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暗闘・プリンセスチェリー  作者: 伊藤むねお
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積年の疑惑

 焼津北署に派遣された木島、田中の両刑事がもどってきた。

 木島は、佐野の前に関係者からもらった名刺を五枚ほどならべ、自分の手帳を開いた。

「焼津署で塩津さんと会いました。県警本部から飯山刑事係長がきてくれておりまして、その立ち会いのもとに話を聞き、当時の資料もみせてもらいました。以下、かいつまんで報告します」


 山崎栄介、本名山崎栄悟は高校一年で演劇部を創設した根っからの演劇少年だった。一方の鎌田の方は学年きっての秀才で、ふたりは家も近かったこともあって小学校時代から仲が良かった。

 塩津元刑事のいう事件が起きたのは二十二年前である。山崎のふたつ年下の妹(当時高校一年生)が何者かに殺害され、鎌田が被疑者として警察から取り調べを受けるという出来事があった。

 山崎の妹、杏子は自宅近くの瀬戸川の河原で死んでいるところを、前夜帰宅しなかったのを案じた父親によって翌日早朝に発見された。死因は頭部へ加えられた打撃で、遺体の近くで発見されたメロン大の川原石が凶器と断定された。衣服は乱れていたが性的乱暴の形跡はなく、死亡時刻は前夜の九時から十一時の間と推定され、現場がその時刻にはまったく人影のない場所であることから、被害者と顔見知りの犯行であると推察された。

「もうひとつ。この事件の半月ほど前に、この殺人事件と関わりがあとみられたもうひとつの事件が起きておりました。通学電車の中で、その妹が地元の暴力団系の男八人に乱暴されました。大人っぽい美少女だったことが連中に悪い了見を起こさせたようです。刃物で脅かされ着衣が切り裂かれ下着姿にさせられたのだそうで軽傷でしたが負傷もしました。この連中はその日のうちに山崎家と被害者本人からの訴えがあり、二、三日の内には全員が逮捕されました」

 おりゃあ。

 近藤がたまげたような声をだした。周囲で聞いていた刑事たちも一様に顔を見合わせた。電車の中での犯行と頭部への打撃なら、今自分たちが追いかけているヤマの二大キーワードではないか。

「前の事件では困った問題が残りました」

 このとき同じ車両の中には大人の他に同じ学校に通う生徒が大勢いた。しかしみな恐ろしさのあまり誰ひとりとして制止することができなかった。

「これはかなりシコリとなったようです」

「それで」

 佐野が先を促した。

「はい。殺人事件後ただちに焼津北署に特別捜査本部が立ち、捜査員はまずその暴力団関係の男たちを厳しく調べました。警察に訴え出たことへの仕返しかと考えたのです」

「なるほどな」

 近藤が野太い声で相槌をうった。しかし皮肉なことに主だった連中には警察に拘留中だったという完璧なアリバイがあった。説諭だけで放免された男もいたが、彼らには人の命を奪うほどの度胸もなく、そもそも、そういう男どもでは被害者とその時刻にその場所でふたりだけで会うという状況が作れない。不完全ながらアリバイもあった。

 次に捜査本部はその時に車内で傍観していた高校生たちに疑いの目を転じた。つまり被害者の方から呼び出して勇気のなさを詰った、あるいはその時のことで許しを請うために加害者が被害者を呼び出した、などを考えたのです。それにはどちらにしろ被害者とは日頃から親しかった者でなくてはならない。

 警察は被害者と親しいとされる高校生やOBなどをしらみつぶしに当たったが、アリバイ調べは難航した。時刻が時刻であるだけに当時の町では殆どの者がその時間帯には家におり、家人の証言以外の証言者がいるものが少なかった。しかし少年法がどうのと昨今のようにうるさくなかった時代でもあったから、警察は相当強引な取り調べをやったようである。


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