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暗闘・プリンセスチェリー  作者: 伊藤むねお
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近藤局長

「そもそもですな。このお二人はどういう方なの。俺には信じがたいことばかりだよ。一流のスポーツマンだということは俺にもわかる。しかし、ちょっと腕を掴んだだけの男を俳優だと見破ったり、駅のホームでばらばらに歩いていた人間たちを仲間同士だと見抜いたり、その上、その連中をそれも何日か後になってから五人も思い出すというのに至っては、俺には全くわかりませんよ」

 近藤は苛立つばかりだった謎の山がついに崩壊する時がきたことを知り、鼻の穴が大きく膨らんで来るのを感じた。

「なんか、俺だけが知らないことがあるんだと思わざるをえないですなあ。どうなんです。参事官。聞かせてくださいよ。あんまり水臭いじゃありませんか」

 その時、周期の長いコールフラッシュがきた。外線からのものである。

「はい、捜査本部。あ、部長。佐野です」

 受話器を取り上げた佐野が露骨に嬉しそうな声を出した。

 えい、糞!、またじゃないか。

 近藤は顔を真っ赤にして腕を組んだ。

「今、こちらからお電話をと思っていたところです。・・・はい。では私の方からの用件を先に申しあげます。部長のご判断を仰ぎたいことがあるものですから」

 佐野はまず捕り物計画の骨子を説明し、了承をえた。次ぎに伊能と鳥井の申し出を告げ、その可否についての秦と近藤の意見も添えて遠山の判断を乞うた。

「は? はい・・・はあ」

 佐野は、この男としては珍しい締まりのない言葉で電話を終えると、戸惑ったような表情になった。

「参事官、遠山部長はなんと?」

「伊能さんにお任せしろ、というのです」

 皆が首をかしげた。

「なんだい。任すってのはあれかい。おふたりさんが行きたいといえばそのとおりにしてやれと、そういう意味か。それじゃ許可を与えたということになるが、それが返事にしちゃ、なんかおかしくないか。説明がないな」

 近藤が仏頂面で抗議をした。

「私が近藤さんを安心させてやれということでしょう」

 伊能が苦笑しながらいった。遠山の悪戯心を知ったからである。

「あ・・・」

 佐野、秦、有田の三人は伊能のセンスに改めて感心した。

 同時に、伊能がどう対処するのかに密かな興奮を覚えた。伊能の超人的な身体能力を直接知る者は鳥井の他には実はここにはいない。ヒトマロの拳銃自殺未遂事件?の時も、敏捷この上ない誘拐犯をつかまえて自白させた時も現場には誰も居合わせなかった。すべてはその痕跡で知るのみだったのである。

「なんだい。みんな、その顔は」

 近藤は立ち上がって両手を広げた。

「鳥井、どうすればいい?」

 伊能は鳥井に聞いた。鳥井はにやりとしていった。

「おれも伊能に任す」

「そうか。わかった」

 伊能は思案がついたようである。すっと立ち上がった。

「近藤さん。われわれ二人は皆さんのように強くはありませんし、訓練も受けておりません。ですが、逃げ足だけは誰にも負けないという自信があります」

 近藤を除く全員がにっこりとうなずいた。うまいことをいうなあ、と。

「近藤さんは剣道の達人ですね。廊下の表彰状を拝見しました。私と向き合って手刀で私のメンを取ってみてください。メンでは打ちにくいでしょうから肩にしましょうか」

「ほう?」

 近藤は、佐野たちが目をキラキラさせているのを見て、ここにこそ秘密があるのだと察した。

 ようし、ならばそいつを見せて貰おうじゃないか。

 近藤は上着を脱ぎネクタイを跳ね上げて伊能に対峙した。

「ここじゃ近すぎるかな」

「もっと近くてもいいですよ」

「え?」

「もっと」

 近藤と伊能の距離は一メートルとちょっとになった。

「本当にいいのかね」

「そこから右でも左でもいいです。フェイントをかけても構いません。私がかわすことができたら同行させてもらいます」

 近藤は小さくうなずくと目を細めた。気合いが入ってきたのである。腰を落とし右手を手刀にして正眼に構えた。近藤の手と伊能の胸の間にはもう五、六十センチほどの距離しかない。

「いいんだな。俺はここじゃ局長と呼ばれているんだぜ・・・新撰組のだよ・・・」

「はい」

 伊能の表情は変わらない。

 ふたつと何分の一かの呼吸の後、どっ、という野太い気合いと共に右手が伊能の左肩に伸びた。しかし撃ったと思った瞬間、近藤の大きな体は前に飛び出していた。伊能の肩がそこになかったからである。近藤は四、五メートルほど前方にのめったが、床に這いつくばることなく自力で体勢を立て直したのはさすがだった。

「たまげたな」

 元の位置に半身で立っている伊能を見ると、近藤は首を振りながらそれだけをいった。伊能病に半分感染したのである。



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