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一章12話 無力の正体

「アリス!」


 レオンは巻き上がった砂埃を見て思わず声をあげた。



「フフフッ、当然の結果だな。ホワイト家の異能力とは身体速度を高めるというもの。その驚異的な速さにより、暴力的な強さを無防備な相手に叩き込む。しかし、それは人やただの封印獣が相手だった時のみの話。他のユニコーンよりも身体速度に定評のあるライが相手とあっては、その強さは通用しない!」



 リッキーは嘲笑を浮かべると、竦んでいるレオンへと歩みを進めた。

 レオンはそれを見て右足を一歩後退させるが、それ以上出口へ向けて後退することをしない。


 なぜなら、その行為とはアリスを置いて自身だけが逃げるということに他ならないからだ。


 しかし、戦わなければただ殺されるだけの話。このままではアリスを救うこともできず、レオンも命を落とすことになる。理解はしているが、やはりレオンは……。


「恐ろしいな、過去のトラウマってやつは。こんな状況にありながら、まだ抵抗しないのか?」


 リッキーは距離を詰めると、レオンの首筋に刀身をあてがった。リッキーが少しでも剣を払えば、レオンの首筋からはローザのように鮮血が噴き出すことだろう。


 死という恐怖がレオンの胸を襲う。身体は小刻みに震え、制さなければ今にでも情けない声が漏れ出る。


 レオンはそんな現実からの逃避として、リッキーから視線を逸らした。すると、床に突き刺さった漆黒の封印剣が視界に入る。


 恐らく、ライに弾き飛ばされた際にアリスの手から離れ、突き刺さったのだろう。


 距離も近く、手を伸ばせば掴むことは容易なはず。武器を手にすれば、現状を打開することだって可能だ。


 相対するリッキーは王国最強の剣士、由来はその剣さばきにあるが、レオンとてブラック家の生まれである。異能力は使えなくとも、身体能力は常人より優れている。その気になれば、リッキーを相手取り、アリスを救出することだってそう難しい話ではない。


 レオンは意を決し、剣に素早く手を伸ばした。 


「なんだよ? やる気か? できるものならやってみろよ」


 リッキーは挑発的に言うと、剣を鞘に納める。それから両手を広げ、後ろへと身を引いた。


 リッキーは無防備な状態となった。今ならば相手取るどころか、命を奪うことだって容易い。

 レオンは額から流れる汗を拭うと、剣を構えた。


 レオンブラックは生涯を通して無力でなければならない。そう幼少時に誓った。無力でなくなったら、生かしてもらった両親に顔向けできないからだ。


 けれど今だけは、どうか今だけは見逃してくれ、レオンはそう両親に願う。


 レオンは漆黒の剣を振り上げた。


 ――――しかし、願いは届かなかった。


 剣を握る手がガタガタと震え始め、レオンは制さなければと思考する。が、いくら考えても手の震えは治らない。


 アカデミーでの授業の中で、対人形式の試合などは幾度となく経験してきた。

 だが、手が震えたことなどは一度もなかった。


 もちろん、その試合においてもレオンは無力であろうと手を抜き、わざと負けることを選択していた。

 していたが、意思に反して手が震えたことなどは一度も……。


 ただ震える手を見下ろすことしかできないレオンに、リッキーは満足そうに笑う。


「結局何もできねぇんじゃねえか。おめえは本当にグズだな、レオン。その剣を俺に振らなきゃおめえもそこのホワイト家のガキも死ぬんだぞ?」  


 剣を振らなければ死ぬ、そんなことレオンは十分なほどに理解している。しかし、震えは一向に治らない。


「クソッ!」


 レオンは叫ぶと、震える手のまま足を踏み出した。


 すると、今度は踏み出した足までもが痙攣したかのように小刻みに揺れる。

 レオンは驚愕するが、諦めずにもう一歩踏み出そうと再び足に力を込めた。


「なんでだよッ!」


 込めた力は震えにより霧散し、もう一歩を踏み出すには至れなかった。


「滑稽極まりないな。抗えねえなら黙って死ねよ」


 リッキーは切れ長の目をさらに細めながら冷徹に言うと、腰の鞘から剣を引き抜いた。


 再び迫る死の危機。打開しようにも震えは未だ続いている。


 何か打開策はと思考を急展開させるが、良案は浮かばない。半ば諦めかけ、レオンは震える自身の手をただ睨んだ。


 なぜ震えるのか。確かに、今までは努めて無力であろうとしてきた。

 しかし、命の危機に瀕しながら、アリスも危険に晒されているという状況にありながら、なぜ震える必要がある。何故に無力である必要がある。なぜ融通がきかない。


 一瞬だ。今、ほんの一瞬だけ背負った十字架をおろせればそれでいいのだ。


 よもや、その程度の融通も利かないほどに、自ら背負った十字架は大きいということなのだろうか。


 であれば、レオンブラックとはどこまで、どこまで人間として腐っているんだ。


 自身への怒りが最高潮へ達しかけた時、漆黒の封印剣の刀身にぼんやりと藤色の光が灯った。その光を見て、レオンの思考に光明がさす。


 レオンはアリスに悪いと思いながらも、高らかに叫んだ。


「アリス! 剣の中に戻れ!」


 言葉に応じるように、アリスの身体は紫色の光へと姿を変え、漆黒の封印剣の中へと溶けた。


「……冗談だろこれは」


 リッキーは呆気にとられたのか、剣を払うこともせず硬直している。レオンはそれを好機とみなし、リッキーに背を向けて走り出した。


「クソが! 追えっ! ライ!」


 怒声とともに背後から魔獣の咆哮が響く。


 追いつかれるまでの猶予は一瞬、レオンはそう考えて刹那の決断を下す。

 資料室を出た先にある窓枠に突進し、つま先へあと数ミリというところでライの鋭利な角からなんとか逃れた。



 けれど、窓枠を破ったがために身体は宙へと投げ出される。

 位置エネルギーを全身に受けて落下する中、レオンはなんとか体勢を立て直す。そして、器用に膝のバネを使って着地し、衝撃を身体中に分散させた。


 それから立ち上がり、レオンは自身が破った窓枠を見上げる。


 すると、燃え盛る炎を背にしたライとリッキーが映った。


「レオン、今だけは見逃しやるよ。だが、俺を失ったお前に何ができる? 逃げ隠れしようったってこの世界にお前の居場所なんかはねぇんだ! 精々俺に見つかるまでは震えて眠れ!」


 リッキーはその眉間に皺を寄せながら、獣のように吠えていた。


 レオンは畏怖を抱きながらも、背を向けてアカデミーを後にする。


 最後に耳に残った獣の咆哮と、火災によって木材が崩れ落ちる音を否定して。


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