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サポートは二の次で1

第3章




今まで不思議にも思っていなかったことが、興味を持っていなかったことが、最近、気になってきた。


人間だからとひとくくりにしていた存在だったのに、あいつだけ。


もっと知りたいと思ってしまう。


1


彼と公園に行ってから二週間。私は事件に関わる暇もなく、講義とゼミとアルバイトに明け暮れていた。彼とのメッセージのやり取りは、日記のように変化した。彼からはそっけない相槌のような何かと、おやすみ、の四文字が返ってくる。


「先輩」

「ん?何?」

「最近ぼーっとしてますけど、大丈夫ですか?」


たまたま大学の構内で先輩を見かけたので、声をかける。先輩は数日前――正確には一週間前――から様子がおかしかった。彼の言葉が正しいのなら、一週間前にはこの街の外で事件が起こり、それに先輩は巻き込まれているはずである。


「前世」の情報通りならば、先輩は先輩の地元で起きた事件で、妖怪の男性に助けられ、そこで初めて妖怪と言う存在を認識したはずである。先輩の様子から、現状の整理中なのかと思ったのだ。話せることは少ないかもしれないが、何かとお世話になっているし、協力できることは協力したいと思う。


そんな気持ちで声をかけたのだが、先輩は私に何を言うでもなく微笑んだ。


「ちょっと地元で忙しくて」

「そうなんですか。体調に気を付けてくださいね」


ありきたりなやり取りを交わして、先輩と別れた。


2


「ということがあってですね、と」


メッセージの内容を口に出して打ち込む。全て打ち込み終わって送信した。


内容は日記が半分、先輩とのやり取りを相談するのが半分。相談したいのも本当だけれど、彼がどんな反応をするのか――先輩にどんな印象を持ったのか――を探るのが目的だ。我ながら腹黒いけれど、「前世」と繰り返した「今生」について話すべきか決心がつかないので、回りくどく探るしかない。


返事を待つ間、何をしようか。課題は大学にいる間に終わらせてしまったし、年末調整のことも考えてアルバイトも今日は入れていない。


本を読もうか、と最終奥義を繰り出そうとしたところで携帯が震えた。彼からだ。


内容は少しの相槌と、そんなことを相談されても困るというものと、おやすみの四文字だけ。いや、まだ夕方なんですけれども。


突込みを含めた返事を送る。やっぱりそう簡単に彼から聞けるわけでもないか。と、落胆した時、またケータイが震えた。


先輩からだった。内容は、すぐに把握できるほど簡潔なものではなかった。


3


先輩からの長文メッセージを何とか読了した日から数日。私は先輩に呼び出されて、大学構内の食堂にいた。コーヒーや紅茶、スイーツなどしゃれたメニューはないので、丁度小腹も減った時間帯だしと、二人とも定食とラーメンを注文した。ちなみに先輩が定食で、私がラーメンだ。


「メッセで伝えたこと、理解できた?あ、馬鹿にしてるとかじゃなくてね。あんなの、当事者の私でも理解しきれなくて」

「いえいえ~。私も半信半疑ですけど、民俗学的な、民間宗教的な観点から見ると興味深いですよ」

「ありがとう……」


先輩は定食をつつきながら、疲れ切ったように息を吐いた。ため息なんてものじゃない。全身の空気を吐き出すようだった。


「私としては、先輩のお手伝いと言う感覚で、参考になりそうな資料を集めるとかなら協力できますよ」


ラーメンを豪快に食べる合間にそう言うと、先輩は気が抜けたように微笑んだ。


「ありがとう。そうだね、見方を変えれば資料集めの練習みたいなものかも」

「ですよね~。実際の研究者はきっとこんなのの比じゃないですよ、多分」


私はラーメンの汁を一口すすって、箸を置く。


どうやら私は、物語ではあまり描写されていなかったけれど、きちんと存在する主人公の後輩――サポートキャラ――だったようだ。興味が無くて読み飛ばしていたから、いることは知っていたけど、勝手に男だと思い込んでいたなぁ。でも、私みたいな性格なら、軽い描写だと男にしか思えないかも。物語としては重要ではないしね。


4


先輩のメッセージの内容は、「前世」の情報がある私には当然事実として受け止められる。もしかして、先輩のサポートのために「前世」の記憶が戻ったのだろうか。それが正しくても、私は先輩のお手伝いの方がついでで、彼を助ける方が主目的だけれど。


最近こんなことしてますよ~、と彼にいつものように送っているのだけれど、彼からの返事が微妙に変化した。そっけなさが倍増したのである。一日に一度の彼からの返事が、一週間に一度になってしまった。


悲しすぎる!


探りを入れてみても、その理由はよくわからない。予想できるとすれば、先輩のことが感づかれて彼が変に思っているのではないかということ。でも、それを言い訳し始めたら、私が「前世」と繰り返した「今生」の記憶があることまで話さなくてはならない。


どうしてこんなに躊躇ちゅうちょしてしまうのか。彼から異常者扱いされて、否定されて、かかわりを絶たれるのが怖いのだ。それは、目的云々とかじゃなく、ただただ、怖い。


そして、問題が一つ。


私の心情はこの際置いておくとして、彼を救うためにはどうすればいいのか考えている。手っ取り早いのは彼が誰かを大切に思うようになること。主人公に執着を向けないくらいに。現状、メッセージでわかる範囲だと彼は執着は抱いていないように思う。


けれど、何がきっかけなのか、それは物語では明かされなかった。ファンブックなどでも徹底して隠されていたと思う。私が知らないだけなのか、あるいは明かせないほどの設定なのか。


いずれにせよ、私はどう行動すればいいのか、指針が見つけられないのだった。


5


彼と行った公園にふらりと来てみた。それは全くの偶然だったけれど、彼がいた。気分が一気に上がる。浮き立つ心のままに足音を弾ませて近寄ると、私に気づいた彼は、意外なことに嫌がるそぶりも見せず、私が近づくがままにしていた。


「偶然ですね!」

「……。お前が来るかと思っていた」

「え!?」

「そんな気がしていた、だけだけど」


そんなやり取りをしつつ、彼の隣に立った。小さな公園は、私たちがいるだけでなんだか窮屈に思えた。


「そうなんですか。うれしいです!」


彼限定だったらね。そのくらいには好きです。これが、見知らぬおっさんだとか、講義でたまたま会うような人相手なら鳥肌ものだれど。


丁度良いので、突っ込んだことも聞いてしまおうか。そう決心して口を開こうとすると、それよりも先に彼が口を開いた。


「最近、忙しいんだろう?」

「はい……。講義に課題に、ちょっとしたお手伝いに、アルバイト……。忙しいです」

「その手伝いって言うのは、やめておいた方がいい」

「先輩のお手伝いを?メッセージでも言いましたけど、そんなたいしたことじゃないですよ?」


彼の方から話題に出すなんて。やっぱり彼は気づいていたのだ。私は知らないふりでもっと詳しく聞こうとする。


「殺しかけた俺が言うのも何だが。その先輩とやらの調べていることは、お前の、人間の身には余ることだ」

「そう、なんですか。何でそんなこと知っているんですか?」

「……。俺がその先輩とやらを試すよう言われているからだ。その一環であいつはあることを調べざるを得ない」

「そのあること、と言うのは」

「妖怪に関わることだ。だから人間の身に余る」


私は押し黙った。彼からの拒絶。おそらく理由あってだし、彼の口ぶりからすると私の命が危ないということだ。けれど。


「先輩は本当に困っているみたいでしたから、資料集めなんかはします。でも、なるべく一緒に行動しないようにします」


彼を救うためにも、手を引いてはいけない気がする。その決意も込めて、私は宣言した。


6


彼と偶然公園であってから一か月ほど。その間に、先輩とは前以上に打ち解けるようになって、一緒に行動はしないまでも、妖怪がらみの事件についていろいろ話してくれるようになった。その中にはちらほら恋愛フラグが立っているんじゃないかというものもあった。


そのことを報告するかのように、日に一度日記メッセージを送ると、彼からも簡単な言い訳のようなものや、おやすみの四文字が毎日返ってくるようになった。もちろん、先輩の相談がない日もあるので、そういう時は相槌がメインだ。


そのおかげか、彼が先輩をどう思っているか、前よりは伝わってくるようになった。どうやら本当に恋愛や執着のようなものは抱いていないようだ。けれど、それなりの興味を抱いているように思う。


それは当然のことではある。滅多に見つからない半妖同士であること、妖怪側の半妖と、人間側の半妖だということ。お互いに興味を持つのもあり得る話だ。


どうか、このまま平穏に過ぎていきますように。


けれど、この願いは通じなかった。

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