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目的と欲は違うもの2




私の目的は、彼を救うこと。じゃあ、願いは?


そんな崇高なもの、持ち合わせていない。でも、あわよくば。


これはきっと、欲というもの。


1


彼とまともに話してから半月、連絡を取り合うようになって一か月がった。時が経つのは早い。


大学の長期休みも終りが近づき、そろそろ自由な時間も減るだろう。そんな雑談を彼に送ると、思いがけず長い文章が返ってきた。相変わらず、あいさつ程度しかまともに返ってこないから、本当に珍しい。


ケータイに返事を打ち込み、送信した。


(「話すことがなくなる頃合いだから丁度いいんじゃないか」、かぁ。うん、遠慮がなくなってきたなぁ)


拒絶に近い内容なのに思わずにやけてしまうのは、彼が良くも悪くも打ち解けてきたからな気がするからだ。相変わらず自分が気持ち悪い。けれど、まぎれもない本音だ。


叶えなければいけないのは目的の方だけれど、あわよくば欲の方だって満たしたい。私はどこまでも自分に正直に生きている。


(返事は、無いのかなぁ。ちょっと残念)


寝る準備を始めよう。その瞬間、ケータイに着信があった。画面を確認すると、新着メッセージがあった。開いて確認する。おやすみ、の四文字がそっけなくあった。


また顔がにやけてしまう。こんな些細な偶然でも、嬉しくて仕方ないのだ。


2


そう言えば、次の事件が起きる時、彼は物語の主人公と会うことになる。その時、私はどんな状況になるのだろうか。全く予想ができない。


なるようになるとは思いつつも、何故か気がかりで仕方なかった。


ふらふらと街を歩く。暇なときは基本的に家にこもっているのだけれど、今日はなんとなく外に出てみた。そうしてぼんやりと物語について考えている。


それがいけなかったのは確かで、私は不意に死角から向かってきた自転車とぶつかりそうになった。


「あぶない!」


可愛らしいというよりは理知的な声が響き、ぐいと腕を引かれる。


「大丈夫?」

「はい……。ありがとうございます、先輩」

「ん、良かった」


私の腕を引いたのは背が高めの細身な女性。私のゼミの先輩で、物語の主人公の女性だ。あまりに唐突かもしれないけれど、私としてはあの事件をきっかけに記憶を思い出し、そっちをまずどうにかしなければならなかったので、このことは後回しにしていたのだ。


「今時間ある?少し話そう」

「はい!」


3


近くのカフェに腰を落ち着けて、先輩と話し込む。まずはあの事件についてと退院のお祝いについてだった。ゼミの仲のいいメンバーで小さいパーティーをしてくれるらしい。お祝い半分、騒ぎたいのが半分だろう。


「本当に物騒な世の中になったよね」

「ですねぇ。こうして生きてて私は本当にラッキーです」


紅茶を一口含み、香りと味を楽しむ。なんて高尚なことはできない。けれど、何気ない日常は大切なんだと唐突に思った。


「留年は確定しそう?」

「そうですねぇ……、前期の単位を軒並み落としましたからね」


大学側からの連絡はないけれど、どう転んでも卒業の時期はずれると思う。ゆっくり就活ができると思えば、それも悪くないのではないかと思うけれど。


それから女子らしく盛り上がりながら、楽しい時間を過ごした。


先輩と別れる頃にはすっかり夕暮れ時で、ケータイを確認したら、彼からのメッセージがあった。慌てて確認する。内容は緊急のものではなかったのでほっとした。けれど、珍しいこともあるものだ。


返事を送信して顔をあげる。夕暮れに照らされた街並みが、キラキラと輝いて見えた。


4


それから数日後、大学の後期が始まった。前期に取得できなかった単位の挽回も兼ねるので、前期ほど余裕はない。生活のためのアルバイトもあるから、生活がにわかに忙しくなった。


彼とのメッセージのやり取りは一日に一通あるかないか。返事もそっけなくて、けれど違うこともある。


(私からメッセージを送る頻度が激減した……)


これではむしろ悪化しているのではないだろうか。


長期休みの間に体力を取り戻したとはいえ、疲れですぐに寝てしまうことが多い。夜型らしい彼との接点は、変わらないどころか減ってしまった。


彼を救うどころではない。私がまいってしまいそうだ。


そんなある日、いつものようにメッセージを送ると、彼からすぐに返事が来た。


「……!『明日会えないか?』会います!」


思わず声に出してしまいながらも、さっそく了承の返事をする。疲れた体が一気に回復した気分だった。明日は貴重な一日何の予定もない平日である。丁度良いタイミングで、それだけで幸せな気分になった。


5


「お待たせしました!」

「ん……。言った通り、時間丁度だな」


昨日、興奮する私を見越してか、彼から早く来すぎるなと言う趣旨の釘を刺されていた。そわそわしながらも、言われたとおりにした私は偉いと思う。誰も褒めないから自分で褒める。


「あの……」

「何?」

「なんというか……。この間の……」


ためらいがちに口に出すと、彼は、ああ、とつぶやいて歩き出した。それについていきながら、彼が口を開くのを待った。


「……。お前は不思議だ」

「はい。はい?」

「妖怪たちに教えられた人間とは違い過ぎる」

「そう、ですか……」


それきり二人して黙り込んだ。彼の答えになっていない答えに、私は何といえばいいか迷っていた。何も言わない方がいいのかもしれない。


そうして歩き続けて、人気のない小さな公園についた。彼はまっすぐベンチに向かい、私はただついて行った。


「お前は、最近忙しいんだろう」

「はい、だから今日会えてすっごく嬉しいです!」

「そうか」


彼はそういって、けれどさらに何か言いたげにわたしを見た。


「えっと……?」

「……、妖怪たちはまだ続けるつもりだ」

「……。人間へ危害を加えるということですか?」

「ああ」

「……」

「だから、お前はもう近づくな。特に、人が多く集まる場所には。次は、一週間後に起こす」


彼はそう言うと、黙ったまま歩き去っていった。私はその背中を見送って、ぽすんとベンチに座った。まだ、座ってすらいなかったのだ。


もうすぐ、彼と主人公――先輩――が出会うときがくる。私は目を伏せた。


6


私の目的は彼を救うこと。具体的には、彼が苦しい物語のように、主人公の女性に執着するあまり歪んでしまうのを防ぐこと。


けれど、そんな高尚なだけの願いなど、あいにく私は持てない。この願い――目的――には、もちろん綺麗じゃない欲もある。


(彼に好かれたい)


実際、手っ取り早いのは彼に他の大切な存在を作らせることだ。けれど、それは私自身でなくてもいい。もっと言えば人間でなくてもいい。それでも、私は彼のそういう存在になりたいと思ってしまうのだ。


もしかしたら、そんな存在があっても彼はゆがむかもしれない。そんな可能性も浮かぶし、物語の補正とやらで、彼は物語の通りに主人公に執着するかもしれない。そんな不安もある。


でも、迷いはしない。私の本心からの目的は、どんな形であれ彼を救うこと。あわよくば、欲を満たすこと。自分でも笑ってしまうほど滑稽で、妖怪たちの言う人間そのものだと思った。


どうか、彼を救えますように。私は強く、強く願った。


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