みつけた
○第二幕
――小さな駅には似つかわしくない立派な会議室の中。
右手には豪華な意匠を施した木製の扉。左手にはスチール製らしい安手の扉がある。正面に富士山を描いたへたな絵が豪華な額縁に収まっている。八の字に置かれたテーブルに助役他十二人の男が席についている。
助役「では皆さん、おひとりずつ、何両目の車両に乗っていたか。座っていたか立っていたか。そしてどちらを見ていたかを、西か東かですね。そして瑞穂駅があったかどうかをいってください。ある、に決まってますがね」
――ゴルファーがまたでしゃばる。
ゴル「順番はね。こっちからこういこう。ね、先生」
先生「はあ、よろしいのではないでしょうか」
ゴル「じゃ、俺からだ。名前は大岩だよ。職業はプロゴルファーだ。知ってるだろう?」――そういって、他のメンバーを見渡すが、知っているという人が誰もいないのにがっかりする。女Aがケタケタと笑う。
ゴル「なんだいみんな。遠慮深いんだなあ」――隣の先生に向かって「先生。先生は知ってますよね」
先生「すみません。知りませんでした」
――女Aがまたけたけたと笑う。
「助役、喪服を着ている男性、その隣のスーツを着た男、未だ発言をしていない女性。それから、入り口で切符を売っていた髪の長い女性も赤坂駅で見ました」
伊能が秦に体を寄せて囁いた。これもまた巧みな発声で他の者には聞こえない。秦は黙って手元のパンフレットにペンを走らせたが、あらためて伊能の鑑識眼に舌を巻いていた。舞台上の人物はみな巧みなメイクと扮装と演技ですっかり役になりきっている。そして駅で伊能が出会ったときは、素顔ないしは別の人を装っていたはずなのである。
「バーディ」は、アルテナのオリジナル作品のようである。ゴルファーを中心に全員がそれぞれ自己の主張ぶつけ合い、果たして駅は本当にあったのかどうかと討議する。セリフのやりとりが急テンポで激しい。中に、ただひとり現世代表のような老紳士が、やれやれ、というように皆を弾劾し始める。
老紳士「皆さんのお話はこういっちゃなんですが、馬鹿馬鹿しくてとても聞いてはおられませんな。駅が無かったなんて、どういうつもりですか。どうせ面白いことをおっしゃりたいのなら、テレビのドッキリモノじゃないかといった方がまだ気が利くというものですよ」
ゴル「おお、爺さん。なるほど、それはあるかもな」
――ゴルファーはタイムスリップ説だったが万事に軽い男のようである。素早くたちあがる。
先生「そういえば、この小さな駅にこんな立派な会議室があるというのが、おかしいといえばおかしいですね」
――数人がそれに同意する。
ゴル「だれか、そこのへたくそな富士山の額を動かしてみなよ。テレビカメラがあるかもしれないぞ」
――直ぐ前に座っていた女Bが立ち上がって額をずらす。額はがたんと落ちて女Bは悲鳴をあげて飛び退くが、そこにはなにも無い。壁を叩いてみたりする。
――それに対する反論と嘲笑。都度、照明が目まぐるしく動き、人も椅子から立って移動し、それらが相乗的な効果をもたらし得たいのしれぬ不安感を醸す。舞台はそれをきっかけに非日常的な雰囲気を深めてゆく。
四十男「駅は確かになかったね。うん」
助役「お客さん。酔ってますか」
四十男「ええ酔ってますよ。昼酒は利きますねえ。駅はなかったんだが、代わりにこんなのを見たよ」
助役「こんなって、どんなです」
四十男「昔よくあった田舎の駅さ。小さな駅舎がね、ぽつりとあって、そこの前に馬車、いや牛車かな。黒っぽい筒みたいなものを積んでたよ。あれなんだろうなあ」
市役所の男「それ、ひょっとしてこれくらの太さでこれくらいの高さじゃないですか」――手でサイズを示す。
四十男「そうそう、あれなあに。知ってるの」
市役所「糞尿ですよ。つまり肥桶です」
四十男「あ、そうか。そういえば子どものころはまだあったよ。そうなの」
市役所「じつは今の駅の出来るずっと前、昭和の初めのころに糞尿積卸用の仮駅があったんです。東京で汲み上げたやつを池袋から運んでくるんです。ここらはみんな畑でしたから」
四十男「ほおお。あんた若いのによく知っているね」
市役所「わたし教育委員会です。市内の小学校の郷土史の教科書にその写真が載ってますよ。あなた、市内の小学校の卒業生なら覚えてませんか?」――女Aにいう。
女A「あ、知ってる知ってる。見た見た」
「酔ってる男、秦さんに似てますね。声も」
伊能が体を少し傾けていった。
「はい」
珍しい・・・
ゴル「昭和の初め? じゃやっぱりタイムスリップだ。もどったんだよ。あ、千円で家が一軒建ったという頃じゃないか。これはしめたぞ」――財布を出して一万円札を何枚かみせる。
――アホクサなどとまたひとしきり議論が湧く。
カルト女性――突然叫ぶ「あ」
ゴル「なんだい、いきなり」
カルト夫妻の妻「私、画期的な答えをみつけたわ。私たち、みんな死んだのよ。死んじゃったのよ。柳木川の鉄橋で脱線して川に落ちて車両がアコーディンみたいに縮んで死んだのよ。だからここにいる人はみんな先頭車両なのよ。ね、あなた、そうよね」――傍らの夫に同意を求める。
カルト夫「残念ながらその推理にはおおきな欠陥がある。なぜなら、助役さんだ。助役さんは乗ってなかったんだから一緒に死ぬはずがないだろう」
――みんなが、それもそうだといっていると、今度は女Bが、あっ、と甲高い声をあげて立ち上がり、ここから新たな展開に入っていく。
女B「あたし、みんな死んじゃった案には全然賛成しないけど、おかげで変なことに気がついたわ。あなた、助役さん。ちょっと帽子を取ってみてくれない?」
――助役は嫌がるがゴルファーがひょいと素早く取ってしまう。
女B――ぱちんと手を打って「やっぱりそうだわ。そのバテレンさんのように丸く禿げている頭。見たわよ。あなた、四季駅から乗ってきたでしょう。私たちみんなと同じ先頭車両に」
――一同驚き、じゃあんた、鶴川駅にいて、瑞穂駅から文句がきたといったのはあれは嘘か、と助役をなじる。
助役――人が変わったように弱々しくなり、ぺこりと頭を下げる「すみません。今日は午後からの出勤でしたのでさっきの電車できたんです。私、家が四季市で近いもんですから、いつも制服を着て出るんです。この方が楽ですからね。帽子だけは手にもってますけども」
市役所「待ってください。それもおかしいな。四季駅は階段が真ん中にしかないんですよ。そしてこの鶴川もそう。事務所は階段の上でしょう。だったら中央付近の車両に乗るのが普通なのにどうしてあんたは先頭車両に乗ってたんだ」
――なるほど、それはおかしいとまた口々に感想を述べる。
助役「わけは・・・わけはあるんです」――なぜかその先の返事を躊躇う。
――すると、これまで最小限度の言葉のみで存在感がなかった初老の男が、こほんこほんと大きな空咳をして語り始める。
初老「助役さん。わけは俺がいうよ」
――意外な人物の発言に皆はその男に注目する。一方の助役は椅子に崩れるように座って頭を抱える。
初老「四季駅で俺に気がついたからだろう? それで俺のあとを追って先頭車両に乗ったんだ。そうだろう、まっちゃん」――初老の男の言葉遣いも改まり、にわかに存在感を出し始める。
ゴル――目を丸くして「まっちゃん? なんだい、それは。助役さんの名前かい」
――騒然となる。助役は腕を組み黙って下を向いていたがやがて意を決し、顔を上げる。
助役「そのとおり。私の名前です。松本雅夫ですから。みっちゃん、いやさ、三木光男、やっぱり生きていたのか」――助役の態度も急変する。
全員「やっぱり生きてたか、だって? どういうことだい」
――意外な展開にメンバーが驚き私語を交わし始める。
助役「こうなったら皆さんにも聞いて貰いましょう。その男は私の幼なじみで三木光男といい私の妹の夫でした。妹はこの男の保険金目当ての放火で焼け死に、こいつは、光男は大島行きの船から身を投げて自殺したと思われていたんです」
――開襟シャツ姿の男が助役のそばに駆け寄り手を握る。じつは刑事。
刑事「よくやりました。松本さん、お手柄です。皆さん、私はイルマン署の刑事です。三木光男を時効寸前でここで逮捕できるとは思ってもみませんでした。さ、観念するんだ。でも松本さん、よくわかりましたね。こんなに老けちゃってるのに」
助役「あの空咳でわかりました。四季駅のホームに立って電車を待っていたらあの空咳が聞こえたんです。私は雷に撃たれたようになってしまいました。あのクフンクフンという音。なんで忘れられましょうか。光男は子どもの頃からの友だちでした。あの空咳はその頃からのものです。光男、いやみっちゃん、あんたはどうして・・・」
三木「まっちゃん。許してくれ。でも俺はすみ子を心から愛してたんだ。信じてくれ。あれは本当に事故だったんだ」
――イスを立った三木は助役のもとに寄る。
助役「みっちゃん」――そういいながらふたりは立ったまま抱き合って泣く。刑事ももらい泣きをする。
――三木の話==(ナレ死んだと思われていた光男だが、じつは魚を釣っていた大金持ちのヨットに拾われて命を長らえ、それからのあいだ世間の目を逃れて暮らして、このように髪が真っ白になるほどの苦労をした。しかし望郷の念禁じがたく、ついに生まれ故郷にもどってきた)――助役とふたりで子ども時代の思い出を懐かしげに語り合う。
ゴル――首を捻りながら「なんだかパットを二十も叩いたような気分だな、こりゃ。まあ、ふたりの気持ちはわからんこともないよ。けどね、助役さん、駅はどうすんの? 俺たちをどうしてくれんの」
――そうそう、と周りから声。
ゴル「柳木川の鉄橋を渡ってから急に霧が濃くなったろう。あんな濃い霧なんて滅多にないよ。霧から透けてみえるのは原っぱばかりだった。今はそんなところ、ないよ。白い犬が一匹駆け回っていたなあ。あ、あれは――立ち上がり――バーディだ。俺が子どもの頃に一緒に遊んだバーディだ。親爺がゴルフきちがいで、その球拾いをバーディと一緒にさせられたんだよ。そうそう、バーディのやつがあんまり吠えるから行ってみたら、大きな青大将が球を飲み込んでいたりして、そんなこともあったなあ」
――一同、ゴルファーの話に驚き脅える。
ゴル「なんだい、みんな。固まったりして。ようし。誰でもいいから、そこの助役さんの後ろの扉を開けてみなよ。そこが原っぱだとしても俺はちっとも驚かないよ。ほれ助役さん、いつまでも泣いていないで開けてみなって」
助役「嫌ですよ」――助役は尻込みし、三木と共に扉から慌てて離れる。
女A「男のくせに臆病なのね。私が開けるわ。原っぱだったら歩いて家まで帰るから、いいわよ」
女B「待ちなさいよ、あんた。お馬鹿さんねえ。もし本当に原っぱだったら、まだあんたは生まれてないのよ。お父さんは未だ子どもなんだから」
ゴル「そうだよ。タイムパドックというんだよな、そういうの。子ども時代の姉ちゃんの親爺さんがいてさ、お姉ちゃんは何処の誰だあ、なんいわれて、あんたが、『お父さん、私よ、ほら鼻をちんとかんで』なんて、ふたりの手が触れた瞬間にあんたら二人はぱっと消えるんだ。そうですよね、先生」
女A「ええええ! そんなのいやよ」――扉の前で立ち竦む。
ゴル「いいよ。俺が開けるから」
――そういって、手に唾をつけて立ち上がると、女や夫婦者は悲鳴をあげて、互いにひしと抱き合う。
助役と三木――必死に立ち塞がる――「あんた。よしなさい。やめてください」
――ゴルファーは、そうかいと一応は納得したようにいい、次の瞬間、脱兎のごとくに上手の扉に走る。しかしその扉は頑丈で何度か体当たりしても開かない。
ゴル「くそ、えらく固いな」
助役――ヤケになったように――「はっははは。開くもんですか。その後ろは隣の武蔵銀行の金庫室だもの。お金が無くなって空になったというのを、鉄道が半分買ってやってここを作ったんだ。その額縁はその時のオマケだよ。ははははは」
――照明が暗くなる。それとともに下手の扉がきしむ音がして、助役の背中の扉がゆっくりと開き始める。助役、飛び下がる。一同、凍り付いたようになって扉を見守る。開いたところからゆっくりと白い霧が流れて入ってくる。
女AB「ああ、霧よ。原っぱだわ。ほら、見て」
――開いた扉から外を指して絶叫する。みんな、口々に、原っぱだ、タイムスリップだといいあう。
ゴル「な、俺のいったとおりだろう」――得意そうにいうが、次に、あっと驚きの声を出し、扉の出口に進む。
ゴル「白い犬が走ってるぞ。バーディだ。おい、バーディ、バーディ、俺だよ、俺だよう」――叫びながら走って出てゆく。
――照明が一段と暗くなり白い霧が一段と濃く室内に流れ込む。ワンワンという犬の鳴き声と、おおいバーデイと呼ぶ少年の声が遠くから聞こえてくる。
――俺たちも行こうという者、いやようと泣き叫ぶ女A。どうすればいいんだという者、こんな馬鹿なという怒る者、狂ったように笑う声などが交錯する。
――突如、静寂が訪れすべての照明がすっかり切れる。音楽も止まり舞台も客席もしんとなる。二十秒ほどたちゆっくりと照明がもどると、そこはもとの会議室。ただし誰もいない。額縁も元にもどっている。
――左手の扉があいて若い駅員が中を覗く。
駅員「助役さん。あのう、電車がさっぱり来なくなっちゃったんですけど。電話してみましょうか? あれ、誰もいないや。どこにいったんだろう」
――遠くから犬の鳴き声。
ここで幕がおりた。




