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暗闘・プリンセスチェリー  作者: 伊藤むねお
34/65

容疑者

 リストの中に鎌田がいた。

 彼もまた乗り合わせていた高校生のひとりだった。鎌田は山崎の家にはよく来ており被害者とも親しかった。家人の証言とはいっても一家でずっとテレビをみていたり、一緒にいたのが複数人数でかつ巧妙な嘘をいえない幼い妹や弟であったりした者は、刑事の対面心証から順次外されていき、そして鎌田が残った。

 不運なことに鎌田は殺害事件の当夜は風邪のために早めに床に入っていた。従って母親もずっと彼の枕元にいたわけではないから、こっそりと抜け出ていた可能性があると考えたのである。

「あいにくと夜半から小雨が降りだしたために足形や臭いもなく、目撃者もなし、指紋、遺留品もなしという、ないないずくしで捜査はかなり難航したようです」

 そりゃ頭が痛いわな、と近藤が顎を撫でながら相槌を入れた。

「ですが、物的証拠がないというのは実は厳密にはちがいまして、これが鎌田には拙いことになりました」

 事件から数日後、山崎家から被害者が愛用していた金鎖のネックレスが見あたらないと申し立てがあった。被害者が所持してなく現場にも見あたらなかったことから、殺害者が持ち去ったものと考えられたのである。

「ですから、仮に犯人が捨てずに身近に持っているのが発見されれば、それこそが有力な物的証拠となるわけで、捜査員を総動員して川浚いもやったそうです」

「へええ、寒い季節にしんどかったろうな。しかしだよ」

 近藤は同情しつつも首を傾げた。

「それが川底から出たところで犯人を割り出す手掛かりになるのかね。どういう物かわからんが指紋などは無理だろう?」

「そうなんですよ」

「ということは、川には捨てられなかったというのを証明するためにやったということだ。俺にも経験があるが、出てこないことを祈りながら浚うというのはツライものだ。正直熱も入らん」

 手を抜いたのでは、とは誰も口には出さなかったが、どうしても消極的な作業になるのは避けられないだろう。そもそも〈無い〉という証明は無理なのだ。

「で、出なかったのか」

「はい。出ませんでした」

 やっぱりな。誰かが小声でいった。

「そうか。それじゃまあ勢いづいて片っ端から家宅捜索などもやったわけだ」

「それなんですが、じつはネックレスは被害者が愛用していたとはいいましたが、いつでも身につけているわけではなく、友人には、大事な人と会うときだけつける、と言ったというのです。それで」

「大事な人というのは鎌田じゃないかと」と近藤。

「そうなんです。そう周囲の声があって鎌田の家には、警察犬まで入れて縁の下から庭まで嗅ぎ回ったそうです」と木島。

「へえええ。そいつはまた・・・いやあー昔だなあ・・・」

 近藤がぶるっと太い首を振った。

 しかし、当局の期待するものはなにも出ず結局鎌田の罪は立証されなかった。日頃から真面目で篤実な性格だという周囲の証言は、取り調べに当たった刑事たちにも納得のいくものがあり、アリバイが不完全だというだけでは立件はとうてい不可能だった。

 行き過ぎた警察の捜査を非難して一家に同情する声も小さくなかったのだが、狭い町ということもあって鎌田家はまもなく静岡市に引っ越してしまったという。


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