翔べ、タネウマ号!!
「はあ、いい知らせですか?」
なんだパンツの色でも教えてくれるのか。それはないか。
お詫びってなんだよ、それならあの子に謝っとけよとか言いたいことはあったが。
「今ねアルバトロス領に向けて魔族が進軍中なんだ」
それら全てが頭から吹き飛んだ。
「……ん、なんて?」
アルバトロス領はこの王都からみて東にある俺の故郷で。
魔族は人間の敵だ。
よしここまではオッケーだ。
「だからね、アルバトロス領にもうすぐ魔族が攻めてくるの」
「マジで」
「マジ」
マジらしい。唐突な展開すぎるだろ。
なんでコイツがそんなことを知っているのか、そもそも本当なのか。
「あなたのお姉さんやソフィアさんも召集されちゃったから今いないでしょ」
――ところでネルトよ、フランシスを見かけないんじゃがお主知らんか?
ジジイがそんなことを言っていた。
あれはまさか。
「じゃあ本当なのか」
「うん本当だよ」
「どこがいい知らせなんだよ」
「それはこれから言うつもり。あのね今から行けば君、間に合うよ」
そうか。
「ね、いい知らせでしょ」
それは確かにいい知らせかもしれないな。
***
学園から俺の邸までは馬で一日半はかかる。
ギャルその3ことユリアの話を聞いた俺は直ぐにアルバトロス領へと向かった。
俺は今愛馬に跨がり森の中を突っ切っている。
王都にこいつを連れてきていて良かったぜ。これなら一日で着く。
「君の馬、速いね」
そして俺の後ろには何故かユリアがいる。
「そうでしょ。振り落とされないようにしっかり掴まっててください」
「その台詞カッコいいよ」
マジでこいつはなんなのだろうか。
あのあと学校では集会が開かれ生徒達は一時避難することになった。残りのギャル二人も実家に帰るそうなんだが。
「俺魔族と戦いにいくんだが、あんたは着いてきてよかったんですか?」
「うん、いいんだよ。それも私の仕事の内みたいなものだし」
よく分からないが、こいつがいいならいいんだろうと納得する。
仕事とか言ってるし何か目的があるんだろう。俺に教室で話しかけたのもそのためなんだろうな。
「ところで、私をあんたって言うのはやめてよ」
「じゃあなんて呼べばいいんですか?」
「ユリアさんでいいよ。あと私はネルト君でいくね」
――ねえユリアさん。
――何、ネルト君。
ふむ悪くないなユリアさん。心の中では既に呼び捨てにしていたが。
「ユリアさん、しっかり掴まっていろ」
「ええ、あんまり密着したくないんだけど……」
知ってる。さっきも同じこと言ったのに引っ付いてくれなかったし。
微かに胸が当たっているような感じがするがどうなんだろう。背中に全神経を集中しても分からない。もうちょっと、あともうちょっとだけ引っ付いて。
「さもないと、落ちますよ」
木々の群れを抜けるとそこは崖になっていた。向こうまで10メートルはある。
「……もしかしてあれを飛び越えるつもりじゃないよね」
「あれしか道はないんですよ」
「あれは道じゃないよ」
そういうと観念したのかユリアさんは俺の腰に手をまわし強く抱き締めた。
ここで唯の童貞ならば密着した女の体に興奮し平静を失い落馬するかもしれない。もしくは俺今汗かいてるけど変な臭いしてないかとか、余計な心配をしてしまうだろう。
しかし俺にとっては要らぬ心配だ。
人馬一体、神童と呼ばれた俺の乗馬技術は達人の域にある。それは俺だけの力では為し得なかった。この相棒が俺を真に理解してくれてこそ成り立つものだったのだ。
まあつまり興奮で色々とカチコチになった俺を愛馬がフォローしてくれるというわけだ。頼もしいぜ。
そして臭いに関しても大丈夫だ。俺にはポケットに入れて常に持ち歩いている香水がある。これを出発前、全身に振りかけた。脇とか首は特に念入りに振ったから大丈夫だろう。
ちなみに香水はエロい道具を売ってる知り合いの店で買った。
うっすらと漂う柑橘系の匂いが気になるあの子の関心を惹き付けるらしい。
新作でかなり高かったが俺は迷わず買った。
しかし王宮内はジジイババアしかいなく使う機会がなかった。
そして今日始めて使ってみて分かった。
確かに良い匂いなんだが、女に対して興奮作用があるとか嘘だったなこれ。
頑張れよとか言って、これを渡してきたあいつをボコボコにしてやりたい。
ふざけんな、金貨1枚もぼったくりやがって。
そんなことを思っていると崖に差し迫り、愛馬が跳躍した。もはやそれは飛翔といってもいいくらいで。
ヒヒィィィン!!
勇ましい鳴き声と共に10メートルの崖を飛び越えた。
着地。その脚にはとてつもない負荷がかかっているはずだが相棒はそれをものともしない。颯爽と駆け出す。
「この子すごすぎない!? ねえ名前は何て言うの?」
ユリアさんは相棒の勇姿に興奮を隠しきれないみたいだ。
名前聞かれてるぜ相棒。
ヒヒィィィン。
おっとしゃべれなかったなお前。
「コイツの名前は――」
出会いは八年前だった。あの時俺は自分の夢をコイツに託した。
こうなってほしいという思いを込めてつけた。
「――タネウマ号だ!!」
……ヒヒィィィン。
どこか悲しみを帯びたタネウマ号の声だけが聞こえた。




