鋭い目
「参事官、この前、現場で居合わせましたが、あのとき連れの方がいましたでしょ。ひとりはえらい別嬪さんでしたが」
「ええ。青山での食事会の流れでしたが」
「傍に背の高い男がいましたが、あの人もそうですか」
「そうです。それがなにか」
「お知り合いにこういってはナンですがえらく目の鋭い人でしたな。ただ者じゃないと見ました。警察の人ですか」
「いえ。ちがいます。しかしそんなに鋭い目をしてましたか」
「ええ。誰かの後姿をじっと睨むように見てましたよ」
「参事官、鳥井さんに聞いてみましょうか。あの人らしいカンの鋭さで、なにか気になるものを見たのかもしれません」
秦が申し出た。
「秦さん、頼みます」
「はい」
秦は電話のそばに行き、手帳も見ずにボタンを押した。その間に有田がいった。
「参事官。鳥井さんで思い出したのですが、ヒトマロが保釈で出てますよ」
「え。あの野郎が」
佐野にしては荒い口調でいった。
ヒトマロは杉ビル事件で逮捕された男のひとりだった。しかし凶悪事への関与は徹底的に否認し、銃刀法違反のみを認めて拘置所を出た。鳥井同様、事件を隠蔽する必要があったことが幸いだった。
「なんだい、ヒトマロというのは。洒落た名前だがな」
近藤が有田に聞いた。
「本名は柿本麻呂次。表は公認会計士ですが裏は犯罪スペシャリストの斡旋屋です。育成というと綺麗すぎますがそれもやってます。その世界ではビッグネームですよ」
「へえ。いるのかやっぱり、そういう仕出し屋が」
「参事官。鳥井さんと伊能さんには教えておいた方がいいですね」
「そうだな。特に伊能さんには痛い目に遭っているからな」
「鳥井さんは、ちょっと複雑ですね」
「そうだな」
佐野は考える顔になった。鳥井の愛人を扼殺し鳥井に死の淵を歩ませた男は逮捕された。しかし佐野はその男の動機が殺人には不十分とみて、鳥井のライバルであったヒトマロの差し金ではないかとみた。事件の流れからもそうみるのが自然だった。しかし殺害犯は頑なに単独犯行を主張していた。よほどの金を得たか報復が怖いのだろう、と佐野はみている。
「鳥井さんの方が逆に報復にでませんか」
「そういうことはないと思うが、ここは後見人の秦さん次第だな」
「有田君。あの人、鳥井というのかい。どういう男だい?」
近藤が有田の袖を引っ張りながら聞いた。鋭い目がよほど印象に残ったようである。
「え・・・はあ・・・」
有田は口ごもって佐野を見た。その時、秦がもどってきた。
「近藤さんの言われるとおりでした。参事官、あのとき誰か桜木さんの腕をいきなり掴んだ男がいたそうですね」
「あ、いましたね。人違いだといってたようだが」
「それが、鳥井さんの観察によればちょっとおかしいというんです」
「ほう、なになに、どうだって?」
近藤も興味を引かれたようである。
鳥井の言うところはこうだった。たまたま知人を見掛けても、いきなり腕を掴んだりは普通しないのではないか。例えそれが妻や恋人ほどの親しい間柄であってもである。こんなところでどうしたのだろう、と不思議に思って先ず本人かどうかを確かめるはずだ。
「それはそうだ。余程のおっちょこちょいじゃなければな。しかしだよ。待ち合わせの約束をしていて、その場所がたまたまあの辺りだったら、そういうこともあるだろう」
近藤が反問した。
「はい。それについてはこう言ってました」
そういうケースなら、人違いだとわかったら本人の姿を改めてその周辺を探すはずだ。それなのにあの男は違うとわかると驚きはしたが、そのまま足早に立ち去ってしまった。
「そりゃまあ、そうだな」
「参事官は傍におられたのでしょう。どうです」
秦がそういうと、佐野は頭に手をやった。
「参ったなこれは。場所が場所だけにこれはなにかあるかも」
「鳥井さんはこうもいってました。その男はある特殊な職業に就いている、でなければ訓練を受けているというんです」
「ほう? どんなです」
「それが思いつかない、と悩んでいるというんです」
「へええ。その鳥井さんというのはどういう人なの。えらい眼力のある人だな。ねえ、秦君、どういう人だい?」
近藤は今度は秦に聞いた。佐野が質問を引き取った。
「版画家です。秦さんは彼が学生の時からのファンなんです」
このことに嘘はないが、その前職についてはいかに親交がある近藤といえども話せることではない。
「版画家ですか。へえ」
近藤は釈然としない様子だった。
「秦さん。ヒトマロが保釈で出たそうです。伊能さんにはどうしますか」
「あ、もう伝えました。いけませんでしたか」
秦は頭を掻きながらそういった。
「いえ、秦さんの判断でよろしいのです。有田。害者とヒトマロの関係を一応は洗ってみたいのだがどうだ」
「はい。私もそれを進言しようと思ってました」
「そうか。それじゃ、有田、頼む」
伊能さんって誰です? と近藤が聞き返そうとしたとき、若い制服の警察官がやってきて佐野に一礼をした。近藤は面白くないようだった。
「失礼します。佐野参事官。署長がそろそろ記者会見を始めたいといっております」
「多いか」
「はい。山崎栄介とのからみのせいか芸能関係も混じって」
「そうか。遠山部長と一課長は」
「うちの署長と佐野参事官にお任せしたい、と電話があったそうです」
「わかった。十一時丁度でいかがかと申し上げてくれ。山崎については塩津情報が質問で出るかもしれないが、そこは今は濁しておこう。近藤さん、同席願います」




