めがみのへや
――ずどーん!! くるくるがっしゃーん!!
「キャァァァァァ」
「おいやべえぞ、子供が馬に跳ねられた!」
「あれはアルバトロス家の坊っちゃんじゃないか!?」
「マジだ、なんでこんなところにいるんだ!」
遠くで野次馬の声がする。うるせえ。
「あ…ああ……」
ダメだ、声がでない。それよりもメチャクチャ痛い。誰か助けて。
「た……けて」
視界がブラックアウトする。
ああ意識が……。
………。
「こんにちは、ネルト・アルバトロス君」
「うあ…ああ……?」
「何それ、もう痛くもないし喋れるでしょ?」
ホントだ。
「ホントだ。ていうかここは……?」
「私の部屋よ」
キョロキョロと周りを見渡す。真っ白で奥行きが不確かな空間。あるのは勉強机と本棚にベットくらいだ。勉強机に女の子が座っている。この子も真っ白だ。髪とか服とか、あと肌も。
あ、机の上に看板がある。
『めがみのへや』
この女の子、女神様なのか。冗談だろ?
「……なによ。そこに書いてある通り私は正真正銘、女神様よ」
女神様らしい。
どう見ても二次性徴前のガキにしか見えないぞ。
「まあ女神の中じゃ子供みたいなものだけど」
「俺は全然アリだと思いますよ」
「あっそう。あなたは私よりも小さいけどね。歳はええと、」
「九歳です」
俺がそう答えると、女神様は机の上の書類を確認する。
「そう、九歳なのよね。その割には随分大人びて、というよりマセてるわね」
「はあ……あの、ところで女神様。俺はもしかして死んだのですか? 確か馬にひかれた気がするのですが」
女神様に尋ねると、彼女は急に吹き出した。
「ぷっ……『馬に轢かれて』ねぇ」
俺は理解する。この言い方、全てを知っている。
途端に俺は恥ずかしくなる。
「あなたが『轢かれた』のはどこだっけ?」
「……街です」
「街の、どこ?」
「……あの」
「どこ?」
「あの、『いたずら☆サキュバスの誘惑』です……」
「ふっ、それでちゃんと覗けたの?」
「覗けたとは?」
無駄だろうが、最後の足掻きと俺はとぼける。
「あなた、馬に自分を飛ばしてもらって、窓から情事を除こうとしてたんでしょ。でも思った以上に高く飛んで、地面に激突」
「あの、もう勘弁してください。あと見えませんでした」
羞恥に見悶える俺を見て、女神様は楽しそうに笑う。
「ふふ、まあいいわ。それじゃあ本題に入るわね」
「はあ、お願いします」
「まずあなたの質問だけどそうね、まだ死んでないわ」
「まだ、ですか?」
「そう。このままだとあなたは確実に死ぬ」
マジか。信じたくない。
俺はまだ九歳だったんだぞ。興味津々なのに何一つエロいことできなかったんだぞ。大貴族だからもしかしたらハーレムだって作れたかもしれないのに。ふざけんな。エロいことがしたい。
「……死にたくない」
俺はどうにもならないと解っていながら、そう呟く。
しかし女神様は俺に言う。
「一つだけ助かる方法があるわ」
***
「あなた魔族は知ってる?」
「魔族ってサキュバスとかですよね。あとなんか人間を家畜にするとか言ってるやつら」
「……まあその認識でいいわ。そしてこのままだと人間は魔族に侵略されてしまう」
「えっ、そうなんですか」
「そうなんですよ。でも人間側にはもうすぐ切り札が現れる。それは、勇者よ」
勇者か。俺も本で読んだことあるわ。姫様救ってハーレム作るあれだろ。
ここまでの流れで何となく悟る。
……まさか俺がその勇者なのか。
「あなたには勇者のサポートをしてもらいたいの」
畜生、違ったぜ。
そっか俺じゃないのか。
「ちなみに女の子ですか?」
「男よ」
そっか男か。
「ジジイとかブサイクですよね?」
「ジジイな訳ないだろ。若くてイケメンよ」
そっか若くてイケメン。
なるほどね。
「もうそれ俺が引き立て役になるじゃん。嫌ですよそんなの」
「じゃあこのまま死ぬ? 私の頼みを、世界を救う手伝いをしてくれるのなら特別に、世界の理に背いてあなたを助ける。これはそういう契約」
俺の体は頭から墜落し首があらぬ方を向いている。これは絶対に助からない。
しかし女神様は助けてくれるという。
それはもはや奇跡だ。
勇者の手伝いが奇跡の代償だとすれば安いものじゃないのか。
「でもどれくらいやればいいんですか。勇者のかわりに死ね、とかだったら嫌ですよ」
「手助けといっても、あなたが出来る範囲でいいわ。それにあなたは顔と頭が悪いかわりに、力は強いから。きっと戦力になるわ」
「そうですか」
今さらっと酷いこと言われたぞ。
「じゃあ俺やります」
「本当!?」
女神様が一瞬だけちょっと嬉しそうにする。
やべえ今のドキッとした。
「それじゃああなたを元に戻すわ」
「あ、お願いしまーす」
「そうだ、一つ言い忘れていたけど」
「なんです?」
「あなたに女神の加護を授けるから」
「加護? チート能力みたいなのですか?」
「そんな感じ。勇者が現れるのと同時に目覚めるの。何がいい?」
「えっ、自分で決められるのですか?」
「あなたの望みが具現化されるわ。でも大きな力には代償がいる。それだけは覚えておいて」
代償か。俺にはよく分からないな。とりあえず頭の片隅に留めておく。
でもチート能力か。
それなら成長チートがいいな。
俺が愛読する冒険物語では初めは弱かった主人公が強くなってハーレムまで作っていた。
あれはかっこよかった。
やっぱ成長チートだよな。
女は弱っちかったはずの男が次第に強くなっていく姿に惚れるのだ多分。
「成長チートでお願いします」
「成長チート、ね。分かったわ」
「それじゃあお別れね」
そう言って女神様は俺を見送ってくれる。よく見れば女神様は俺の好みのタイプだった。
美少女ともっとお話ししたい。
そんなことを考えながら俺の意識は途切れた。




