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プロローグ〜戦火の夜に〜

 遠い昔の記憶、というより、幼少の頃の記憶。時折思い出す断片的なそれは、月日が経つうちに靄がかかり、いつの日からか鮮明ではなくなってしまった。


 しかし、揺らめく炎に照らされた夜の街と、身を焦がすような暑さ、鳴り止むことのなかった悲鳴だけは、変わらずに覚えている。


 誰もが救いを求めていた。涙で頰を濡らし、あるいは神に祈りを捧げ、あるいは戦争を始めた国王を呪っていた。

 救いが必要だったのだ。ただ救いが必要であった。救いさえ存在すればよかった。


 故に、英龍から力を与えられた者たちが救世のために戦争の最前線へと向かうのは、至極当然の行いであった。


 父親らしき人物はレオンの頬に手をかざすと、剣を手にとって戦火に包まれた街へと消えた。

 母親らしき人物は悲壮な面持ちでレオンのことを抱きしめると、剣を携えて叫喚の声が響く夜の闇へと消えいこうとした。

 レオンはすかさずその手を掴み、泣きじゃくりながら母親らしき人物を見上げた。


「どこにいくの? 僕も一緒に行きたい」


 涙で視界が霞んでいたものの、その言葉を述べた瞬間に母親らしき人物が破顔したのを覚えている。


 母親らしき人物は崩れた表情を隠すかのようにレオンに背を向ける。それから深呼吸して一間を置くと、破顔していたのが嘘に思えるような冷徹な声音で口を開く。


「レオン、あなたは無力だから連れていけないの。だから、あなたは生きなさい!」


 母親らしき人物は闇へと足を踏み出す。そのため掴んでいた手は振り払われてしまい、幼子であるレオンはその場に尻餅をつく。

 痛みに顔をしかめながら顔を上げると、


「生きて、それでいつか父さんと母さんを許してッ!」


 闇からその声だけが聞こえた。


 残されたのは幼子が一人。両親とは違い、その手に剣はない。

 年齢故に戦う術を持たなかったレオンは、ただ一人残された。


 ――否、無力故に生かされたというべきか。


 両親に取り残された幼子は、戦火の夜にただ一人で立ち竦む。周りでは叫喚が響き渡っており、耳を塞ごうともその叫びが止むことはない。


 レオンは怖くなり、戦火の夜を逃げるように走った。もちろん行き先などはない。レオンの両親は戦場へと繰り出してしまった。故にレオンには帰るべき場所もなく、頼れる相手もいない。


 レオンはその頰に涙を伝わせた。


 しかし、戦火の夜においてそんなものは決して珍しくはない。すれ違う人々はレオンに目をくれるそぶりも見せず、自分勝手に逃げ惑うのみ。


 レオンが曇った視界でひたすらに走っていると、付近で燃えていた民家が強い炎を放って爆発した。レオンの小さな体は簡単に吹き飛び、地面を転がる。全身に痛みが走り、レオンは声を上げて泣いた。


 だが、そんなものは人々の叫喚によって簡単に掻き消される。


 レオンは身を捩って仰向けになると、ただただ声を上げて泣いた。その涙は全身に走る痛みからなのか、家族を失った悲しみからなのかはわからない。

 わからないが、レオンは声を上げて泣き続けた。


 そうしていると、レオンの視界の中に細目の男が現れた。細目の男はレオンを抱き上げると、付着していた泥を払い、地に立たせる。それからしゃがみこんでレオンの目線に自身も合わせると、微笑みかけた。


「がきんちょ、なに泣いてんだよ。家族はどうした?」


「……」


 レオンは答えることができない。

 すると、男はうりうりとレオンの頭を撫でた。


「名前ぐらいはわかるよな? 俺はリッキーデルニカ」


「……れ、オン」


「レオン?」


「うん……。レオンブラック」


「ブラックってまさか!」


 リッキーは細い目を見開くと、じんわりとその瞳を濡らした。

 レオンにはなぜリッキーが泣いているのかわからない。そのため首をかしげていると、リッキーの腕に包まれた。


「もう大丈夫だ。安心しろ。辛かったよなレオン」


 リッキーはレオンを抱き、安心させるようにその背を撫でた。レオンはリッキーの温もりを肌で感じ、安堵にも似たような感情を抱いた。リッキーを抱き返し、声を上げて泣く

 そこで初めて、レオンの胸に生きているという実感と、無力でよかったという思いが湧いた。なぜなら、無力故に死から免れ、こうして生きながらえることができたのだから。


 ――その後、レオンはリッキーに育てられ、すくすくと成長していく。

 その成長の過程で、レオンの胸にはある想いが深く根を張った。戦争は悪の権化である。そして、その権化から己が生きながらえたのは無力であったからこそ。


 だから、レオンブラックは生涯を通して無力でなければならない。


 無力であったが故に生きながらえさせてもらったのだ。にもかかわらず、無力でなくなってしまったら、生きながらえさせてもらった意味がなくなってしまう。


 力をつけてしまったら、戦地へと駆けて行った両親に、顔向けすることができなくなってしまう。


 だから、レオンブラックは生涯を通して無力でなければならない。


 その想いが、深く深く深く深く胸に根を張った。


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