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暗闘・プリンセスチェリー  作者: 伊藤むねお
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ナイフ

 ひと駅離れたところにひっそりと駐車していたマイクロバスが動き出した。

「ご苦労様でした。永田町駅までこれで行きましょう」

 佐野が伊能と鳥井にいった。陽子も同乗を勧められたが、ここは遠慮すべきと分別を働かせたようである。伊能はタクシーを呼び止めると、お疲れさん、といって見送ってやった。乳母車のことにはついに触れることがなかった。


 車が動き出してすぐに佐野がいった。

「どうでしたか。初日というのはこういうものなんですか。不出来だったんじゃないですか。観客の拍手もぱらぱらでしたし。秦さんはどうみました」

 時刻は九時を少し回ったところ。窓から差し込む街の灯りがみんなの顔を明滅させる。

「役者さんたちがノってなかったようですね」

 秦が答えた。

「鳥井さんは、どうです」

「集中力が欠けてましたね。ゴルファーの山崎が時々苛つく様子がみえました。稽古のときはあんなものじゃなかったのだと思いますよ。特に肝心の助役がおかしかった。もっとうまい役者だと思うのですが、あの大島航路から身を投げたというくだりなどはセリフがつかえそうになりましたね」

 鳥井の指摘に秦も大きくうなずいた。

「はい、私もあれは気になりました。なにか特にひっかかるものがあのセリフの中にあるのかもしれませんね」

「なるほど。では森下に過去の船や航路に関する事件と劇団をキーワードにしたデータを検索させましょう。新しいネタが出るかもしれんな。伊能さんはどうでした」

 伊能はみんなの意見を黙って聞いていたが、自分の右の横腹をさしてこういった。

「ゴルファーのポケットになにか重い物が入ってましたね。ここのポケットです。私はゴルフはよく知らないのですが、なにかそういう特別な道具とかを持つものなんですか」

「いえ。特にはないはずですが」

 佐野は秦と顔を見合わせた。観客席にいて、そんなことがどうしてわかるのだ、とは誰もいわなかった。

「携帯電話ではどうです」

 有田がいった。

「・・・かもしれませんが、少し細いですね。私は折り畳み式のナイフかなと思ったのですが」


 伊能と鳥井をおろしたあとの車中である。


「動機に決め手を欠くが、連中の犯行だということは決定的だ。これまでの捜査、今日の面通しなどを総合すれば、山崎が主犯。周りの全員が従犯。但し、団員が皆悔やんでいる。だがなんらかのシバリがあって警察に名乗り出ることができない。共犯だから無理もないともいえる。とにかく桜木さんが牧山を確認してくれたのが大きい。なにしろ鳥井さんと伊能さんの証言は使えないのだから」

「捕り物は全員を一人残らず、それも一斉に確保するのが絶対条件だ。公演中の今が絶好の機会だ」

 はい、と秦が応じた。

「連中はあの日、全員がいるとみせかけて、じつはほぼ全員がいなかったんだ。それをはっきりさせたいのがひとつ。それと、山崎が主犯かどうか。それも固めたいな」

「参事官。ひとり落としましょう。もう桜木さんの証言がありますから大丈夫です。それと例の世田谷のTさんも写真をみてふたりほど確認してくれましたから、それでつっつけますよ。今晩のうちにやります。秦さん、どうですか」と有田。

「はい。一緒に参りましょう」

「ではあした踏み込もう。幕がおりたらすぐとしましす。秦さん、あのおふたりへの連絡をお願いします」


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