サポートは二の次で2
避け続けていたのに。まさか、こんなことになるなんて。
私は運命というものを、こうして感じるとは思わなかった。
ああ、もう、終りが近い。
1
彼と偶然公園で会い、再度忠告を受けてから数か月。彼と会う機会は訪れず、単位を何とか修得し、先輩の相談兼愚痴兼惚気に付き合った。その間、私が事件とかかわることはなく、私自身は平穏に過ごしていた。
「ね、日ごろのお礼がしたいんだ。ぜひ来てほしい」
「ん~……」
「温泉もあるし、のんびり過ごせるよ!治安もいいところだし」
「そこまで言うなら、満喫させていただきます」
先輩に話しかけられたと思ったら、長期休み中に先輩の実家の親戚の経営する温泉付き旅館に遊びに行かないかと誘われた。それ自体はとてもうれしいのだけれど、「前世」の情報ではそこでも軽く事件が起きるのだ。
事件自体は軽いもので、人死にも出なければ誰もケガもしない。けれど、そこには当然、先輩の協力者たる妖怪の男性もいるし、敵キャラのはずの彼もやってくる。いわゆるサービス回で、事件に関わりながら少しだけ仲良くなるというものだ。
彼ファンの女子は沸いた。何故ならサービスショットもあるし、彼が少しだけデレるのだ。当然私も沸いた。
相手が先輩ということもあるし、断り切れなかった。心配なのは、彼との約束を破ったことにあるのではないかということ。素直に謝るしかない。
もし本当に情報通りのイベントが起こるのだとしたら、私的には楽しみでもあるから。
2
旅行当日。彼には先輩に誘われて了承したその日のうちに連絡を入れた。そっけないながらも渋っている気配もあり、心配されているようで少しうれしかった。そんなことはないと思うけれど。
先輩と待ち合わせた場所で落ちあい、特急列車やバスを乗り継いで旅館へと向かう。おおよそ、半日くらいでついた。
繁忙期だけれど、土地を目いっぱいに使った旅館は広く、格安で各一部屋を使わせてもらうことになった。予め長期の旅行客として、先輩の協力者の妖怪男性も泊っている。
荷物を整理しているとケータイが震えた。先輩からの呼び出しかと思ったが、彼からだった。旅館に到着したことをついでに報告する。
すると、少し会えないかと言われた。気分が舞い上がり、私は手早く服装や髪を整えると部屋を飛び出した。ちなみに部屋は手動で鍵を閉めるタイプなので、そこはしっかり戸締りした。
3
指示された場所に着くと、彼がすでにいた。私は彼の姿を目にした瞬間、見惚れて動けなくなった。
(ゆ、浴衣姿だと……!?)
彼は旅館に泊まっていたらしい。意外過ぎる。なんとなく拠点がない場所では野宿しているイメージがあった。
「……、こっちにこい」
焦れたのか、彼に催促され、慌てて近寄る。にやける顔が抑えられないので、我慢するのをやめて満面の笑みを浮かべることにした。
「す……っごく、似合ってますね!!」
「そうか」
「うわぁ、うわぁ、私、ラッキーすぎて死んじゃうのでは……!?」
「それはない。落ち着け」
そんなやり取りをしていると、落ち着いた女性の声が聞こえてきた。早速浴衣姿に着替えた先輩と、もう一人。がっしりとした背の高いイケメンさんである。「前世」の情報によると、先輩の協力者の妖怪男性だった。彼も浴衣姿で、二人はお似合いだった。
「あれ、ケータイ見てないみたいだからお風呂かと思ってたんだけど」
「先輩!うそ、連絡くれてたんですか!?すみません……」
「……」
「へぇ」
先輩、私、彼、男性の順である。見事に空気がマーブルになり、居心地が悪い。
「ところで、君はなんでその人と一緒にいるの?」
「え?えと、知り合いだからですけど、何か……?」
先輩は私を連れて男二人から離れたところに行くと、真剣な声でそう言った。私はとぼけて返す。男二人は警戒しあうように無言でにらみ合っていた。
4
「あの人は危険だから、関わらない方がいいよ」
「そう、なんですか……?」
先輩は深刻な表情でそういった。今までの事件の首謀者が彼であること、彼の存在は摩訶不思議な妖怪であることなど、まとめて話してくれた。
「私は助けてくれる彼がいるから大丈夫だけど……」
妖怪男性のこともぶっちゃけてくれた先輩は、私のことを信用してくれているらしい。けれど、こればかりはうなずけない。
「あの、失礼ですけど、先輩を助けてくれている方も、絶対にいいひととは言い切れませんよね……。私は彼の事、先輩の言葉だけで危険だと言い切れません」
「そう、だよね。私もひどいこと言った。ごめん」
お互いに平行線になることを察して、黙り込む。こんな時は、ガラッと空気を換えるに限る。
「ところで先輩?」
「ん?」
「あのひとは先輩の彼氏さんなんですよね?挨拶しないと!」
「え!?どうしてわかったの?」
ちょっと先輩半分は冗談だったんだけど!?ちょっと展開早いなぁ……。「前世」の情報じゃ、まだじれじれしているところだと思うのだけど……。
ちょっと引っかかったけれど、いい話ではあるのでお祝いムードに変えてしまおう。努めて明るく、先輩の手を引っ張って男二人の元に向かう。
「えっと……、先輩の彼氏さ~ん!初めまして!」
「ちょっ、落ち着いて、ちゃんと紹介するから!」
人離れした身体能力を持つ彼らは、きっと私たちの話も聞こえていたと思う。けれど、急に駆け寄ったからか、彼氏さんは驚いたようにしていた。彼は動じていない。いい加減、私の性格を把握しつつあるようだ。
5
そんなこんなで私たちは、何故か四人で行動することになった。彼氏さんはどうやら私を気に入ったらしいので違和感はないが、彼がアウェーな中ついてきているのは不思議だった。「前世」の展開でもこんなに密着していなかったと思う。
四人で旅館に併設されているゲームセンターや定番の卓球で勝負したり、夕暮れ時にのんびりお湯につかったり。のほほんと時間は過ぎる。
次の日には四人で観光をした。旅館近くの繁華街で、そこそこにぎやかだ。他の泊り客はどこに行っているのかなどとリサーチしたところ、観光地にもなっているハイキングコースがあるのだそうだ。
滞在中に行ってみないかと盛り上がっている。私はもちろん楽しいけれど、彼が乗り気でないながらも反対しないのが気になった。
と言うか、「四人で行動」することにまだ驚いているというか。
先輩たちが花と砂糖を量産し始めたのを見て、すすっと彼の近くに移動した。
「あの、大丈夫ですか?こんな風に行動するのは疲れるのでは」
「まぁ、あまり得意じゃない。が、お前がいるからな」
「え?」
「……あの男は俺たちとは反対の位置のものだが、妖怪であることには変わらない」
つまり、心配してくれていると。確かに、妖怪は基本的に人を食い物にする。可愛い悪戯から、文字通り食べることもある。先輩は半妖だが、私は純粋に人間なので、食料になるとしたら私と言うのもうなずける。
納得したところで、今日はお開きとなった。
6
温泉につかりながら、ぼうっと彼のことを考える。彼はずいぶん柔らかい雰囲気になったと思う。人間の私を気遣ったり、あからさまにけんかしたりしない。旅館で過ごす姿も自然体に見える。
私、もういらないのでは?
彼は十分にゆがむ可能性がなくなった。救われた、と言うと少しおかしいけれど、救う必要はなくなったように思う。
それなら、私が頑張る意味ももうないのかもしれない。
でもせめて、旅行の間だけは。もうちょっとだけ関わりたい。
温泉を堪能し終わると、彼がロビーにいた。あ、と思う間もなく私に近づいてきて、コーヒー牛乳を手渡される。
戸惑っていると、彼はそっぽを向いて早口に言った。
「あの半妖が、醍醐味だとか言ってな」
「私と一緒に飲もうと思ったんですか」
「ああ」
「ありがとうございます!」
彼と二人、ベンチに座ってコーヒー牛乳を飲む。間違いなく、幸せな時間だ。この思い出があれば、大丈夫。