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一章23話 戦う覚悟

 レオンはガイアレッタードという男が語った罪に、言葉を失った。

 悍ましい。最初に湧いた感情はそれだった。


 眼下のガイアはベットに腰掛けたまま、流れ落ちる涙を拭っている。

 その仕草こそは人間のように思えるが、レオンには到底それが人間だとは思えない。


 傲慢の権化、怪物とでも言った方が良いだろうと、そう断言できてしまうほどに、レオンはガイアを軽蔑し、同時に怒りを覚えていた。


「……ブラック家とホワイト家が戦地へ向かってから日が経たぬうちに、前国王は病に侵されて死んだ。私はその後を引き継ぐ形で国王となり、すぐに戦争の終結を宣言しようとした。しかし、その頃には時すでに遅く、ブラック家とホワイト家の命を代償に、我が王国は隣国との戦争に勝利していた」


 ガイアは瞳から絶えず涙を流しながらもそう告げてきた。


 レオンはその言葉に耳を貸しはしたが、やはり悍ましいという想いが強かった。



「軽蔑されるのは当然だ。私も私が悍ましい。何度も自害しようと思った。だが、その度に剣の中に封印されたままのアリスが過った。誰かに後を頼む前に死ぬわけにはいかない、私はそう考えた。だから異能力使いである君に託そうと思った。だから君が封印剣を持てる年齢になるまでは生きようと、そう思った。私は無力だったにもかかわらず、後悔しないようにと選択をした。だから償いきれない罪を犯してしまった。しかし、君には異能力という人にはない優れた力がある。だから、君ならばアリスを救ってやれると、そう思ったんだ」



 ガイアは言い終えると、悲壮な面持ちで顔を上げた。レオンはその表情を見て胸を痛めるが、同情する気にはとてもなれない。


「……つまり、アリスへの救いを俺に押し付けたってわけですか。あなたの犯した罪なのに」


「その通りだ。私はアリスを救うにはあまりにも無力だった。だから、異能力使いである君に託してしまった。本当にすまない」


 ガイアは額を地面につけて土下座をしてくる。


 レオンはそれを見下ろしながら、無心で告げる。


「俺も無力の辛さは痛いほどわかりますよ。救いたくても救えない、それは本当に辛い。だけど!」


 レオンは語気を強めると、しゃがんでガイアとの距離を縮める。


「だけど、あなたの罪は無力が原因じゃないでしょう?」


 問うと、ガイアは顔を上げ、ふるふると首を横に振った。


「いいや、力がなければ救うことはできなかった! 何も持たない私は、あの時どうすればよかったというんだ!」


「確かに、戦地へ向かわせないためにはその方法しかなかったのかもしれません。ですが、あなたはそれ以降アリスを放置していたのでしょう? 無力でも、封印獣となったアリスに謝罪することなどいくらでもできたはずだ! あなたは逃げただけです!」


「違う! それは君が力のある人間だからそう言えるんだ。私のような何も持たない人間に真似できることではない!」


「いいえ、それは違いますよ。俺だって何度も諦めようとしました。現に、無力だからアリスを助けられなかった。俺とあなたはよく似ていると思います。だけど、決定的に違うことが一つ、あなたは最初から諦めていた。あなたの話を聞いていて強く思いました、諦めちゃいけないんだって。諦めちゃいけないんですよ、どんな理由があったとしても! 後悔して学べばいいって、考えからして間違っているんだ!」


 言い切ると、ガイアが両肩に手を伸ばしてきた。そしてそのまま前後に揺さぶられるも、レオンは抵抗をしない。


「君は異能力使いじゃないか! 私と似ているはずがない! 私は、私は何も持っていないんだ! 君とは違う! 違うに決まっている!」


 縋るように言葉を放つガイアにレオンはそれ以上の言葉を弄さない。黙ってその姿を眺め、内心で思う。レオンとてガイアのような道を辿る可能性はあったのだと。


 無力を理由に何度も諦めようとしていた。打ちのめされる度に自分ではアリスを救えないと決めつけ、無力である己をただ呪った。


 アリスを救いたかった。記憶を取り戻してあげたかった。

 しかし、その願いは叶わず、無力なあまりにアリスはリッキーに捕らえられてしまった。


 募る罪悪感は凄まじい。逃れるために自害したいとさえ思ってしまう。


 けれど、それでも、諦めてはいけないのだと、レオンはそう思った。

 なぜなら、アリスはどれだけレオンが情けない言葉を弄そうとも、隣に居続けてくれたのだから。


「俺は行きますよ、アリスを助けに。あなたからアリスの過去を聞くこともできた。あとはアリスをリッキーから取り返すだけだ」


 レオンは肩からガイアの手を剥がすと、扉へと向かう。


「君はやはり無力などではないじゃないか。……私とは違う」


 ガイアの言葉にレオンは足を止めるが、返事をすることはない。そのまま扉を開け、廊下へと出た。 


 赤い絨毯が途切れなく敷き詰められた廊下を歩いていると、前方の人影に気づく。


「その様子ではお身体はもうよろしいのですね」


 黒のタキシードに身を包んでいることから、目の前の男性が使用人であることが察せられる。  

 また、黒髪の中に白髪が散見されることと、記憶の中の映像とが一致したことから、レオンはその男性に頭を下げた。


「助けていただきありがとうございました」 


「いえ、私は国王様の命に従ったまでですので」


「え? そうなんですか?」


「はい、その通りでございます。ですが、その反応をなさるということは、国王様から何かお聞きになったのですね?」 


 問われ、レオンは口ごもる。使用人といえど、ガイアの承諾なしに例の話をするわけにはいかない。 


 どう濁そうかと考えていると、使用人は「いえ」と言って苦笑する。


「話していただけないような事柄であることは承知しております。ですので、無理に教えていただくつもりはありません。しかし、代わりと言っては申し訳ないのですが、レオン様に国王様を救っていただきたいのです」


 使用人は額を床にべったりとつけて頭を下げてきた。レオンは突然のことにあたふたとするが、その間を縫うように使用人は続ける。


「ガイア様が十四年前の戦争以来、何かをお抱えになっていることには気がついておりました。しかし、ガイア様はそれが何なのか我々使用人などには教えてくださりません。いえ、誰にもその内容を打ち明けたことはないのかもしれません。そんなガイア様が、抱える何かをあなたに打ち明けたというのであれば、どうか救ってあげてください。良い迷惑なのは重々承知しております。望まれるのであれば、私の持てる全てを対価として差し出しましょう。だからお願いします。どうか、どうかガイア様を救ってください」


 使用人は言い終えると、土下座の状態からピクリとも動かない。

 レオンはそんな使用人を見下ろしながら、問いを投げる。


「どうしてあなたはあの人のためにそこまでするんですか?」


「……それは、ガイア様がとても良い国王様だからです。ガイア様は民のことを第一に考え、十四年前のような戦争が起こらないようにと、日々奮闘なされています。ご自身の利益だけを考えれば、先代の国王様のように戦争を起こせば良いというのに、そんなことは微塵も考えていらっしゃらない。私は、戦争という悲劇に見舞われたこのレッタード王国にはあのお方が必要だと、そう強く思っております」


 使用人の話を聞き、レオンは嘆息をした。 


 その嘆息とは決してマイナスな意味でのものではなく、どちらかといえばプラスの意味合いを持っている。 


「あなたも無力などではないじゃないですか」


 レオンは微笑を浮かべながら独りごちると、土下座を続けている使用人の横を通り抜ける。

 

 そして数歩進んでから立ち止まると、振り返らずに告げた。 


「頼まれずとも、リッキーは俺が倒しますよ」


 レオンは歩みを進める。後ろから聞こえた「ありがとうございます」という言葉に返事をすることはない。


 廊下を抜け、出入り口を通って王城から外界へと着くと、眼前には無数の剣士たちと幾体もの封印獣の姿が見える。 


 レオンは覚悟を決め、拳を握った。


「絶対に助けてみせる」


 レオンは口にし、咆哮をあげながら無数の影へと駆けた。

 レオンが対するのは国家戦力の一つともいうべき王国剣士団の剣士たちと、その封印獣。当然ながら、勝ち目などあるはずがない。


 そんなことは、レオンとて重々承知していた。

 しかし、もう諦めるわけにはいかないのだ。


 レオンブラックはもう無力ではないのだから。


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