遠山史郎に吉報
土曜日、午前十一時。赤坂署・捜査本部室に硬い表情をした七人がいた。
遠山と笹本一課長の巡回視察を受けた佐野、秦、近藤、有田、榊の面々である。笹本は次を回るといい遠山を置いて早々に去っていた。
「まだ決め手がないのか。あのカードの件がいつ何時、団員の耳に達するかわからんのだぞ」
「いいわけするつもりはありませんが、芸能系マスコミのマークがきつすぎて限られた動きしか取れません。稽古場周辺での聞き込みにもう少し時間が欲しいのです」
アルテナ秘密捜査班は近所のオフィスに勤めるセールスマンなどを装って早朝から付近の飲食店や店舗での聞き込を続けていた。
掴みたかった証言のひとつは、事件の当日熱心な常連ファンなどが訪れて稽古を見せて欲しいと頼んだのだが中には入れてくれなかった、という類のもので、すぐに無理だとわかった。カメラマンの岩藤などによれば、自分は全くの例外で、山崎は以前から関係者以外は決して稽古場には入れないと頑ななまでにそうしたという。
ふたつ目はもっと直接的で、その時間内に稽古場を抜け出した団員を目撃した人物を見つけることだった。これは三人ほど現れた。六時半ころから七時半までの間に裏口から出てきた人物をみかけたというのである。しかし残念ながらそれが誰かを特定できるほどには見ていないし、あるいはすぐにもどったのかもしれない。暗かったことと目撃者がみな演劇に関心がなく、団員の顔だって山崎以外は知らないというのだから無理もなかった。
「もはや正面突破しかないかと考えているところです」
「それにしても確かなネタがひとつは要るだろう」
「それはそうなんですが・・・」
遠山も腕を組んだ。
「部長。伊能さんから電話が来るような気がしませんか」
秦が突然そういった。
遠山は苦笑した。
「まさか」
「しかし、部長。二度あることは三度あるといいますよ。今日、部長がおいでになったのを見てふとそんな気がしたんです」
遠山にとっての二度というのは、最初の仙台での事件と一年前の杉ビル事件でのことである。奇しきことながらいずれも遠山が苦境にいる時に伊能から電話が来たのだった。
「秦君、今日は君らの尻叩きに来たのであって、伊能君からの電話を受けにきたのじゃない」
「秦さん。三度目のカードは既にヒトマロの件で切られてしまったのじゃないですか。あれでだいぶ手間が省けたんですから」
有田が遠慮がちに口を出した。
「おお、そういえば、あの男はなぜ伊能君にあんなことを告げたのかな。それだけのことか? 有田、どう?」
遠山が有田にたずねた。
「いやあ、それが伊能さんに聞いてもなんだかはっきりしないんですよ。もじもじ、もごもごして・・・ああいう伊能さん、私は初めてみましたよ。超能力者の恥らいですかね」
「有田が乙なことをいう」
遠山はそういったが、
なんとなくわかるような・・・。
伊能を知る四人の目はそういっていた。
しかし、近藤はそうはいかない。
「またその名前が出ましたな。どういう人なの。なあ有田、有ちゃんよ。今超能力者といったろう。え?」
近藤がたまらず有田に質問した。そして伊能と鳥井に対する質問はこれで何度目になるんだろうと思った。榊も不思議そうな表情で聞いている。
有田は頭をぱしんと叩いた。一味?の大ボスである遠山がいることに油断して、近藤の存在をつい忘れていた。
遠山はくるりと椅子を回して聞こえなかったふりをしてしまった。
あ、部長、ずるい!
「伊能さんというのはですね」
しかたなく佐野が口を開きかけたその時、コールフラッシュが明滅した。
ほれ、すぐこれだ。
近藤はふんと鼻を鳴らした。
「はい。捜査本部」
秦がちらりと遠山の顔を見ながら受話器を取り上げた。
「おやまあ、伊能さん。秦です」
なに?! 遠山は慌てたように向きをもどした。
「いえいえ、とんでもないです。この上なく魅力的な方を置いていっていただいて。楽しかったですよ。・・・ええ、遠山も佐野もここにおります。代わりましょうか」
伊能は秦でいいといったようで、そのまま電話に聞き入った。あの伊能が儀礼的な挨拶などのために捜査本部に電話を掛けてくるわけがない。
遠山も佐野も、近藤から逃れて部屋の端の給茶器に行きかけた有田も立ち止まって、秦の様子をみていた。近藤だけはつまらなそうに頬杖をついている。
秦は短い相槌を打ちながらメモを走らせている。
「伊能さん、ありがとうございます。つきましては折角お友達とご一緒のところを真に申し訳ないのですが、こちらにお出でいただくわけにはいきませんでしょうか。ええ桜木さんも、出来れば鳥井さんもです・・・はい。恐れ入ります。昼食はこちらで極上のものを出させていただきますから」
長い電話が終わると待ちかねたように遠山が聞いた。その時にはだれの顔も綻んでいた。吉報にまちがいないのだ。
「秦君。伊能君はなんと」
「山崎のアリバイが崩れました」
「ほう。でもどうして伊能君が」
「それですが」
秦は近藤をちらりとみた。
「あ、そうかい。こちらに来てもらえばわかるということね」
近藤が面白くなさそうな顔でそういった。




