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目的と欲は違うもの1

第2章





ずっとこれしかなかった。ずっとそのためだけに生きてきた。


ずっと、この時を待っていたはずなのに。


あいつの存在が邪魔をする。


1


テレビを見ていると、ケータイが音を立てた。飛びつくように手に取って開く。待ちわびた彼からのメールだった。


(おやすみ、かぁ。いい夢見れそう!)


いい夢見るね!、と返信してテレビに目を移す。彼とメル友?になって半月経つが、挨拶くらいしか交わしていない。毎日おはようとメッセージを送るのは迷惑だろうか。おはようと送ると、その日の夜におやすみと帰って来るだけなので、それすらもわからない。


「前世」の情報によると、彼は機械類が苦手なようなので、きっと打つのが苦手とかそういうことだと思う。思うが、きちんと話題を用意しても返事がそっけないので、少し寂しい。もっと話がしたいけれど、彼の邪魔をしてしまうと思うと、どのくらいの頻度で送っていいか悩んでしまう。結局、一日に一度メッセージを送るのが精いっぱいだった。


2


ところで、と私は大学の長期休みを満喫しながら内心でぶりっ子のように首をかしげてみた。自分の姿で想像すると気持ち悪いな。あ、彼の幼少期(「前世」で公開されていた)の姿なら可愛い。


そもそも彼が事件を起こすのは、彼なりの事情もある。大きく分けて三つある。


1、人間に居場所を奪われた妖怪たちの復讐計画に参加しているから

2、物語の主人公(女)は彼と同じく半妖(※人間と妖怪のハーフ)で、人間に愛されている主人公に強い興味と執着を抱いたから

3、この計画に成功すれば、妖怪たちに仲間として認められるから


いらない紙にざっと書き出す。


そう、彼はいわゆる人外なのだ。「前世」の私の好みだ、察してくれ。


物語では、主人公の女性が一連の事件に巻き込まれ、それに関わる伝承を解き明かしていく。その過程で、主人公は自身が半妖であること、一連の事件が妖怪たちの仕業であること、そこに関わるもう一人の半妖(つまり彼)がいることなどが判明していく。


彼は妖怪に育てられたが、妖怪に認められていたわけでもないし人間と親しいわけでもなかった。そして、同じ半妖も主人公の女性以外判明してはいなかった。設定上では、いないわけではないけれど、自覚しないことも多いとのこと。見つけるのはとても難しいのだそうだ。


珍しく同じ半妖ということで、興味や執着を抱いたが、それが原因で主人公の女性とは結ばれないのだ。しかも、彼にだけはハッピーエンドはない。私はそのことがとても不満だし、どうにかして彼を救いたい。


私が繰り返したあの事件は、物語の中でさわりしか書かれておらず、詳しい情報はなかった。主人公の女性が最近物騒だと言っていたくらいしかない。私の存在が物語にどうかかわるか、少し気になると言えば気になる。


3


私は意を決してメッセージを送信した。


「こんにちは、待たせてすいません」

「……。三十分前だが」

「待たせちゃまずいかな、て早めに来たんですけど、結局待たせちゃいましたし」


メッセージの内容は、会いたい、という四文字。まさかのオーケーが出て、さらにはその日の午後だなんて想定外もいいところ。精一杯のおしゃれも、なんだか心もとない。


半妖で、人間にも溶け込める彼だけれど、人間のように生活していない。だからか、人間の常識がないと「前世」の情報にはあったけれど、まさか即日だなんて。そもそも、メッセージも無視されるのかと思ったくらいだ。もちろんうれしいけれど、だからこそ彼が何を考えているのか不安でたまらない。


「この後どうするんだ?」

「……、どうしましょう?」

「……」


会いたいとは言ったけれど、会って何をするかなんて考えられなかった。彼には会えるだけでうれしいから、それ以上のことは想定していない。でも。これって失礼なのでは?


いろいろな考えが巡って、また勝手に口が動きそうになった時、彼が口を開いた。


「予定がないのなら、ついてきてほしいところがある」

「喜んで」


願ってもない提案に、私は一も二もなくうなずいた。


4


彼は目的がないかのように、街を練り歩いた。人の多い繁華街を横切ったかと思えば、人気ひとけのない路地を通り、時には民家のすぐ脇の小道を歩く。街をらせん状に歩き回ったんじゃないかという時、私たちは見えない壁を通り抜けた。


一瞬視界が瞬いた気がして、ぱちりと一回瞬まばたきをする。そこは先ほどまでいた薄暗い路地のはずなのに、雰囲気ががらっと変わっていた。一本通りを挟んだ向こう側がやけににぎやかだ。さっきまで閑静な住宅街だったのに。


「勝手に動くなよ」

「え?はい」


あっけにとられていた私は、急に話しかけられて反射的にうなずく。彼は注意深く私の目を見て、それから視線を逸らした。時折あたりを見回すようなしぐさをする。そんな風にして話し始めた。


「……、まず、ここの事」


とつとつと彼が話すことをざっくりまとめよう。……話のまとまりがないなんてオモッテナイヨ。


1、彼に連れてこられたのは、人間の住む世界と妖怪の住む世界の「狭間」であること。一歩でも妖怪の世界に踏み出すと人間である私はろくな目に合わないらしい。だから彼は動くなと言ったのだ。


2、何故ここに連れてきたか。人間の世界において彼が話したいことは人に聞かれたくないからだそうだ。かといって、私の自宅に行くほど信用しているわけでも、妖怪の世界にある彼の拠点に私が行けるわけでもない。死ぬか凌辱されるか、とにかくろくな目に合わないらしいからね。そのため、妖怪に気づかれず、人間が知るよしもない「狭間」に私を連れてきた。


3、最後に、彼は私に訊きたいことが多くあるらしい。そんなこと、私にとっては大歓迎である。遠慮せずに何でも聞いてほしいと意気込んで言ったら、半歩ほど身を引かれた。


それにしても、「前世」の記憶もちである私でないとここまですんなり受け入れることはできないだろう。彼ってば天然なんだろうか?なんだか可愛い一面を知れて嬉しい。


5


「俺は、いままでずっと妖怪たちの言うままに過ごしてきた。だから、あの時人間を殺したことも何も思わなかった。なのに、お前の時だけはおかしかった。お前は、何をしたんだ?」

「……。どうしよううれしい」


彼の言葉に、私は真顔でそう言った。自分でもやばい発言だと思ったが口は止まらない。


「それって少しはわたしが特別ってことですよね嬉し過ぎる今すぐ死んでも悔いはないです何なら今殺します?……、失礼しました。えっと、まずおかしかったってどんな風になんです?それから、私が原因だと思った理由を教えてください」


彼はさらに半歩身を引いていた。それに気づいて仕切り直して問いかけると、うろんな表情ながらも教えてくれた。


「お前の時だけ、手が震えて狙いがそれた。他の人間との違いは、お前にはやたら話しかけられたということだけだ」

「それってつまり――」


私は今から私にとって都合のいいことを言う。彼を救いたいと言っても、それは決して高尚なものではない。思い切り欲にまみれたものである。けれど、だからこそ、隠しはしない。


「私のことが特別ってことではないですか?」


6


彼はとても不愉快そうだった。そして不審なものを見る目で私を見つめる。当然だと思う。私だって頭がおかしいと思う。けれどまぎれもなく本音だった。打算と姑息こそくな計算と下心満載の。


「何故?そう思う」

「理由ですね。……私を殺そうとした時、殺し切れなかったということでしょう?現に私はいま生きている。あなたがどういう命令を受けていたのはわかりませんが、私を殺さなきゃいけないのに殺せなかった。それが理由です」


彼は眉をしかめて、けれど、すぐには反発しなかった。悲しげな目がゆらゆらと揺れる。もう少しで泣きそうに見えた。


「……。認める気にはなれないが、否定する要素もない……。今は、考えたい」

「わかりました。……、また、メッセージ送ってもいいですか?」

「……、今、それを聞くことに何の意味が?」

「私にとってあなたと話すことが大切なんです」

「好きにすればいい」


彼はため息をいた後、私についてくるように言うと歩き出した。来た道を辿るように待ち合わせ場所に戻る。そこで私たちは別れた。


(こうして、考えて、考えて、私のことを意識してくれたらいいなぁ)


彼が私を、彼にとって大きな存在であると認識してくれたら、本来の物語からは大きく外れる。そうすれば、彼が大きくゆがむこともない、はず。そうなれば、彼を救うことにつながるはずだ。そう強く思った。

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