ゴルフとイヌ証拠
(みんな、よく考えるんだ。気の毒だがこれは本人の自業自得だ。このことでアルテナの公演が中止になっていいのだろうか。困るよね? そうだろう?)
困るというのは誰にもわかった。公演が迫っていた。事故が明るみになれば公演は延期しなければならない。それで生じる諸々の損傷が皆の頭をよぎった。苦労して捌いた前売りチケットの払い戻しもしなくてはならない。ここまで作り上げてきた舞台はどうなる。芸能マスコミが寄ってたかって、あることないことを書き立てる。一座の稼ぎ頭でもある山崎はテレビ番組出演を自粛しなければならない。そうなれば劇団の維持も危うい。
(みんな。それでいいのか)
一番困るのは山崎自身だっただろう。しかし団員にとってもそれは同じだった。公演に漕ぎ着けるためにこれまでの半年間どんなに苦労したか。それぞれが抱えている本業や副業を雇い主や同僚に頭を下げて早引けをさせてもらい、時には休暇も取った。その上チケットまで買ってもらっている。
その時の山崎のパフォーマンスは、さすがに迫真のもので、みなは催眠術に掛かったように押し黙ってしまった。
(でも、どうやって隠すのですか)
そして誰かがそう聞いた瞬間に、みんなの頭の働きは、どうすればうまく隠せおおせるかに移ってしまった。
(われわれ演劇のプロにしかできない方法でやるんだ。まず遺体は当分誰にも発見できないように葬ろう。丁重にね)
それはできないことではないだろう。
(そして箕田君にはどこか遺体のみつからないところで自殺をしてもらう。たとえば船から海に身を投げる。自殺の理由などはどうにでも作り出せる。事情聴取を受けるわれわれは、最近、彼が演技のことや将来のことでノイローゼ気味だったというんだ。そういう協力はみんなにもしてもらわなくてならない)
「その時のわれわれは、みんなどこかが麻痺してしまっていました。私もそうでした」
立花は力無く頭を垂れた。
「船には誰がいったのですか」
「はい。年が近い牧山君が箕田君になりすましていきました。箕田君が身につけていた帽子や革のコートを着て」
牧山は船の中で二人づれの女性に話しかけ、自分は東京の劇団の俳優だとうち明け話をしてみせた。そして最近、演技の壁に当たってノイローゼ気味で、そのために伊豆大島に静養にいくところだといい添えた。
下船時に人数がひとり足りなかった。船員たちが船内を捜索した結果、立ち入り禁止となっている後部デッキに靴とコートが発見された。そのため船から身を投げた人物がいるとされ、そのことが新聞で報じられると、ほどなく大島に滞在中のふたりの女性が警察に名乗り出た。新聞にでていた行方不明者はコートの特徴などから、私たちに声をかけた人かもしれないといい、その人は東京の劇団にいるといっていた、と証言したのである。
乗客名簿から年齢、住所などで絞って問い合わせると応答がない人間がひとりいた。乗船カードにあった住所を手掛かりにその人物の身元を調査すると、劇団に関わっていたらしい人物だということがわかり、ほどなくアルテナの名前が判明した。
早速劇団に問い合わせると、最近になって急に姿をみせなくなって心配していたところだという。ふたりの女性は警察が劇団から借り受けた箕田の写真をみると即座に、この人です、と証言をした。
なんだかとても悩んでいたようです、とも付け加えたのである。
警察は箕田が投身自殺を図ったと断定した。
「牧山君の扮装は箕田君そっくりだったそうです」
「乗客名簿の筆跡などもうまく真似たんですね」
「ええ。そうだと思います」
「乗客の数はどうやったんですか。乗り降りのときカチカチ数えますよね。人数が合わないというか合ってしまったはずですが」
「団員の中に汽船会社の嘱託として現場で働いている人がいまして、その人が・・・だからあの航路を使うということにもなったのですが」
劇団というのは、規模にもよるが普通の企業とちがって団員のほとんどは副業あるいは本業として他の職業についている。牧山も親が経営するスナックのバーテンダーという別の顔を持っていた。
なるほどなんでもありか、と有田が呟いた。
「それがみんなの枷になり、山崎からの要請も断れなくなったというのでしょうか。でもそれだけですか。ちがいますね」
「はい・・・それをきっかけに、みんなのなにかが外れたようになってしまったんです。タガみたいなものが。それで野稽古と称して・・・」
立花は消え入りそうな声でいった。
「ほう。野稽古ですか」
「はい・・・それからも重ねられ、いつしか多くの団員が罪の意識を余り持つことなくそのスリルにのめりこんでいってしまったのです。まことにもってお恥ずかしいことながら、われわれ年輩の者共も若い連中の毒気に押されてしまい、制止することができず、それどころか陰から見ていてあとで論評する者さえ現れる始末で・・・そしてとうとう、今日まできてしまって・・・」
まことにもって、と立花はもう一度深々と頭を下げた。
「XXX会社で詐欺をしかけたのもアルテナの野稽古ですね。証拠書類とアルテナが被害者に送った封筒の裏に、ゴルフと犬が書いてありますよ」
「ああ・・・そうです」
ふたりの刑事も太い溜息を漏らさざるをえなかった。
「その野稽古ですが山崎さんはどう?」
「座長もあまり強くはいいませんでした」
「規律には厳しい方だと聞きましたが」
「ええ、厳しい人です。・・・そういわれてみれば少しおかしかったですね」
「そうですか」
それもまた山崎が持つ枷に加わったのだ。
「それじゃ今日のところは結構です。お疲れでしょうから。あ、もうひとつだけ。山崎さんは折り畳みナイフのようなものを持ってますか」
「ええ、持ってます」
「それを、今日の舞台の上でもポケットの中に持っていたということが有り得ますか」
「それはないです」
立花はきっぱりと否定した。
「座長は役になりきるために下着にまで気を遣う人です。ポケットの中身などはもちろんのことです。われわれにも日頃からやかましくそれをいってます」
秦は、そうですか、とうなずいた。
「立花さん。今日、われわれと会ったこと、ここでわれわれに語ったことは取り敢えず忘れてください。これはあなたのためでもありますが、劇団の皆さんを救うためでもあるのです。わかりますね。できそうですか」
立花は自分の心を探るように宙に目を遊ばせていたが、やがてこっくりと肯いた。
「はい。やります」
「信じていいのですね」
「はい・・・あの」
「はい?」
「刑事さん。ひとつだけ教えてください。私たちのことを警察に告げたのは誰なんです。蒔田ですか、それとも富岡さんたちですか」
「いえ。劇団とは全く関係のない人です」
「え? どうして関係のない人が、そんな、おかしいですよ。不思議じゃないですか」
「おかしいはともかく、不思議というのには全く同感です」




