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一章19話 レオンブラック

 最期まで背から十字架を下すことは許されなかった。そう考えた瞬間、視界の右端に白い影が現れる。

 その影はレオンが現れたと認識したとほぼ同時に剣先とレオンとの間に割って入る。


 赤い血が迸り、剣を振り下ろしていた剣士の腕は剣を握ったままの状態で宙をクルクルと回る。


「がああああああああっ!」


 絶叫があがると、白い影はそれを黙らせるように剣士の首を切り落とした。


「これは想定外だな。あの傷でまだ立ち上がるのか」


 リッキーは感心したように言葉を漏らす。


 レオンはそのリッキーの言葉を耳にしながら、張り裂けそうな胸を必死に押さえた。


 目の前の剣士を屠った白い影、アリスは傷だらけの体とは裏腹に微笑んでいる。

 その様はさも、これ以上レオンに心配をかけまいという心情の表れのようで、レオンの瞳からは涙が溢れた。


「……アリス、もういいんだ。もういいんだよ、俺なんか助けなくて」


 諭すように言うも、アリスは首を横に振る。


「どうして!」


 問いかければ、アリスは再び微笑みを浮かべた。


 レオンはアリスを助けると幾度となく口にしておきながら、未だそれを実行できいない。逆に助けられてばかりいる。


 先程リッキーが言った通り、アリスはレオンと出会わなければもっとマシな道を歩むことができただろう。アリスの災難の発端はレオンと出会ってしまったということに違いない。


 だからこそ、レオンは痛切に自分のことを諦めてほしいと、アリスにそう願った。


 レオンブラックという人間は無力故に生かされた。そのために、生涯を通して無力であることを己に課した。

 課したものは十字架として背負い続けて生きてきた。


 だから、無力故に死ぬのもまた運命なのだ。


 レオンは瞳から溢れ続ける涙を拭い、懇願するように、あるいは謝罪するようにアリスに告げる。


「もういいんだ、アリス。俺は、俺は優しい人間なんかじゃないんだ。本当は性根の腐った最底辺の人間なんだ。助ける価値なんてない!」


 レオンは握った拳を掲げ、力なく笑う。


「見てよ、握っただけでこのザマだ。これが無力を理由に生かしてもらった人間の末路なんだよ! だから! 俺には君を助けることができない!」


 瞳からは絶えず涙が溢れる。それを必死に拭い、嗚咽交じりに伝えなければならない言葉を放つ。


「俺はあの夜に死ぬべきだったんだ!」


 口に出すと、いっそう涙が溢れた。


 それを情けないと思い、取り繕うためにレオンは笑ってみせる。


 すると、アリスはふるふると首を横に振った。そして剣士たちへと向き直り、鮮血をその純白の体に伝せながら歩いていく。


 レオンはそのアリスの行動が理解できなかった。

そこまで傷ついていながらなぜ、まだ立ち向かおうとするのか。


 最底辺の人間であると打ち明けたというのになぜ、助けることを諦めてくれないのか。


「なんでだよ! なんでなんだよアリス! もうやめてくれよ! 俺のことなんか諦めてくれ! 俺は君が思っているような人間じゃないんだ! だから! ……だから!」


 言葉を紡ぐと、アリスの歩みは止まった。レオンは安堵し、アリスに駆け寄ろうとする。


 しかし、振り返ったアリスが微笑んでいるのを見て、踏み出しかけた足は止まった。


「どうして……。どうしてなんだよアリスっ! 君も俺が無力だから生かすのか? 俺が無力で哀れだから生きながらえさせてやろうってそういうのか! 大きなお世話なんだよッ! 俺はもう無力のまま生きるのは嫌なんだ! 誰も助けられないのは嫌なんだッ! なのに、どうして助けるんだよ!」


 問いかけると、アリスは一度瞑目し、再び剣士たちへと向かっていく。


 取りつく島もなく、レオンはただ俯いた。


「それは、あなた様を愛しているからです」


 言葉に顔を上げると、そこにもうアリスの姿はない。見えるのは乱れるように剣を振るう剣士たちと、高速で動く純白の影が一つ。


 そんな人知を超えた光景が繰り広げられている中、レオンは胸にあった氷塊が溶けるような、そんな感覚に陥っていた。

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