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一章21話 後悔

 見知らぬベッドの上で目を覚ますと、瞳の周りがぐっちょりと濡れていた。


 レオンはそれを手で拭うと、上体を起こして床に足をつく。


 底知れない喪失感。それが胸を襲い、大きな空洞が空いたかのような錯覚に陥る。


「アリス」


 レオンは呟いた。


 当然ながら返事が返ってくるはずなどない。腰のベルトにはもう漆黒の封印剣はないのだから。


 無力を選んだが故の結末だと、そう簡単に割り切ることができればどんなに楽だろうか。 レオンはそんなことを思いながら、瞳から涙をこぼした。


 後悔が募る。

 ただ、後悔だけが募る。


 己の無力は痛いほど理解していたのだから、烏滸がましくもアリスを助けるなどと口にしなければ良かった。


 本当にアリスのことを思っているのであれば、意見を強引に通し、一人で逃すべきだった。

 どうしてアリスの言葉に甘えてしまったんだ。


 後悔が募る。

 ただ、後悔だけが募る。


 無力な者に人を救うことなどできはしない。そんなことは幼少の頃に理解していたはずだった。


 憎悪が増す。

 己への憎悪が増していく。


「無力じゃ何もできないから家族と共に逝けなかったんだろう? なのに、どうして自ら無力であることを選んだ! ふざけんじゃねぇよ! バカやろう! 最底辺のクズ人間野郎がっ!」


 絶叫しながら、レオンは乱暴に自身の髪を掴む。


「生きながらえさせてもらった理由なんて一つだけだろ! 俺が無力だったから? だから無力であり続けなければならない? じゃあアリスも俺が無力だから助けてくれたっていうのかよ? そんなわけないだろバカ野郎! 愛されていたからだろうがッ! ……愛されていたから、助けてもらったんだろうがッ!」


 瞳からはボタボタと雫が溢れる。


 アリスを失った。

 アリスを守ることができなかった。


 ――アリスを助けることができなかった。


 失ってから後悔したところで意味はない。もう全てが手遅れなのだから。


 無力であり続けることを肯定した過去のレオン、幼少時のレオンに対し怒りがこみ上げる。

 レオンはその怒りを表すように、付近の鏡に映る己を睨みつける。


「なぜ無力であり続けることを選んだ? なぜ無力でなければ家族に顔向けできないんだ? どうして愛故に生かされたと思えなかったんだよ? 気づけただろう? 気がついていただろう? なあ? 答えてみろよ!」  


 鏡の中の己に怒鳴るが、返答など返ってくるはずがない。


 もとよりそんなことは承知の上ではある。けれど、そうでもしなければふつふつと湧いてくる怒りの捌け口がなくなってしまう。

 どこかに吐き出さなければ己を傷つける他に手段がない。


「クソッ! クソクソクソクソクソクソクソッ! なんでだよ! なんでなんだ! 失ってから後悔したって遅いんだよッ!」 


 新たな捌け口が見つからず、レオンは湧き上がる怒りのままに拳を腿に振り下ろした。


「そう傷跡を甚振るな。傷口が開くぞ」


 不意に鼓膜に響いた声に冷静さが戻る。レオンはハッとして声がした方、自身の左前方を見やる。


 すると、そこには一人の男が立っていた。


「目が覚めたようでなによりだ」


 男は言うと、レオンの隣に並ぶようにベッドに腰掛ける。


 レオンはその一連の動作を眺めながら、男の声に聞き覚えがあると思い、思考を巡らせる。

 と、意識を失う前、何者かにおぶられていたことを思い出した。


「あなたがおぶってくれた方ですか?」


 問うと、男は「いや」と言って苦笑する。


「君をここまで連れてきたのは私の使いだ」


「使い?」


 言葉に不信感を覚え、レオンは改めて寝ていた部屋の内装に目をやる。


 すると、どうにも一般庶民の家の家具とは考えにくい豪奢な家具が並んでいた。


「あの、ここはどこなんですか?」


 不安を秘めた声音で尋ねると、男は微笑を浮かべる。


「第一声がそれであるべきはずだがな。ここは王城だ」


「王城? ってことはあなたはまさか?」 


 先程の『使い』という言葉から考えが巡り、目の前の男が何者であるのか理解した。


「まさかとはどのまさかなのだろうか? と問うのは野暮というものだな。そのまさか、私はレッタード王国現国王、ガイアレッタードだ」


 答えを得ると、レオンは慌ててベッドから降りて跪く。


「大変失礼いたしました国王様。存じていなかったとはいえ、私の非礼をどうかお許しください」


 謝罪を述べると、頭上から笑い声が降ってくる。


「存じていなかった、か。この国の王を一目見て気づけぬとは、聞かれた相手によってはまずいことになるぞ?」


 言葉に冷や汗が走る。声に聞き覚えがあるのも当然……ということになるのか。

 否、現国王の肉声を聞く機会など今までになかったはずだ。


 妙な引っ掛かりがあるものの、レオンは頭を下げ続ける。


「良い、顔を上げよ。少しからかっただけだ。私とて先に名乗らなかったという点ではそなたに対する非礼と言えるしな」


「か、かしこまりました。それでは失礼します」 


 レオンは顔を上げるも、再び国王の隣に座るわけにもいかず、その場で凛と立つ。


 すると、国王は呆れ笑いとも嘆息ともとれるような息を漏らし、自身の真隣を指す。 


「そうかしこまるな。座りたまえよ」


「え? いや。で、では失礼いたします」


 レオンはどうすべきか迷うも、少し間隔をあけて国王の隣に腰を下ろすことにした。


「それで? 体調はどうだ? 処置はしたが、痛むところなどはないか?」


「は、はい。特にはございません。その、治療をしていただきありがとうございます」 


 レオンは深々と頭を下げる。


「良い、当然のことだ。それになにより、君が無事でよかった」


 国王は頷きながらいうと、まじまじと見つめてくる。その視線に居心地が悪いと感じながらも、名乗っていないという事実に気づきレオンはハッとする。


「失礼いたしました。私はレオンブラックと申します」


「ああ、知っているとも」


「はい?」 


 名乗るのを待っていたものだという考えから、間抜けな声が漏れる。


「私の名前をご存知だったのですか?」


「もちろんだ。黒髪に黒瞳、容姿からして見紛うはずもあるまい。ブラック家の末裔、レオンブラック。リッキーに育てられていたとは聞き及んでいたが、状況からしてこちら側であると考えてよいのかな?」


 こちら側とは、おそらくリッキーと敵対する側という意味なのだろう。悟り、レオンは問いに深く頷いた。


「そうか、それは心強いな。だが先に断っておこう、こちらはかなりの劣勢だ。君が意識を失ってから二日経っている。その間に王国剣士団に所属する剣士のほとんどがリッキー側についた。そして現在、この王城はリッキーが率いる剣士たちによって包囲されている。残っている戦力としては私の側近と君くらいだ。だから敢えて言う。リッキーに寝返るのなら今のうちにしてくれ」


「いいえ。私はリッキーに寝返る気などはありません」


「即答だな。だがリッキーに育てられたのだろう? こちら側につけば、真向から敵対することになる。リッキーの命を奪う覚悟はあるのか?」


 問うてくる国王の瞳にはレオンを見定めるかのような、そんな意図が含まれているように感じられた。


 そのため考えなしに答えるわけにもいかず、レオンは改めて思考した。


 親代わりであるリッキー。リッキーがいなければ、今現在レオンブラックという人間は文字通り存在していないだろう。リッキーに対する恩、それは確実に存在する。


 しかし、恩師であるローザを殺された。十四年もの間騙されていた。そして、アリスを……。

湧き上がる怒りを感じ、深く息を吸う。


 無力である必要はもうない。十字架は背から降ろす前に消滅した。であれば怒りのままに拳を振るうことだってできる。もうレオンブラックは無力ではない。


「覚悟ならあります。正直リッキーがなぜ国王になりたいのかはわかりません。不敬を承知で申しますが、もしかしたらリッキーが国王様よりもよい国王になる可能性もあるかもしれません。ですが、それは俺には関係のないことです。俺は俺がやらなければならないことをやります。無力でいる必要はもうないので」


 ハッキリと告げると、国王は「そうか」と言って頷いた。


「やらなければならないこと……か。それは後悔故の選択なのか?」 


「後悔はもちろんあります。俺が幼少の頃に無力でなければならないなんて十字架を背負ったからこんなことになったんだ。俺の責任です。俺が無力じゃなきゃ……」


「過去においての可能性を話しても仕方があるまい。大切なのは君が後悔故に何をなすかだと思うが?」 


「それは……違うと思います。後悔するってことは、既に手遅れだということ。いかに最悪が起きる前に行動するかが大切なはずです」  


「違う!」 


 予期せぬ怒鳴り声に身が跳ねる。驚きながらも目をやれば、国王の手は微かに震えていた。


「すまない、だが本当のことだ。後悔をしないようにという選択に意味などはない。後悔をして初めて何がいけなかったのかを学べばいいのだ。だから、君が歩んできた道は正しい。……だから私は救えなかった」


 国王の言葉の後半はレオンに向けてというよりも、自身に向けているようであった。


 レオンはその様子が気になるも、追求することはしない。今は一刻も早くアリスを救い出したいと考えているからだ。


「俺はそれでも自分を許せません。だから行きます、リッキーを倒しに」


「そうか。ならば私の側近も行かせよう。他に必要なものはあるか? 見たところ封印剣は持っていないようだが?」 


「いえ、大丈夫です」 


「遠慮をする必要はない。ブラック家の異能力を考えれば、封印剣が必要になるだろう」


 国王に諭すように言われ、レオンは思考する。確かに、ブラック家の異能力の内容を考えれば、封印剣は必要になる。

 しかし、アリスとの契約が切れた今、他の封印獣と新たに契約をする気にはとてもなれなかった。


「ご配慮に感謝いたします。ですが、本当に大丈夫です。ところで国王様、リッキーが率いている剣士団の中に、白髪の少女の姿はありませんでしたか?」 


「……アリスホワイトのことか。封印剣が見当たらないと思えば、やはりリッキーに奪われていたんだな」 


 悟ったような国王の呟きに、レオンの心臓は跳ねる。


「……どうして国王様がアリスのことを? アリスをご存知なのですか!」


 問えば、国王は諦めたように嘆息した。


「この期に及んで隠しても仕方があるまいな。……私が君にあの封印剣を渡したんだよ」


 その言葉に、雷に打たれたような衝撃がレオンの身体を走り抜ける。脳内にはフードを目深にした男の姿が浮かんだ。


 聞き覚えのある声だとは思った。思ったが、まさか。


 国王とフードの男、脳内で一致した二人に身震いを覚える。


「あなたはあの時の!? なぜ国王様がアリスの封印剣を? 一体どういうことなんですか!」


 バラバラだったピースが繋がっていくような、そんな感覚に畏怖を感じる。


 なぜ一国の王が人間が封印されている封印剣を手渡してきたというのだろうか。


 それに、『救うことができなかった』という言葉の真意もまさか……。


 レオンは隣に座る男がとても悍ましい存在のように思え、距離をとるように立ち上がった。


 国王はそれを意に介していないのか、微動だにしない。


「答えてください! あなたはアリスの何を知っているんですか!」


 レオンが怒鳴ると、国王は遠い目をしたままただ嘆息する。

 レオンはそんな態度が理解できず、思わず国王の胸ぐらを掴む。


「答えてくださいよ! 一体あなたはアリスの何を!」


「……隠す必要はない。知りたいのならば教えてやろう」


 虚ろな瞳で見られ、レオンはたじろいで胸ぐらから手を離す。

 

 そして国王の、ガイアレッタードという男の罪を知った。

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