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一章15話 不安

「本当に剣の中に戻らなくてよかったの?」


 廃材の山を下りながら、レオンは隣を歩くアリスに言った。


「はい、剣の中にいては緊急時に備えられませんから」 


「にしても、スラムにいる間はローブを着た方が良かったんじゃない? スラムにはどんな人がいるかわからないよ?」


「確かに、欲望に満ちた下卑た目で見られるのは少々不愉快ではありますが」


「いや、そこまでは言ってないけどさ!」 


 自身の考えよりもアリスの言葉が上をいっていたためにレオンは苦笑する。

 それに対しアリスは「冗談です」と舌を出しながら返した。


 先に下山を終えると、レオンはアリスに手を伸ばす。アリスは赤面しながらその手を握り、軽くジャンプして地面へと降りた。


「あの、レオン様。できればではあるのですが……その、王都に着くまでこのままでいてもいいですか?」


「え? このままって」


 レオンは否定しようと考えたが、赤面したままのアリスを見てしょうがないなと頷く。 


「さんざん俺のことをピュアだって言ってたけど、アリスも案外ピュアじゃん」


「それを言うのは意地悪ですよレオン様! 私だって正真正銘、乙女なのですから」


「ごめんごめん、冗談だよ」


 レオンが舌を出すと、アリスは頬を膨らませながら空いている左手でポコポコとレオンを殴った。


「むぅ、一本取られた気分です」 


「いや、そしたら俺はアリスに何本取られていることやら」


「レオン様はいいんですよ、反応が可愛らしいので」 


「それを言うならアリスだって!」 


 レオンは言いかけて赤面する。それを見たアリスは嬉しそうに微笑んだ。


「その顔に免じて許すことにします!」 


「……そうしてもらえると助かる」


 レオンは脱力しながら言うも、気持ちを切り替えなければと空いている右手で頬を叩いた。


 レオンの瞳に映るのは悠然と聳え立つ王城。まだ距離もあり、未だ難関である王都には達していないものの、レオンは微かな緊張を胸に抱いた。 


 その緊張とは、途切れることなく胸にある不安からなのかどうかは定かではない。

 が、レオンを苦しめていることに変わりはない。


 レオンは無意識にアリスの手を握る力を強めた。


「大丈夫ですよレオン様、私がついておりますから」


 アリスに微笑みかけられ、レオンはハッと手を握る力を弱める。


「ごめん、じゃなくて! ありがとうアリス」


「いえいえ、こちらこそありがとうございます」 


「え? どうして?」


「どうしてでしょう?」


 そう言って笑うアリスにつられ、レオンも笑みをこぼす。

 すると、胸に生まれたはずの緊張が溶けるように消えた。


 心の中でレオンはもう一度アリスに「ありがとう」と告げる。


 考えてみれば、王城を目指すと決めた時からアリスの振る舞いは普段よりも明るかった。

 恐らく、レオンの不安や緊張を感じとってのことなのだろう。


 助けられてばかりの自分に嫌気がさし、同時にアリスを助けられていない自分に嫌悪感がます。


 戦闘以外の面でもアリスに支えられていたとあっては、面目がない。


 本当にレオンブラックとはどこまで非力で、無力な男なのだろうか。そんな自問に返す言葉も見つからず、ただため息が漏れた。 


「レオン様?」


 ため息をついたためか、アリスが心配そうに見つめてくる。

 それに対しレオンは余計な心配をかけてどうすると自身を内心で叱責し、作り笑顔を浮かべた。


「ごめん、なんでもないよ」


「そうですか。しかし、何か悩んでいらっしゃることがあるのならば、私に相談してくださって構いませんからね」


 微笑みながら言うアリスに、レオンはただ首を振ることによって返事をする。


 不甲斐ない。内心でそう思い、またもため息が漏れそうになった。


「レオン様、やはり少しお話をしましょうか」


 そんな仕草に気づいたのか、そう言ってアリスは瓦礫の一角を指差す。

 その先を見やれば、そこには木製の長椅子が捨てられていた。


 レオンが軽く頷くと、アリスはその椅子に腰掛ける。それに習うように、レオンはアリスの隣に腰掛けた。


 横並びに座ると、しばし沈黙が流れる。レオンはアリスが何を意図して話をしようと言い出したのか見当はついていたが、その前になんでもないと答えていたがために気前が悪い。


 そのため口を噤んでいると、アリスが口火を切った。


「レオン様、何があったのですか?」


 アリスはレオンに視線をやることなく、正面を見据えながら問いかけた。その声音は問い詰めるようなものではなく、とても穏やかで、母性のようなものを感じさせる。


 レオンはその問いの内容を聞き返すような野暮なことはせず、俯きがちに答える。 

 


「俺は十四年前の戦争で両親を亡くしたんだ。言ったよね? 異能力使いが戦争の最前線に送られたって? 俺の両親もホワイト家と同じ戦争で死んだんだ。って言っても、全部後から知ったことだけど。でも鮮明に覚えてることが一つだけあって、それは俺が当時無力だったから戦争に行かずに済んだっていうこと。俺は無力だったが故に両親に生かされたんだ。……だから、俺は生涯無力でなければならないって、そう自分に課したんだ。じゃなきゃ、無力だったがために生かしてくれた両親に顔向けできないから」



 レオンが話し始めると、隣に座るアリスは相槌を打つように頷いていた。

 けれども、後半になるにつれてその回数は減り、現在に至っては驚いたように目を見開いている。


「すみませんレオン様。質問なのですが、本当にレオン様はそのように思っていらっしゃるのですか?」


「そのようにって?」


「ご両親がレオン様を戦争に連れて行かなかった理由は、レオン様がその当時無力であったからだと、本当にそのように思っていらっしゃるのですか?」


「そうだよ。だから俺は生涯を通して無力であろうと生きてきた。その結果が今だ。無力であろうと生きてきたが故に、俺は本当に無力な人間になってしまった」


 告げると、アリスは戸惑ったように瞬きをした。

 レオンはそれがなぜなのか分からず、小首を傾げる。


 すると、アリスは「いえ」といってから首を横に振った。


「本当にレオン様がそのように思っていらっしゃるのであれば、レオン様は私がもしレオン様をご両親の様に……いえ、この質問はやめておきましょう」


 言うと、アリスは立ち上がる。


「レオン様、申し訳ありませんが、今の私にはレオン様の悩みを払拭して差し上げることはできないようです。……ですがきっと、私がレオン様のその気持ちを晴らしてみせますから」


 そう言って、アリスは王城へ向けて再び歩き始めた。


 レオンはアリスの言葉の真意が気になりながらも、アリスの背を追いかける。

 そうして、レオンとアリスは再び王都へ向けて歩き始めた。


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