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一章18話 十字架

「アリス! 一体何があったの⁉︎」


 声をかけるも、意識が朦朧としているのかアリスの声は言葉を紡がない。


 身体全体に視線を巡らせると、白く艶やかだったはずの肌は赤く染まり、噛み跡のようなものが至る所に確認できた。


「……そんな。そんなことって」


 胸に押し寄せる罪悪感。


 鼓動はさらに早まり、背筋を冷たいものが抜けていく。 


 レオンブラックなど死んでいればよかったのに。

 生かされることなく、あの戦火の夜に死んでいれば。


 性根の腐った最底辺の人間であると理解しながら、その性に抗おうなどと考えなければ。


 分不相応な十字架は早々に背から下ろすべきだった。十字架を背負おうと考えること自体が間違いだったのだ。


 ――――後悔ばかりが募った。


 犯した過ちは腕の中でその罪の重さを告げてくる。


 地面へぼたぼたとこぼれ落ちる鮮血は止まる様子もなく、アリスの息はみるみる小さくなっていく。


「どうすれば……」


 声が漏れるが、無力なレオンにできることなどたかが知れている。


 自身への失望は怒りへと変わり、レオンは唇を噛んだ。


 それからアリスを抱き上げると、悠然と聳える王城を目指す。


 跳躍して正面の建物へと移り、屋根伝いを駆けると、下に人がいないことを確認して地面へと降りる。


 路地を曲がり、すれ違う人々を避けることもせず、王城への最短距離を急ぐ。

 市場の雑踏を抜けると、王城から一直線に伸びている大通りへ辿り着いた。セレモニーなどが開かれる時は人々で溢れているのだが、それらが行われていない今日などは一切の人気がない。


 レオンはアリスを抱え直してから再び駆ける。王城はもう目前。王城に辿り着きさえすれば、アリスを手当てすることだってできるはず。


 走り通しのため両足には乳酸が溜まり、踏み出すたびにひどく痛む。

 しかし、レオンが止まることはない。自身への怒りが痛みを度外視させ、走り続けろと強いてくるからだ。


「おうおう、がんばってんじゃねぇか」


 鼓膜に響いた声を聞き、己に向けてのものとは違う憎悪が湧き立った。レオンは振り返り、声の主を睨みつける。


「リッキいいいい!」


「ようレオン。ホワイト家のガキはだいぶ重症みたいだな」 


 リッキーは鋭い目つきを卑しくやわらげながら笑う。


「一体アリスに何をしたんだ! こんな酷いこと!」


「酷いこと? おいおい、そいつは封印獣なんだろ? 傷つくのは当たり前じゃねえか!」


「アリスは封印獣なんかじゃない!」


 叫ぶと、リッキーは呆れたように嘆息した。

「まあいい、お前がどう言おうとな。しかし、傷ついたのはお前が原因で変わりないぞ? そのガキはお前と出会いさえしなけりゃ、こんな目にあうことなんてなかったんだからなぁ!」


 その言葉に胸がズキリと痛み、レオンは俯いた。


「自覚はあったって反応だな。だが、その封印剣はどこで手に入れたんだ? 人間を、しかも異能力使いを封印獣にするなんて、発想からしてブッとんでやがる。俺も洗脳教育なんてめんどくせぇことせずに、はなからお前を封印獣にしてりゃよかったぜ」


 リッキーは心底愉快と言わんばかりに口元を歪めると、鞘から剣を引き抜く。


 そうして剣を構えると、表情から歪みは消え、その顔には鋭い目つきだけが残った。


「そのガキをよこせ。封印獣なら主人となった人間には従順なはず。いちいち洗脳教育を施す必要もねえ。すぐにでもクーデターを実行できる」


 リッキーから気迫が放たれ、レオンはそれに圧倒される。

 だが、だからといって首を縦に振ることなどありえない。


「アリスは絶対に渡さない!」


「そうか。だがお前一人で守りきれるのか? どうせまた震えて何もできねぇんだろ?」


 レオンはそれに答えない。


 正直な話、リッキーの言葉は正しいからだ。現在、レオンが握っている拳は微かに震えている。リッキーを殴ってやろうと本気で考えれば、震えはさらに激しくなることだろう。


 自分自身のことだからこそ、レオンはよく理解していた。


 故に、レオンは握った拳を開く。


 そしてアリスをそっと地面に下ろすと、庇うようにして両手を大きく開いた。


「おいおい、それはなんの真似だよ?」


「アリスは絶対に渡さないと言ったはずだ!」


「フフッ、そうかよ。肉壁にでもなるってか? バカなことはよせよ。もうお前に用はない。今度は殺すぞ?」


 明確な殺意を向けられるも、レオンは怯まない。両手を広げたまま、リッキーを正面から見据えた。


「俺はもうこれ以上、アリスホワイトに助けられるわけにはいかない! 命を賭してでもアリスを守る!」 


「……そうか、意思は固そうだな。なら……」


 リッキーは意味有りげに振り返る。すると、リッキーの後ろ、路地から幾人もの人影がぞろぞろと現れた。


 現れた人々は皆同じく王国の紋章が刻まれた鎧を身につけている。恐らく、王国剣士団の剣士、リッキーの部下だろう。 


「そこのホワイト家のガキを捕らえるためにヘルハウンドを五十匹ほど導入したが、どうやら殺されちまったみてぇだ。レオン、今のお前なら封印獣を傷つけられた主人の気持ちがわかるんじゃねえか? こいつらの怒りや悲しみ、お前の身体で受け止めてみせろよ!」


 言い放つと、リッキーは道の端へと避ける。

 結果、レオンはその瞳に憎悪を浮かべる剣士たちと相対した。


 リッキーの口ぶりからするに、アリスの傷はヘルハウンドとの激闘によるものなのだろう。胸の罪悪感が増し、自己嫌悪が溢れる。 


 自身への怒りに飲まれそうになるも、レオンは確固たる意志のもとなんとか自我を保った。 


 ――――アリスを絶対に守る。


 その誓いだけが大罪人であるレオンを一時許し、無力であることを一時肯定する。


 レオンは迫る五十人近い剣士を前に、臆することはしなかった。


 瞳に憎悪を宿した剣士たちは抜刀すると、立ちはだかるレオンに剣先を向ける。

 もちろん、レオンがそれに対抗することはない。両手を広げたままの、無防備といえる格好を続けている。


 それ故か、剣士たちはそれ以上の行動を起こさない。戸惑っているのだろう。


 そのまま硬直状態が続くと、一人の剣士が咆哮をあげ、レオンに向けて剣を振り下ろした。

レオンは迫る剣をしっかりと瞳で捉えながら、やはり抗おうとはしない。


 当然ながら、身一つではアリスを守る壁にはなり得ない。迫る一撃により絶命するのは必然である。

 よって、アリスを救うこと、守ることは不可能といえる。


 しかしながら、無力なレオンにできる限界はこの程度。

 仕方がない、とは考えていない。レオンとてアリスを救い、守りたかった。


 ただ、現実というのは残酷で、願望を無条件に叶えてくれることはないらしい。


 レオンは眼前へと迫り来る剣先を睨みつけるでもなく、ぼんやりと眺めた。


 最期まで背から十字架を下すことは許されなかったな――――と。

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