもの、ただそれだけだと。
それなのに、どこで図々しくも思い上がってしまったのだろうか。
頰に涙が伝う中、レオンはアリスに微笑みを向ける。
「ごめんね、アリス。俺は思い上がってたよ。向けられた好意の理由なんか決まってたよね。自分で口にまで出しておきながら、本当は違うんじゃないかってどこかで勘違いしてたみたいだ。だけど俺は、アリスが愛してるって言ってくれたから、無力でいる必要がないんだって、そう思えた」
レオンはそこで言葉を区切り、流れ落ちる涙を拭う。
「ねぇアリス。本当の君は何がしたかったの? 俺はそれを叶えてあげたかったよ。ガイアさんのことが好きだったの? ガイアさんのことを国王にしたかった? それとも、何か他に夢があったの? 無力であろうと生きてきた俺に言ってもしょうがないって思うかもしれないけど、だけど! 俺は君に何度も助けられた。だから、叶えられはしないけど、最後に君の本当の願いが何だったのか聞かせてほしい」
言い終えるも、紫紺の瞳に変化はない。
これも思い上がりだったかと、自嘲的にレオンは笑う。そして両手を広げ、死をまった。
アリスが剣を振り上げる。
その姿を視界に捉え、レオンは思う。異能力使いなんかに生まれなければ、アリスにはもっと他の人生があったのだろうと。もっと言えば、あの戦火の夜に封印獣とならなければ、もっと違う人生が……。
「ごめん」
そう呟いたとほぼ同時に、後方から怒声とも取れるような咆哮が響く。
「総員! 国王様の道を作れ! なんとしてもガイア様をアリスホワイトのもとへ届けるのだ!」
声音からその声の主は先ほどの使用人だとわかった。
「チッ! 今頃仕掛けてきやがるのかよ!」
リッキーは王城から迫ってくる国王とその側近たちに目を向けながら言うと、顎をしゃくる。それに従うように、剣士とヘルハウンドたちは王城へと駆けていった。
戦力差は歴然。国王側に勝ちの目はまるでない。リッキーの袂まで辿り着けるはずがない。
がしかし、駆けて行った剣士とヘルハウンドの軍勢の中心に微かな隙間が生まれる。その生まれた間を縫うように走る男が一人。
「おいおい冗談だろ! 国王単身で走らせるって、そんなバカな!」
リッキーは未だ鮮血が流れる右肩を押さえながら、落ちていた自身の封印剣を拾い上げる。
「向こうから来るなら逆に好都合だってんだよ!」
国王へ駆けようとするリッキー。
レオンはそれを瞳で捉えながらふと思う。どうして一向に首筋に亀裂が入らないのかと。
不信感が募り目線を上げると、紫紺の瞳に動揺が走っていた。
その瞳の先を見やれば、駆けてくる男が一人。
レオンは振り下ろされたままの状態で静止していた剣を潜るようにして避けてから立ち上がる。
立ち上がったことにより腹から鮮血が滴るが、意に介さない。国王へと迫りつつあるリッキーを背後から押し倒した。
「ガイアさんッ! アリスを頼みます! あなたが助けてください!」
叫ぶと、駆けてくる男――ガイアは深く頷いた。
「させるかってんだよ!」
押し倒されたリッキーはレオンの下敷きになりながらもジタバタと容赦なく暴れる。対して、レオンはそれをなんとか押さえつける。
しかし、事実としてリッキーの右手には封印剣が握られていた。
レオンはその存在を視認してしまったと後悔するが、それでは遅い。
眼前、立ち込める白い靄の中から一角獣が悠然と顕現した。
「殺せライ!」
怒号が放たれると、白い靄の中に赤い鮮血が舞った。
――意識が、遠のく。




