新しい未来は唐突に1
第4章
いつからか芽生えていたこの想いは。
気づいた時には強烈で。
認めた時には、もう手放せないのが当たり前になっていた。
1
今日も四人で行動する。今日の行き先はハイキングコースになった。四人で行動し始めて約一週間。なんとなくお互いの間合いもわかってきて、一部緊張感がありながらも和やかになってきた。時々からかいあったりもしている。
ハイキングコースは大きな公園の中にあって、ハイキングコースを利用する人だけが料金を払う形になっていた。壁に貼られた紙に、「ハイキングコースを安全に整備するため」、入場料を払ってもらいたいと書かれている。
なるほどと一人納得しながら、まとめて四人分の料金を支払う。代わりに、記念品なのか小さなぺら紙の絵をもらった。それぞれ違うハイキングコースの綺麗な場所が描かれている。
各人から料金を回収しつつ、どの絵がいいか聞くも、みんなあまり興味がないようだった。許可を取って四枚とも自分でもらうことにした。
さらに料金を払えばサイクリング用の自転車も借りれるらしい。ところが、男性二人が自転車には乗れないということで断念した。大の男が自転車に乗れないとは意外過ぎる。けれど、二人とも妖怪の世界で育ったのだから、意外でもないのかもしれないと思い直した。
先輩と彼氏さんが自然と二人で歩きだすので、私は彼の歩幅に合わせた。ゆったりして見えてきびきび歩くのだ。けれど、彼は初めてまともに会った時から私の歩幅に合わせてくれる。今も隣に立ったと気づくと、さりげなく歩幅を小さくしてくれた。
些細なことがうれしい。
しばらく四人は別れることなく、のんびりと歩いていた。
2
山裾から始まるハイキングコースは、中腹で折り返し湖へ降りて入口へと戻る。
山裾から中腹へと切り替わるころ合いで、男性二人はいきなり立ち止まった。何事かと問いかける間もなく、先輩の彼氏さんは姿を転じた。
筋肉が盛り上がり、耳がとがる。髪はやや長くなり、量が増えたように感じた。そしていつの間にか、手に抜身の刀らしきものを持っている。
その様子を見た先輩は心得たように私の近くに寄った。腕を掴まれ、引きずられるままにハイキングコースを外れて、近くの茂みにしゃがみ込む。
その間に彼はどこから出したのか、異形の面を付け銃を構えている。面は最初の事件に付けていたものと同じだ。
「君には分からないかもだけど、近くに危険な妖怪がいるみたい。いうことを聞いてほしい。今はこうして隠れていよう」
「はい」
先輩が緊張したように説明する通り、これは「前世」の情報によっても事件である。ただし、今回はイレギュラーなことに彼が起こしたものではない。「前世」ではなかったことだ。
そして、何かの前触れかのようにあたりが薄暗くなった。木々の合間から空を見上げても雲は見えない。まるで、何か見えないものに囲まれたかのよう。
3
唐突に風が吹き荒れた。木々が騒がしく唸る。私と先輩は互いを支えあうようにして身をすくめた。私は異様な寒気を感じ、体が委縮してしまったと痛感した。
彼氏さんと彼がある一点に目を向ける。それぞれ武器を構えて、いつでも動き出せる体勢だった。
「だぁっから!おれはそんなこといてねえ!」
「うそをつけ!ならなぜあんなにも荒れていたのだ!」
「それは人間がだな……」
「おい……」
風と共に、と言うか風を起こしながらハイキングコースに飛び込んできたのは、小柄な男の子二人だった。ただし、その背には黒々とした翼と、深みのある茶色の翼をもっている。
彼氏さんと彼は武器を下した。緊急性はないらしい。けれど、まだ警戒しているようだった。彼氏さんが口を開く。
「ここは人間がよく来る場所だ。早く立ち去れ」
「はぁ?知らねーよ、元はおれたちのだ」
「ちょ、強い人相手に逆らうなよ!すいません……、昼間はなるべく近づいてなかったんですけど、つい……」
意外と素直なのかな。まだ子供に見えるし、単純にふらっと立ち寄っただけのようだ。
「というか、おれたち人間にゃ滅多に見えないし良くねぇ?」
「そうかもだけど……」
「たまにいるだろう。変な騒ぎにならない方がお前らにも都合がいいだろう?」
「けっ、まぁ別に用があるわけでもないし、今日は帰る」
「口が悪い!すいません、そういうわけなんで……」
翼をもった彼らは、そのまま去るかに思えた。ほっとした瞬間、風向きが変わった。
「……!他にもいるだろ」
「ほんとだ……」
急に彼らの雰囲気が変わった。ピリピリとしたものを感じる。
「だから、なんだ」
今まで黙っていた彼が口を開いた。ぞっとするほど冷たい響きだった。
「女だな。人間といえども、いや、人間だからこそ出会っちまったら返せねえ」
「すいません……。おれたちの掟と言うか、存在意義なので……」
彼と彼氏さんの舌打ちが重なった。わぁ、仲いいなぁ、ってそれどころじゃない。
「やばいかも」
先輩が呟く。
どうやばいのか。私にはさっぱりわからないけれど、命の危険レベルで危ないとは感じた。さっきから体が思うように動かないのだ。のほほんと会話していても、彼らは人ならざる力と常識があるのだ。それを退けるのが命がけと言うのは、「前世」の情報からもわかった。
4
彼の起こす事件は計画性があり、理性的といえる。けれど、多くの妖怪が起こす事件は本能に忠実である。この違いは一見、大したことが無いように思える。しかし、前者は説得できる可能性があるのに対して、後者は力づくで解決するしかない。
つまり、妖怪が存在意義やその性質故に起こす事件は、彼らの日常生活のようなもので、人間側の事情を汲む可能性が絶望的なのだ。彼が説得に応じるかどうかはまた別な問題なので置いておく。
先輩が説明してくれたところによると、小柄な彼らは小鴉天狗という妖怪で、小さくとも烏天狗である。性質は悪戯好きといったところだけれど、烏天狗よりも好戦的で狂暴、かつ、捨て身。勝負することになったら大分面倒くさい……手こずる性質なのである。
それでも、妖怪同士、さらにはそこそこ力の強い彼氏さん相手なら、冷静な時の小鴉天狗は勝ち目がないので引くらしい。けれど、厄介な小鴉天狗の本能に火をつけてしまう存在が、嫁となる可能性のある女性の存在だ。特に人間の女性は大歓迎らしい。すまん、断る。私は彼が好きなので。
話を元に戻すと、小鴉天狗はその性質故に数が多くないらしく、女性とあったらまず嫁にするのが習性、というか本能というか、逆らえない衝動らしい。逆らうひとは少ないらしいけれど。そして、女性を嫁にするのを邪魔する障害はすべて力づくで排除するのだそうだ。
今回は邪魔をする男性、つまり彼と彼氏さんを力で排除するということだ。
ただの人間の私と、妖怪として覚醒していない先輩は女性ということを抜いても足手まといだ。どうすることもできないまま、男たちは一触即発の姿勢に入った。
「ふぅん、ましなのとただの人間が一人ずつか。あとでどっちがどっちか、勝負だぞ」
「ええ、仲間内でまでそんなケンカしたくないし……。好きな方でどうぞ」
「させるわけないだろう」
「……」
彼氏さんは武器の刀も相まって、とても恐ろしいが頼もしい。一方で彼は面で顔が見えない上に、妖怪としてどのくらい強いかもわからない。私はただ、彼らのことを見つめていた。
5
男たちが入り乱れて戦っている。彼氏さんは口調が荒い方の小鴉天狗と、彼はおとなしめな小鴉天狗と戦っていた。小鴉天狗の二人は時折共闘しようとするが、そこはうまく防いでいた。けれど、空中でしかも近距離も遠距離もこなす小鴉天狗たちと、近距離地上型の彼氏さんもだが遠距離地上型の彼は戦いにくそうだ。
はらはらと茂みから見つめるしかできない私たちは、お互いに身を寄せ合って、息をひそめている。
「ごめん、私が誘ったから君を巻き込んだ」
「先輩……」
食いしばった歯の隙間から絞り出すようにいう先輩に、私は何も言えなかった。確かに私は巻き込まれたけれど、普通の女の子が普通に友人と休暇を楽しんで何が悪いんだとも思う。
先輩を慰めようと身じろいだのが悪かったのかもしれない。
体勢を変えようとしたその時、強風の塊が私に衝突した。
ここはハイキングコースといえども、山の中。さらにはさっきまで気づいていなかったけれど、背後には崖。強風にあおられた私は、どうやっても耐えられなかった。
体を支える力が逃げて、重力に引き寄せられるまま体が傾ぐ。
とっさに頭をかばった状態で、崖を転がり落ちた。
6
崖から転がり落ちている間、私は何故か目を開いたままだった。ぐるぐると視界が回り、体はあちこちをぶつける。その衝撃でさらに視界は揺れた。
ようやく回転が止まっても、しばらく起き上がることができなかった。視界が揺れたまま戻らない。完全に目が回ってしまったようだ。幸いなのは、体があちこち痛くても血が流れているわけではないらしいということ。
目が回るのが落ち着いて体の痛みにもなれたので体を起こす。あたりはさっきいたところよりもいっそう暗く、落ちてきたと思しき崖は痛む体でよじ登るにはきつすぎる。
「本当、どうしよう……」
見上げても崖の頂上は見えないし、彼らの声も聞こえない。私は途方に暮れて、体から力を抜いた。