おおいなるおっせかいの話2
あらすじに「(一話時点)」を追加しました。
整理してみよう。
1、一回目の「今生」で私は「前世」というか主に物語のことを思い出した。ややこしいので「前世」ということにしておく。
2、二回目以降の「今生」で、私は、あの事件の朝、一週間前、一か月前、三か月前、六か月前、とあの事件を起点にタイムリープ(?)を繰り返しながら、彼を救う方法として、彼と仲良くなることを目標に行動してきた。
3、六回目、六か月前にタイムリープしてやっと仲良くなる糸口をつかんだ。これから頑張らなければ!
1
彼と接触して一週間ほど。私はその時のことを思い出して、安アパートの自室で一人、にやにやと不審者をしていた。
嬉しすぎて抑えきれない。一人だしいいではないか。
彼はおそらく事件を起こすための下見段階なのだろう。見つけた時は、駅からも程よく離れ、事件現場となるショッピングモールからも離れている場所で、何をしているのかと思っていた。けれど、道を聞く、という体裁で声をかけた時、あまりに詳しいので驚いてしまった。
「詳しいんですね」
「……まぁ」
「……(目が、悲しげじゃない!?おお……)」
「……、わからなかったんですか?それなら」
「え、あ、ありがとうございます」
こんな会話にすらなってない会話もした。うれしい。自分が気持ち悪い。しかし、それも致し方ないだろう。どんな形であれ、やっと話せたのだから。
いきなりケータイ持ってますか、なんていうのは気が引けた。次はどうやって話しかけようか。
2
二回目の接触は、一回目の接触から一週間たってからだった。この曜日にしか会えないのだから仕方あるまい。
「あの、すみません……」
「……」
「このお店ってどう行けばいいですか?」
「(ため息を吐く)……。こう行って」
うっとうし気に顔をしかめられたけれど、また教えてもらった。我ながら芸がない。
何度もお礼を言ってへこへこ頭を下げる。目的が彼を救うためとはいえ、怪しいやつとは話したくないに違いない。頃合いを見計らってお礼としてお詫びの品を渡そう……。
こうして私は毎週彼と接触した。
3
彼と接触し始めてひと月半。いい加減、道に迷うネタも尽きた。お詫びもかねてお礼の品を渡すことにする。
彼が好きなものは、「前世」の知識によると、意外なことにお菓子である。けれど好みドンピシャを持っていったら、ストーカー扱いをされそうで、あながち間違っていないとはいえ、それは避けるために、彼の好みから外れないけれど私の好きなものにした。
「あの~……」
「今日はどこですか?」
「いえ!大分把握できたので、今日はお礼を渡そうかと……」
「……、お礼なんていいです」
「食べ物なんで!お好きにしてくださって構いませんから!」
半ば押し付けるように彼にお菓子の箱を押し付けた。少し高級な洋菓子店の焼き菓子詰め合わせである。……万一捨てられたら大分悲しいけれど、押し付けるのだから文句は言えない。彼は警戒心が強いので、根は素直でも反応が好意的とは限らないのだ。
改めてお礼を言って、その場から離れようと踵を返した。次はどうやって彼と接触しようかと考えながら、ふらふらと街を歩く。
彼の反応なんて見ていなかった。そんなことよりも、人生初の告白をしたかのような気分だった。顔見知り以下の関係性で食べ物を渡すなど、拒否されることを考えたら確認なんてできなかった。
それでも、私はしたいことをするために行動するしかないのだ。
いつか終わるのだとしても。
4
残りの一か月半は、ふらりと彼がいるあの場所へ出向いては、彼と目を合わせて頭を下げる、手を振るなどのアクションにとどめた。彼も、目を合せると小さく会釈するだけで、特別なことはなかった。
そして当日の朝。私は前回までと同様にショッピングモールへ向かった。
友人といつものように会話して、それぞれの目的に合わせて別行動をする。
だんだんとその時が迫ってきた。緊張してくるなぁ、などと思いながら、一階から吹き抜けを通して上階を見上げる。周囲に溶け込む服装の彼を見つけて、思わず微笑んだ。たとえ死の間際だとしても、やっぱりうれしいのだから仕方ない。気持ち悪いのは自覚済みだ。それで開き直っているのだから始末に負えない。
彼は私と目が合うと、一瞬体を強張らせたようだった。今までにないことだから不思議に思っている間に、彼はさっと顔を隠して銃を取り出す。私に照準を合わせて――撃った。
どん、と言う衝撃。ふらりと体が傾ぐ。
倒れこむ寸前、彼が泣いているように思った。
5
ぴー、ぴー、と特徴的な機械音。鼻につく消毒液の匂い。
寝過ごして変な夢でも見ているのだろうか。くぐもったような誰かの声が聞こえた。足音が遠ざかっていく。
ゆっくりと思い瞼をあげた。ぼやけた視界に瞬きを繰り返し、ようやく見えた光景に納得した。ところどころ黒い模様のある白い天井に、オフホワイトの壁、クリーム色のカーテンにベッドに付けられているのだろう柵まで白い。
まず間違いなくここは病院だ。機械音や匂いの理由は納得した。
問題は、なぜ自分が病院のベッドで寝ているのかという疑問だ。ぼやけた脳みそは、これは七回目かと答えを出すも、どの「今生」でも入院した記憶などはない。つまり、七回目ではないということだ。
まぁいいか。今は眠ろう。
6
さて、それから一か月と二週間。やっと自由を得た私は絶望していた。その間の講義は受けられず、しかも単位認定試験も受けられなかった。再試験を受ける資格はあるけれど、試験日は明日では準備もできない。泣く泣く見送ることにし、卒業が遠のくのを両親に謝り倒した。
何故一か月も拘束されていたのか。
答えは明白だ。あの事件で撃たれて全治一か月。さらには生き残りが私だけということで、事情聴取に二週間。犯人は彼ではない人が捕まり、事件は一見収束した。それもあわせて、警備の必要もないだろうということで、やっと退院できたのだ。実際には彼が計画を立て、引き続き事件が起きるのだが。
撃たれた場所は脇腹で、普段動くのには問題ないけれど、激しい運動は控えた方がいいとのこと。特に今は治ったばかりの薄い皮膚なので、怪我になりやすいし繰り返すと癖になってしまうのだそうだ。
友人や両親がこまめに面会に訪れ、病室にはそれなりの荷物が溜まっていた。それらを片付け、ふらりと外に出る。向かったのは、彼と接触していたあの場所。
事件現場であるショッピングモールの近く、人通りがそれなりに多い交差点。ちらほらとある背の高いビルのおかげで、きれいな空が際立っている。
「……!」
信号機が切り替わる一瞬の静けさの中、息をのむ音が聞こえて振り返る。ありふれた服装の彼がいた。
「お久しぶりです……?ん~、その節はどうも?……なんていえばいいんですかね?」
「何故?」
「え?確か、一か月くらい前に何度も道を教えてくれましたよね?」
彼と思わず会ったことで、頓珍漢なことを口走った気もする。でも、私は彼を責めたいわけではない。恨んでもいない。自首を進める気もないし、そもそも会う気もなかった。だから、自分で口走ったことに乗っかって、そ知らぬふりをする。
「……、ああ。どういたしまして……」
彼はぼそぼそとそれだけ言うと、私たちの間に奇妙な沈黙が下りた。何故か彼は立ち去らないし、私はどうすればいいのかわからず動けなかった。
押しつぶされそうな沈黙に、つい口を開いてしまった。
「あの!」
「……」
「ケータイ持ってますか!?」
自分で自分を殴りたい。何がケータイ持ってますか、だよ。持ってたからってどうするの??
「持ってる」
「え!?あ、えと……、連絡先、交換しませんか?」
彼の意外な答えに、またも口が勝手に動いた。取り消すこともできないので、いっそ開き直ろう。
「初めて会った時から気になってまして!それに、何度も道を教えてもらって、これはもう運命かなって」
半分以上、偶然じゃないけど。
「……ほら」
「ありがとうございます!」
ずいっと突き出されたケータイには、有名なコミュニケーションアプリの友人申請用のコードが表示されていた。私も慌ててケータイを開き、アプリを起動させる。焦ってしまって起動までの時間が長く感じる。
こうして私は彼の知人になった。