野稽古
山崎は機嫌が悪かった。
「今日の出来には失望したよ。なんのための稽古だったのだ」
集められた全員の前で山崎はこう切り出した。
「無理ですよ」
人垣のうしろから誰かが遠慮がちな声でいった。
「だれだい。今いった人は」
「僕です。今のような精神状態じゃ無理ですよ」
「牧山君か・・・あのなあ、どうしてわかってくれないのかな」
わかってくれたとばかり思っていたが。
山崎は大袈裟に嘆いてみせた。
「何度もいったろう。私にはああする理由があった」
「でも、最初の話ではそうじゃなかった。妹さんが味わった恐怖感を彼にも味わせたい。それだけだったじゃないですか。だからこそ、みんなも・・・それなのに」
苛立った山崎は足を踏み鳴らした。
「それも既にいったろう? みんなに頼んだ時には本心からそのつもりだった。しかし、思わず力が入ってしまったんだ。俺の気持ちもわかってくれ。お願いだからもう二度とそれはいわんで欲しい。とにかく、いいかい。手を下したのは私なんだ。みんなはこのまま知らないふりを続けていれば警察も誰も絶対に気がつかない。こんな完璧なアリバイはないんだから。そうだろう? それに新聞に出てたじゃないか。捜査本部は鎌田が関わった裁判の関係者に有力な容疑者をみつけてそっちを追いかけていると」
「でも、それだっていつかは容疑が晴れますから、またこっちに目が向いてきますよ」
別の男がいった。
山崎は発言者を睨むようにしていった。
「だから、万が一の時にはわたしが責めを負うといってるじゃないか。それから、この際だからつけ加えておくが、彼はアルテナから手を引くといったんだ。一切合切だ。過去の投資分についての返却さえも要求されたんだ。ひどい話だろう?」
周りの空気が微妙に動いた。ほとんどの団員は知らなかったようである。
「今更困るとずいぶんいったのだが、彼は頑なになってどうしても譲らない。もちろん、これと今度のことは直接は関係はないよ。しかし、彼がどういう人間かこれでもわかるじゃないか。みんなが思っていたような男じゃないんだ」
山崎は舞台の上の役者のように両手を開いてみせた。
既に観客は去り、空になった小さな劇場に山崎の声だけが響いた。入り口の扉は山崎の指示で厳重に閉ざされている。
「どうしたんだ、みんな。・・・それならいわせてもらうがね。箕田君のことはどうする。みんな納得してやってたんじゃないのかね。え? どうなんだ」
いくつもの重い吐息が洩れた。
あ、来た。やっぱしここに来るか・・・
狂ってねえか?
あれだって、言い出しっぺは座長じゃないか。
隅でそう囁き合うものもいた。
しかし効果があったとみた山崎は言葉の調子をさらに重々しくして語り始めた。
「ならいうがね。私はもっと知ってるんだよ」
その声の調子が微妙に変わり、うしろで陰口を叩いていた団員たちも、はっとしたように山崎をみた。
「箕田君のことだけじゃないじゃないか。野稽古と称して、牧山君や原田さん、及川君らがどういうことをやってきたか。あれだけ重ねては冗談やシャレではもう済まないよ。もちろん、済むとは思ってないだろうがね」
山崎は周りを見渡した。話を始めたときとは空気が変わりつつあるのを掴み、ここが勝負所とみた。
「とにかく、みんな、今になっての裏切りは許されないよ」
うらぎり?
わたしたち、そうなの?
今度は女性の声だった。
「一連託生というわけですか」
牧山がいった。
「一蓮托生? そうだよ。いい言葉じゃないか。いいかい。みんなは俳優なんだ。プロなんだ。あれだってそうだ。凄いじゃないか。ただ人を集まればできるというものじゃない。みんながプロだからできたんだ。見事なできだった。そうだろう?」




