居酒屋
恵比寿は少し酔いが醒めたようである。
「主任には?」
「聞いてみたかってか?」
「はあ」
「阿呆。ンなことでけるわけないやろ」
「できませんよね。あの人、個人的な話題は徹底して無視するし怖いものナ。ほら、筒井もいたろ。来たばかりの神崎所長がラボにいた俺たちのところにきて、伊能君、バスケの同好会がなんとかといったらさ」
「覚えてますよう。返事もせずにさっさとどこかにいっちゃって。亘理課長、真っ青でしたよ」
「あれもあれでええの。伊能さんの善意や」
「主任。バスケ、うまいんですか」
恵比寿が聞いた。
「なんてもんやない。インターハイを制覇したスーパースターだ。ゼミでその当時のスポーツ新聞を持っているやつがいてみせてもらったよ。一面にバンだ。けどこれもいうたらあかんぜ」
へえ、と恵比寿と筒井は酔いがすっかり醒めた顔になった。
「ここに配属されたその日やったな。仕事の合間になにげなくその話をしたら、がんと一発やられたよ、あの目で。ここはそういう話をするところじゃない。それで一回戦敗退、あと終わり」
「うっへえ。痛烈」
「また踏切の話にもどるが、俺がひっかかったのは、その死んだ二人というのがマル暴の男どもだったということや。な? 仲間がかんかんになって押した人間が誰かと大騒ぎをするはずだろう?」
「何にもなかったんですか」
「らしい。してみると騒いだ連中も仲間のマル暴だったということになるやろ。せやろ?」
恵比寿と筒井はうなずいた。
「集団?・・・なんか変ですよね」
筒井が赤い顔を真顔にしていった。
「筒井、今のはほんまにこれやで」
千崎は唇に人差し指を当てて見せた。
「そうだよ。赤門の坊や。口の軽いのはここじゃ村八分にされるよう」
「大岡山閥なんですね、主任とおふたりは。うちは他にも多いものな」
おうそれはいい、と恵比寿は割り箸で塩辛の入った小鉢をぴんと叩いた。
「千崎先輩、それ作ろうじゃないですか」
「ええかもな。他にも亘理、柴本、ミセス国見に本多・・・七人か」
「もうひとり、エントロピー阿部。ピーちゃんで八人ですね。どうだい。赤門勢も閥を作れば」
「うちは少ないですからね。ええと、・・・」
千崎は、そのやりとりを聞きながらまたひと口コップを煽ると、独り言のようにつぶやいた。
「お嬢が今晩首なし死体にぶつからなければええのやが・・・」