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暗闘・プリンセスチェリー  作者: 伊藤むねお
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ミスターバード

 その涙で滲む目に改札口から半分身を乗り出して、こちらに向かって手を振っている男の姿が少しぼやけて映った。初めは自分の近くにいる誰かを招いているのだと思ったが、そのサングラスをかけた長身の男は、どうしても自分に向かって手を振っているようにみえた。周りを見渡してもほかにはいない。

 私? 

 陽子が目と顎でその見知らぬ男にジェスチャーを返すと、そうそう、とその男はうなずく。陽子は気味が悪かったが、伊能が来るはずの東口も見張っていなければならないので急いで改札口に寄ってみた。すると男の口から意外な言葉が出た。

「桜木さん」

 え?

「伊能は中ですよ。早くおいでなさい」

 陽子は耳を疑った。その長身の男、どことなくあの人に雰囲気が似ている。男は響きのいいバリトンでそういった。

「伊能さんが?」

「そうです。さ」

 半信半疑だったが陽子は定期で中に入った。

 男は長髪を後ろで束ね、面長の顔に色の薄いサングラスをかけ高価そうな褐色の革ジャンを着ている。どこかで見たような気がする・・・


 男は背中をみせてさっさと歩き出した。

「あの。ほんとうに伊能亮一さんが私を呼んでいるのですか」

 男は振り返ると目を少し細めたが言葉は返さなかった。足も止めない。そのまま踊るようなステップで階段を下りてゆく。

 どういうことかしら。この人は誰なの。どうなるのかしら。

 数々の疑問を抱えたまま急いで後を追うと、ホームに伊能がいた。


 まあ。本当だわ。

 陽子はかっと胸が熱くなり足が止まってしまった。

「ほら、いたでしょう」

 伊能はおそるおそる近寄ったお嬢に対し、これまで想像もできなかった優しい眼差しを向けた。まるで別人である。陽子はびっくりすると同時に熱気球のようにふわりと舞い上がるのを感じた。

「時間空いてませんか。青山で食事をするんです」

 伊能がいった。声までが別人のもののようだった。

「ご一緒させてください。時間は空いてます」

 空いてますよう。そのために空けてあったのですもの。

「伊能。紹介してくれ」

「こちらは鳥井良一。高校時代からの友人です」

「鳥井です」

 陽子を招いてくれた長髪の男はそういうと頭を下げた。陽子は疑問はあったのだが、とりあえず頭を下げた。

「はじめまして。桜木陽子と申します。伊能さんのもとで働いております」

「僕はあなたを前から存じ上げてますよ」

 えっ?

 陽子はまじまじと男を見上げた。

 やはり、どこかで会っているんだわ。

「覚えてくれてなかったんですね。悔しいな。一度お宅でお会いしてるじゃないですか」

 鳥井は気恥ずかしそうにそういった。

 あ。

「版画家の鳥井先生?」

「そう。鳥井先生だ」

 伊能が鳥井の肩口からいたずら小僧のような表情でいった。鳥井はサングラスの位置をちょっと直すと、「よせ」といった。

 陽子の瞳孔は開きっぱなしになっている。


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