舞台役者
京橋の画廊で、『杉ビル画像原画展』と銘うった鳥井の個展が開かれていた。写真家が撮影したビルの映像と鳥井の原画が並べて展示されているのだが、杉電器を大広告主とする新聞各紙が取り上げたこともあってかなりの賑わいである。
訪れた関係者と作品について話し合っている鳥井のもとに画廊の店員がやってきた。
「先生。桜木さんという方が見えてますが」
「そうですか。ちょっと失礼します」
鳥井は相手に断りをいい、受付に行った。
「おや、プリンセス・チェリー」
暫くの間、あまり出歩かないようにとは伊能にはいわれてないようである。もっとも、かえって不安にさせることもあるだろう。
「いやですわ。プリンセスだなんて。今日は祖父でなくてすみません」
「いえいえ。そんなことはありませんよ。でも、聞いてませんか。お父上から」
「なにをでしょう」
「今度の新車の発表では陽子さんをイメージガールにするんだって」
「あら、まだそんなことをいってるのですか。父は会社を潰したがっているのかしら」
「そんなことはない、いいと思いますがねえ。陽子さんもモデル代をしっかりいただけばいいんです」
「でも。だめです。絶対にだめです」
鳥井は苦笑した。
そういう騒がれる人になってしまったら、伊能には絶対に近づけなくなるというのを,この人は知ったようだ。
「そうですかね。でも陽子さん。いいカン」
「は?」
鳥井はにやりと笑うと、体を寄せて秘密めかしく囁いた。
「もうすぐ伊能が来ます。一緒に食事をしましょう」
「あら」
陽子の顔は正直である。陽が当たったように明るくなった。
「主任がこられるのは私、ちっとも知りませんでしたのよ」
「ええ、そうでしょうとも」
待つ間もなく伊能がやってきた。ダークグレイのコートを手に持ち、黒いセータに褐色のウールのジャケットを身につけていた。陽子にとっては初めて見る伊能のカジュアルな装いである。
(まあ、すてき)
伊能はひとりではなく、すぐうしろに伊能と同じほどの長身の男とその連れらしい女性がいた。
「よくきてくれた」
「盛況のようだね」
伊能はそういい、それから後ろを振り返りながら、
「覚えているだろう?」といった。
「あ、センターの」
鳥井はすぐに応じた。十五年も昔のことながら鳥井の目はたしかである。もっとも松下の長身と伊能の連れというデータがあれば鳥井ならずとも思い出すのは、そう難しいことではない。
「そうだ。松下だ。鴨原のところにいく予定だといったら、俺も会いたいというのでこうやって一緒に寄らせてもらった。うしろは松下の奥さんだ」
松下はいかにも俳優らしい雰囲気をもっていた。大袈裟ともいえる身振りも板についている。
「ああこの顔だ。懐かしいなあ。鴨原君、あ、今は鳥井君か、久しぶりです。僕を覚えていてくれたとは光栄の至りですよ」
いやいや負かされたのはうちなんだから、と鳥井は手をふり、ま、取り敢えずこっちでコーヒーでもといいながらも、じっと夫妻をみつめている。
「松下さん。会う早々にえらく唐突なことを聞きますが」
鳥井の表情は真剣だった。
「なんでしょう。遠慮無くどうぞ」
「どういうお仕事です。いま」
「俳優です。劇団五節句に所属してます。家内もです」
鳥井は、ああ、とうなずきながら伊能をみた。
「ちょっといいか」
鳥井は伊能だけと話をしたいようだった。
「松下、すまん」
「すみません。すぐに済みますから、ちょっと伊能を借ります。いえ、あなたのことじゃなくて、ちょっと別のことで思い出したことがあるものですから」
伊能には鳥井のいいたいことがわかったらしい。自分も松下夫妻をちょっと眺めると、鳥井のあとについて奥に消えた。
「どうしたのかな。亮一まで連れて行かれたが」
「すみません」
陽子が謝った。
「私は伊能さんの会社の部下で桜木陽子と申します。鳥井先生とはそのご縁でお知り合いにさせていただきました」
「ほう、亮一の」
松下夫妻は陽子の美貌に関心を移した。
亮一・・・素敵だわ。わたしもそう呼んでみようかしら。




