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暗闘・プリンセスチェリー  作者: 伊藤むねお
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伊能病

 駅前の居酒屋・・・


「しかし、あれですね」

 恵比寿は大好物だというイカの塩辛を口に入れながらいった。周りのテーブルは酔客で埋まっている。

「お嬢もすっかり患ってしまいましたねえ。なりふりかまわずだもの」

「伊能病だな。それも重症だ」

 千崎が同意した。この一年ばかりの間に頭髪と額の境界線が五ミリほど後退した額が照り始めている。

「主任って、そんなにもてるんですか」

 筒井の顔も顎も頬も満遍なく艶をおびてきている。目の前の最初のグラスがようやく片づきそうだというのに。アルコールに弱い質らしい。

「もててもおかしくないやろ。カッコええやん。男らしい顔だちにあの長身だ。八十七、八はあるな。歩き方がええやん。颯爽と、というのはああいう歩き方をいうんやろな」

「でも愛想がないですよ。僕はまだ主任の笑った顔を一度もみてませんよ」

「そうかい? 一年に一回くらいは笑うよ。でもな、親切だとはお世辞にもいえないけど、あの人、不親切なことや意地の悪いことは絶対にせえへんで」

「それはいえてます。おい、おまえ、お代わりって、大丈夫か」

「恵比寿さんには負けませんよ」

「そうかい。じゃあ」

 恵比寿は通りかかった店の男に指を二本立てると、千崎も指を一本追加した。


「桜木君の場合は、これまで周りに群がっていた男どもの落差やろな。ああいう人は多分というよりは絶対にいなかったはずや。彼女にとっちゃ、ぱっと目の前にカリブの海が現れたほど新鮮だったのやろ」

「でしょうね。お嬢の歓迎会の日のこと覚えてますか。『今日はわざわざ私のためにすみません』なんてお嬢がにっこりと主任に挨拶したら、『僕は行きません』。それだけ。あとはうんもすんもなし。普通、悪いが先約が有ってくらいはいうもんでしょ」

「あれは伊能さんの善意や。始めにそれ見せておけば、あとで裏切られたのなんのとがなくてええやろ。それにちゃんと会費は一番先にすぱっと出すし、欠席お詫び料の割り増しももらってる」

「ああいう人を他に探すのは、常温の超伝導物質を発見するよりも難しいかもしれませんね」

「恵比寿さんにはどのみち無理、あイテッ!」

 恵比寿がテーブルの下で筒井の脚を踏みつけた。

「あああ、新しい靴なのにひどいなあ。・・・主任は独身なんでしょう。女にはなにも感じないという人ですか」

 筒井がネクタイの結びをぐいと緩めながら聞いた。弱くはあっても酒は好きなようである。

 いや。千崎は首を振るとまたコップを煽った。

「そんなことはないやろ。健康優良児やん? それも超がみっつくらい付く。あれだけ仕事に打ち込んでも疲れましたとか体調を崩しましたというのを聞かん。せやろ?」

「外じゃどうなんでしょう。恵比寿さん。これ、ちょっといいですか。旨そうー」

 筒井が恵比寿の塩辛に箸を伸ばしながら聞いた。

「いいよ。靴の分だ。旨いよここのは。外って会社の外か? どうなんでしょうね、先輩」

「知らん」

 千崎は何かを思い出す顔になった。

「学校の時からああだったらしい。外でのつき合いは一切ナシだったようだ」

「でも、住んでいるところも秘密というわけじゃないんでしょう」

「まさか。れっきとした主任研究員がそういうこと許されるわけないやろ。大平台団地だよ」

「誰かいるんですかね」

 恵比寿が小指を上げた。

「どうかな。少なくても今はいないような気がするがなあ・・・それよりも、あのな」


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