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暗闘・プリンセスチェリー  作者: 伊藤むねお
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新たな情報

 佐野は秦と近藤のふたりの補佐の顔をみたが、ふたりは参事官の判断でどうぞ、と表情と仕草で返した。

「凶器の特定はそれ以上の追求は一時中止とする。以後は害者について訴訟および法改正運動に関する利害の対立と遺恨を含めたセンの洗い出し、及び有楽町線の先頭電車に乗る間の害者を見たという者を探すことに捜査の重点を置く。携帯電話が紛失しているのは加害者が奪ったものとみてまちがいないだろう。あるいは加害者に都合の悪いメールがありそれを消去するためだったかもしれない。プロバイダに対して使用経歴などの提出を求めてくれ」

 佐野はそこで間を置いた。

「さて、肝心な殺害現場の特定だが殺害推定時刻および溝口の報告を総合すれば、広く見ても法律事務所から銀座一丁目駅までの路上および同駅から永田町駅までの駅構内、電車の中のいずれかと考えていい。さらにいえば途中下車しては時間が合わなくなる。従って車両の中で殺害されたとするのが時間的には最もつじつまが合うということになる。そこで、それらの駅の駅員やキオスク店員、中吊り広告の張替員、これはあの時刻では望み薄だろうが、それらの人々に徹底した聞き込みをかけること。篠原、榊は乗車張り込みを継続。村木班はそのサポート。自分が犯人であればどうするか。どうすればあのような犯行が可能か。犯人の立場になって、先入観を排除して考えること」

 榊が、はい、と場違いなほどに元気なソプラノで返事をし、会議室に少し笑いがもれた。

「尚、凶器となった鞄だが。榊、ちょっと前にきてくれ。犯人が持っていたとみられる鞄を鑑識に用意してもらった。十二キロあり相当に重い。歩行時にどうなるかをみて欲しい。有田と榊、手に持って少し歩いてみせてくれ」

 最前列の席にいた有田が立ち上がり、それを手に持って前を歩いて見せた。次に榊が同様の動作をした。後ろの席の刑事は一斉に立ち上がってその様子を見守った。

「ご覧のとおりだ。榊も女性としては力が有る方だと思うが、明らかに重い荷物を持って歩いているという感じになってしまう。だが有田が持てばそう不自然にはみえない。頭部に加えた打撃の強さを考えれば有田に近い体力が有るとみた方がいい。それ以上の、というのはちょっと考えにくい」

 佐野の珍しい軽口に笑いが起きた。

「ただし、体力のないものであっても共犯との分割携帯が可能だ。また使用後は分解し途中で遺棄することもできる。木村班はこのことも頭に入れて駅員やキオスク店員、駅据え付けのゴミ箱を清掃する業者から情報を収集して欲しい。鞄の重量は頭部に加えられた衝撃から割り出したということだが、加害者の腕力が常識程度の力であることを前提としている。したがって筋力をつけ練習を積んだ者ならばもう少し軽いものでも害者の頸椎に致命傷を与えることは可能だということだ。従って、重量だけをいえば水銀や砂鉄あるいは水を含ませた砂などでもできた。他にも方法があるかもしれない。柔軟に考えて欲しい」

「了解しました」

 木村が答えた。

「次に、寄せられた目撃証言の分析結果。森下」

 森下はキャリアで二十代だがすでに警部補である。五つのバインダーをかざしていった。

「寄せられた総数は今朝八時現在で百三十五通です。うち乗客からのものが八十五通、残りはホームや街で害者らしい人間をみかけたという証言です。しかし、百三十五通の中で当該車両の中央部にいたというものはゼロです。結果は捜査本部データベースに入力済みですのでそちらでも照会できます」

 会議室がざわついた。意外な結果である。

「静粛!」

 佐野が鋭い声で制した。

「森下。引き続き目撃情報の受理と整理をたのむ。いうまでもないが提供者には丁重に応対すること」

「承知しております」

「四万十。君の斑は森下の整理した情報を分析し、これはというものを個々に面談して詳細を聞いてくれ。先頭車両中央部にはいなくても、そこにいた人間を記憶している二次的な目撃者がいないかを特にたのむ」

「了解」

「近藤さん、秦さん、何か他にありますか」

 佐野がそういってふたりの補佐をみた。

「参事官。失礼します」


 そのとき、そう叫びながら紙片を片手にした若い署員が佐野のもとに走り寄ってきた。広い会議室が静まりかえった。佐野はメモを読み、持参した署員と少し会話をかわすと改まった表情で次のようにのべた。

「たった今、静岡市の塩津政男、六十七歳という人物から本部宛てに電話の通報があった。塩津氏は元、静岡県焼津北署の刑事で目下は静岡市内の民間会社で警備の仕事に就いておられる。塩津氏は報道で鎌田の災禍を知り、二十年ほど前に鎌田と山崎のふたりに関わる事件があったことを思いだし、その情報を寄せてくれた」

 会議室が大きくどよめいた。

「捜査本部は直ちに担当者を焼津北署に派遣する。木島、田中、いいな?」

「はい」

 名前を呼ばれた両刑事が起立した。

「では頼む。塩津情報は芸能紙などが先に掘り出して報道するかもしれないが、本部から捜査員が出張調査するということは当分外部には出さないこと。諸君には木島、田中がもどり次第報告をする。以上だ」


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