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暗闘・プリンセスチェリー  作者: 伊藤むねお
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赤坂警察署・捜査本部

「おお、たしかに似ておられますな」

 陽子をみたとたんに近藤と有田がいった。手に木山与里子の写真を持っている。佐野と秦はすでに確認していた。

「桜木さん、鳥井さん。まずはこれをみて欲しいのですが。この中に桜木さんの腕を掴んだ男がおりませんか」

 秦が陽子の目の前に数十枚の写真を置いた。陽子は一枚一枚丁寧にみていったが、すぐに一枚を選んだ。すると有田が別のクリアブックの中から数枚の写真を出した。

「これもその男です。こっちもみてもう一度確認してください」

「まちがいありません。わたしの腕を掴んだ人はこの人です」

 最初のものは劇団のパンフレットから抜き出したもので、あとから出されたものはすべて遠くから望遠レンズを使って撮影されたスナップショットだった。一緒にみていた鳥井もうなずいた。

「牧山伸行。二十九才です」

 これがアリバイ崩しに使える初めての証言だった。鳥井はまだ調書に名前を記したり法廷で証言したりはできない身の上だった。

「桜木さん。ご協力に心からお礼を申し上げます」

 佐野は陽子に向かって頭を下げた。

「それから、申し上げにくいのですが」

 佐野は本当にいいにくそうだった。

「今日は伊能さんをわれわれに貸していただきたいのです」

「まあ、お貸しするなんて。とんでもないことですわ。でも承知しました。それでは、わたしはこれで失礼いたします」

 陽子は迷わず明るくそう答えた。本心としては伊能と一緒にこれから先の会話にも加わりたかったのだが、そうはいえない。恐らく捜査の核心に至る話なのだろう。


「伊能さん、赤坂見附ですれちがった人間がこの写真の中にいますか」

 陽子を見送った伊能がもどってくると秦が聞いた。

「これだとちょっと自信がもてませんね。変装もしてましたし。動きがあるとわかるんですが」

「劇団に行って本人をみればわかりますか」

「そりゃ、秦君、無理だろう。無理ですよねえ」

 近藤は伊能にいった。同情的にそういったのだ。しかし伊能は、

「それならわかると思います。四人ほどは」と、こともなげにいい、

「ただ・・・」と困った顔になった。

 佐野がすぐにいった。

「わかってます。遠山との約束はわたしどもも承知しております。それでお忙しいところを本当に恐縮なのですが、一緒に公演に行っていただけませんか。もちろん観客としてです。明日が初日なんです」

 ふたりが承知した旨を述べると、佐野が、「あっまずいな」と顔をしかめた。

「おふたりは演劇はよくみますか」

「子どものころはみたのですが、大人になってからは全然です」

 鳥井が答えた。伊能も、いえと小声でいった。

「秦さんは」

「わたしもさっぱりです」

「秦さんもですか。有田は聞くまでもないな。しかしわれわれも捜査に追われているとはいえ日頃からもう少し芸術に親しんでおくべきだな。観劇などどういう身なりでどういう顔をして椅子に座るのか。どの辺りの席が上席なのか。はたまた予約なしでも入れるものか。あ、近藤さんに聞いてませんでしたね」

「いいですよ俺には。有田と同じですから」

 近藤は憮然とした顔で答えた。伊能と鳥井についての疑問が未だにそのままであるという不満がその表情には籠められていた。しかし、これは佐野の心配するとおりである。劇団ぐるみの犯行なら表のチラシ配りから切符売りまでみんながぴりぴりと警戒しているはずだった。

「あ、いたいた。いますよ」

 ふくれっ面だった近藤だが急に体を起こしていった。

「うちの副署長だ。意外でしょうが大の演劇ファンですよ。アルテナも知ってましたから」

「ほう。佐伯さんが。それじゃ、わたしがご挨拶旁々聞いてこよう。榊、たのむ」

 榊が副署長の在室と都合を確かめると、佐野はすぐに出ていった。その姿が消えると近藤はすぐに、「ちょっとちょっと」といって秦を部屋の隅に連れて行った。

「秦君、あんたも参事官も本気なのかい」

「ええ」

「信じられねえな」

 近藤は疑わしそうに呟いた。

「あのふたりはどういう人達なの。何日か前にホームで擦れ違ったというだけの人間の顔を後になってどうして思い出せるんだ。いや、それをいうならばだ。そもそも」

 近藤がそういったとき若い婦人警察官が近寄ってきた。

「近藤課長。失礼します。報道陣との会見を早く済ませたいのだがなあ、と署長がいっております」

 近藤は秦との会話の腰を折られ不機嫌そうに顔をしかめた。秦はさりげなくそこを離れた。

「いつも、こうだ」

 近藤はそういいながらも、

「はいよ。佐野参事官が今、副署長のところに行ってるから、もどり次第やりたいのだがなあ、といってくれ」と、仏頂面のままでいった。


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