一章22話 ガイアレッタード
煌びやかな装飾が施された自室を眺め、ガイアは嘆息する。それからカーテンを開け、広がる王都を見渡して微笑んだ。
「俺もいつかあの街に住みてえな」
つい漏れ出た本音に心臓が跳ね、慌てて口を押さえる。
が、幸いにもここは自室。発言を聴いた者はいない。
そっと胸をなでおろし、再び嘆息した。
なぜ自分は王家の血を引いて生まれたのか。その悩みを他の王族に話せば、間違いなく笑い者にされるだろう。
しかし、ガイアは生まれてからの十六年間、王家に生まれてよかったと思ったことは一度もない。華美な装飾品は肌にあわず、ましてや王城に住むなど場違いな気がしてならない。
本当は庶民の生まれであるのに、なにかの手違いで王家に育てられているのではないか。そうとさえ考えたが、それは現実逃避に他ならず。
「はぁー。なんでなんだろうな」
「どうなされたのですかガイア様?」
独り言に返事があり、驚いて視線を向ける。そこには透き通る白髪を一つにまとめて結び、王家の紋章が刻まれた鎧に身を包む少女の姿があった。
「なんだアリスか。驚いたぞ」
「申し訳ありませんガイア様。ですが、ガイア様が独り言とは珍しいと思いまして」
「まあそうかもな。ところで、アリスって今いくつなんだ?」
「今年で十四になります」
「十四か。羨ましいよ、俺より年下なのにすることが明確に決まっていて」
「そうでしょうか? ホワイト家は代々王族の方々にお仕えすることが使命ではありますが、王族であるガイア様にも王族としての使命がおありではありませんか」
「使命なんて大層なものじゃねえよ。国王の椅子を巡った身内の争いをするだけ。本当に意味がわからない」
俯いてガイアが言うと、アリスはクスりと笑う。
「ガイア様は変わっていますね」
「やっぱそうなのか。でも、俺には王族ってのはあわねえな」
「では、ガイア様は庶民の暮らしがしたいと?」
「ここだけの話だけどな」
「そうなのですか。ですが、ガイア様が王族でなくなったら、私はガイア様にお仕えすることができなくなってしまいます」
それは困ると内心でガイアは焦るが、表情を崩すことはしない。
王族である以上、身分が下の者に特別な感情を抱くなどあってはならないからだ。ましてや、緊急時には自身の盾となって戦う少女になど。
「アリスはホワイト家に生まれなかったらやりたかったこととかないのか?」
「やりたかったこと、ですか? 考えたこともありませんね。……けれど、普通の女性の生活には興味があります」
「それってどんなものだ?」
問うと、アリスは頰を薄っすらと赤く染める。
「恋愛をして、子供を産んで、愛した人と歳を重ねていくというような、ごく平凡な暮らしです」
「なんだそんなことか。だったら俺が国王になったら叶えてやるよ」
「本当ですか?」
「ああ。だからそれまではよろしく頼むぞ、アリス」
「かしこまりました」
頭を下げるアリスにバレぬよう微笑んでから、ガイアは自室を出る。
そして、予定されていた王家が一堂に会する会議へと出席した。
玉座の正面に置かれた縦長のテーブルの周りには、それに付随するように人数分の椅子が並べられている。その内の指定されていた右端の席に腰を下ろすと、ガイアは周りを流し見る。
いずれも空席はなく、出席する予定の者は皆集まっている。あとは現国王が来るのを待つのみだ。
「国王様が入られます。王家の皆様方、ご起立ください」
玉座の間の前に立つ使用人が指示を出し、着席していた者たちは皆立ち上がる。そして扉が開くと同時に頭を下げた。
横を通り過ぎていく足音に聞き耳をたて、頃合いを見計らって一同は着席する。それから玉座に座る現国王に視線を向けた。
「今回は招集に従ってもらいすまなかったな。決定事項がありその連絡のために集まってもらった」
長く伸びた白い髭に触れながら国王は言うと、席に座る一同に視線を送る。
「知っている者もいるだろうが、現在隣国との間で続いている戦争において、我が国が敗北する可能性が色濃くなりつつある。防衛拠点も破られた。今晩にでもこの王都に隣国の兵士が攻め込んでくるだろう」
騒めきが走った。それはガイアも例外ではなく、目を見開く。
「皆さまお静かに願います」
使用人が収めようと発言するが、騒めきによってそれはかき消される。そんな様子に国王はため息を一つついた。
「国王様、質問をしてもよろしいでしょう か?」
手を挙げた黒髪の男にガイアは視線を送る。そして、相貌を見てその人物がブラック家の当主であることを理解した。
「なんだ? 申してみろ」
「この会議はその戦争において降伏を宣言するか否かの賛否を問うものであると考えてよいのでしょうか?」
「いいや、それは違う。この期に及んで降伏などはあり得ない。我がレッタード王国は隣国との戦争に勝つことによって領土を広げ、大陸一の経済発展を遂げるのだ。降伏だけはあり得ない」
「ではどうなさると? ご存知でしょうが、民の生活は貧窮を極めております。これ以上、戦争などという愚かの行いを長引かせるわけにはまいりません。それに、敗戦の色が濃厚であるのならば、起死回生の一手でもあるというのですか?」
ブラック家の当主が問うと、国王はニヤリとした笑みをその顔に浮かべた。
「起死回生の一手ならばある。幸いなことに、我が王国には異能力使いの家系が二つある。ブラック家とホワイト家、王族に仕えている両家を最前線に送れば、現在の形勢も変わるだろうよ」
ニタニタと狂気じみた笑みを浮かべながら、国王は狂ったように、否、狂っているからこその言葉を放った。
席についている王族は絶句し、ただ俯く。
そんな中、ブラック家の当主は立ち上がってテーブルを叩いた。
「ふざけないでください! 英龍から与えられたこの異能力は人々を守るために存在するんだ! 戦争の道具じゃない!守るための力を奪うために使うなんてことできるわけがないだろう!」
青筋を浮かべて怒りをあらわにするブラック家の当主の正面、透き通る白髪を結わえた男が立ち上がる。
「それは我々ホワイト家も同じです。終わらせることができる戦争に力を貸すわけにはいきません。国王様、どうかお考えを改めてはいただけないでしょうか?」
「無理だな。最初に言ったであろう? これは決定事項であると。諸君らブラック家とホワイト家には否が応でも戦地へ向かってもらう!」
「貴様! どこまで外道だ!」
今にも国王へ斬りかかろうとするブラック家の当主を腕で制すと、ホワイト家の当主はあくまで冷静に告げる。
「国王様、我々はその戦争に加担するわけにはいきません。この能力、この命は奪うためにあるわけではなく、守るために存在するのです」
「そうか。だが、ブラック家の当主は先程言ったよな? 民は貧窮であると。それから救ってやるためにも、早々に戦地へ向かい、勝利を収めればよいではないか」
「お言葉ですが国王様、我々が言っておりますのは我が王国の民に限った話ではないのです。我々の力は人類を救うために与えられたものです。それを、命を奪うためのものとして使うことは、我々にはできません。それも、経済発展のためという理由などでは」
「偽善者が! 綺麗事を抜かすな! それにな、意を唱えるという行為が意味するとことろは理解しているのか? こちらにも策はあるのだぞ?」
卑しく笑いながら国王はブラック家の当主へと視線を向ける。
「ブラック家にはまだ幼子がいたよな? その男児を戦地へ連れて行くのは嫌だろう? 戦力にもならんだろうし、貴様らが黙って戦地へ向かうというのであれば、その男児だけは見逃すとしよう。しかし、貴様らが命を賭してこの戦争に勝利を収めなければ、罰としてその男児を殺す!」
「貴様ッ! それ以上地に堕ちるか! ならばここで斬る!」
ブラック家の当主は国王に詰め寄るが、突如として現れた剣士たちを見てそれをやめる。
「用心深い奴め。だが覚えておけよ! 守るための剣はいつか必ず悪逆を続ける貴様を貫く。その時お前は自身の罪を知るだろう!」
捨て台詞を吐いて扉へと向かうブラック家の当主に、ホワイト家の当主も続く。そうして退出したのは二人のみ。
当然といえば当然だが、王家の血が体に流れている血縁者は誰一人として意を唱えることはなかった。
それは無論、ガイアも含めて。
まずいことになった。ガイアは内心で焦り、アリスを救うべく思考する。
国王の命令が下されてしまった以上、撤回することは不可能だと断言できる。
どうすればアリスを救うことができるのか。自身に問うが、剣の技量もなければ権力もない己には不可能という答えしか浮かばない。
テーブルの下で拳を握り、無力な自身をガイアは呪う。それから恨めしい国王を睨んだ。
だが、そんな行為にはなんの意味もない。
「この戦争でホワイト家を失うのは惜しいが、ブラック家に関しては男児がいる。王国に忠誠を誓わせ、子をたくさん儲けさせれば数も増やせるか」
国王は呟くと、テーブルに残ったままの王族たちへ目を向ける。
「会議は以上だ。聞いていただろうが、あの両家には戦地へ向かってもらう。王家の護衛は手薄にはなるが、戦争に勝つことが優先だ。それに、数年もすればブラック家の幼子も子を儲けられるはず。気にすることはない」
一同は立ち上がり、頭を下げる。それから扉へと歩き、振り返ってもう一度礼をしてから玉座を出た。
そんな一連の動作を経てからガイアはアリスが使用している部屋へと走る。そして勢いよく扉を開けた。
「アリス!」
叫ぶと、自室にいたアリスは驚いたように目を丸くする。
「どうかなされたのですかガイア様?」
「アリス! 今すぐ逃げるんだ!」
ガイアはアリスの両肩を掴む。すると、アリスは微かにその頰を染めた。
「本当にどうなされたのですかガイア様? すごい汗ですよ」
「アリス、頼むから逃げてくれ!」
「待ってくださいガイア様。説明していただかないとわかりませんよ」
諭すように言うアリスに納得するも、今はその時間すら惜しい。
その想いからガイアは早口でことの成り行きを説明する。
「なるほど、わかりました」
頷くアリスを見てガイアは安堵する。
しかし、アリスは微笑んでガイアの要望を拒否した。
「ガイア様、私は逃げません」
「どうしてだよ! このままだと殺されるんだぞ!」
「そうですね……」
「そうですねってふざけるな! 状況がわかってんのか! 死ぬんだぞ!」
「はい。理解しているつもりです」
「じゃあどうして!」
「例えば逃げられたとしても、助かるのは恐らく私一人でしょう。私の家族は戦地へ向かうはずです。そして、戦地でおそらくは戦死を遂げることになるでしょう。いくら異能力使いとはいえ、現在の戦況から考えれば助かるとは考えにくいです。なので、私は家族とともに行こうと思います」
顔色すら変えず、平然と言ってのけるアリス。ガイアはそんな態度に激怒し、アリスの頰を叩いた。
「馬鹿やろう! なんでわかってくれないんだ! お前は死んじゃいけないんだよ!」
違う意味で赤く染まった頰を押さえながらも、アリスの顔に張り付いた微笑みは消えない。
それを見て、ガイアはその胸の中にさらなる怒りを抱いた。
「逃げないって言うなら無理矢理にでも!」
アリスの腕を引こうとした瞬間、戸を叩く荒い音が響く。
「ガイア様! 扉をお開けください! 中にアリスホワイトが居るのは確認済みです!」
「アリスお願いだ! お願いだから逃げてくれ! 異能力を使えば逃げるなんてことはわけないだろう?」
懇願にアリスは応じない。ガイアは唇を噛むと、今にも開けられそうな扉を押さえる。そして腰にぶら下げた鞘から漆黒の剣を引き抜いた。
「クソ! なんでこんな時に魔物が封印されていない剣しかねぇんだ!」
戦う覚悟を決めるも、貧弱な装備に嘆く。思えば手に持つ剣はお飾りに過ぎず、抜いたのもこれが初めてである。
つくづく無力である自分に嫌気がさした。
「なんで俺は! どうしてッ!」
後悔がよぎる。なぜブラック家とホワイト家に賛同して国王に意を唱えることができなかったのか。
問いの答えは明白、保身に走ったのだ。
もちろん、アリスを救いたい気持ちに偽りなどはない。
だが、結局のところ一番は己である。自分可愛さ故に立ち上がれず、怒りを抱くのみに終わった。
ガイアは己の怠慢、情けなさ、存在の全てを呪う。
「ガイア様」
鈴の音のような透き通る声に振り返ると、アリスはやはり微笑んでいる。
「もういいのですガイア様。早く扉をお開けください。でなければ国王になる夢は叶えられなくなりますよ」
「そんな夢はいらねえんだアリス! 俺はお前さえ! お前さえいればそれだけで! なんで! なんでそれがわからねえんだ!」
傲慢を語る自分に吐き気を覚える。
一方的な思いを押し付け、意見など聞き入れない。自分と国王の間にはどれほどの差があるのだろうか。
そんなものはないという結論に至り、ガイアは開き直る。傲慢ならばそれを突き通すまでのことじゃないかと。
無力な自分にでも、情けない自分にでもできるアリスを救う傲慢な方法。
思考し、やがて光明が射す。
ガイアは自身の手に握られた英龍から人類に与えられし救いの剣に視線を落とす。
これ以外に方法はない。考えに頷くと、ガイアは紫紺の瞳を見つめる。
「アリス、俺は赦されないことをする。これが赦されることなんて絶対にない。だから……赦しは請わない!」
言葉に何事かと首を傾げた白髪の少女は、それを最後に霧散する。
扉を破って入ってきた剣士たちは室内を見回すが、映るのは泣き崩れる青年が一人。存在したはずのアリスホワイトは忽然とその場から姿を消していた。




