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暗闘・プリンセスチェリー  作者: 伊藤むねお
23/65

目撃証言①

 死体の身元は携帯していた鞄のなかの資料などからすぐに判明した。

 鎌田時彦。男性。四十才。職業、弁護士。


 監察医の所見及び報告は次のとおりである。

 =死因。

 死亡推定時刻は二十時から二十時半の間。被害者は頭部頂上にほぼ垂直に強い打撃をうけ、頭頂が広く陥没し脳及び頸椎に損傷を受けて死亡した。頸椎突出による延髄の損傷が致命傷であったと診断される。頭部を打った凶器は十キロ前後の固い重量物。打撃面の精査の結果、頭部を撃った物質は黒い牛革であることが判明した。小さな角のある金属によるとみられる傷があったことから鞄であると推定される。それらを踏まえると、加害者は鉄塊などの固い重量物を牛革製の鞄に入れ、網棚から下ろした勢いのままで座席に座っていた被害者の頭頂部を強打したものと考えられる。そのために要する腕力と角度を計り加害者は成人男子以上の身長と体力を備えた者と考えるのが妥当と思量する。しかし、一方でその手段では加害者の腕力などによっては確実に殺害しうるとは言い難く、またその一撃以外には外傷がなかったことから、加害者に殺害方法に限って言えば死に至らしめる確実な意思があったとは必ずしもいい難い。

 =所持品。

 所持品は別紙Aのとおりである。携帯品と思われる残留品は被害者所有の革鞄のみであり、その内部にあった資料などは別紙Bのとおりである。

 =遺留品。

 特筆すべきものはなし。死体発見現場近くの窓、手すり、吊革、網棚から検出された指紋は別紙Cのとおり多数であり、現在照合中である。(以下、省略)


 =現場付近に居合わせた人々の証言。

[証言1](東京メトロ有楽町線・当該電車A0360号運転士、三十八才、男性)

 新木場駅始発・志木行き〇三六〇号の運転乗務員です。新木場は定刻二〇〇四に発車し、永田町にも定刻二〇二六に入線しました。事件は同駅で駅ホーム係から知らされて初めて知りました。異常なことにはなにも気がつきませんでした。

 ・質問(篠原)非常ベルなどは鳴らなかったのですか。

 鳴っておりません。

 ・質問(同右)走行中にいつもと異なる指示信号は来ませんでしたか。つまり速度を緩めざるを得なかったとかですが。

 いえ、ありません。

 ・質問(同右)電車というのは、乗客の人数、つまり総重量に応じてプレーキの効き方とか加速が異なるのではないですか。そのあたりでなにかいつもと違うことはなかったでしょか?

 A形は重量によって自動的に加速制動が調節されるようになってますので、そのせいもあってそれは特に感じませんでした。

 ・質問(同右)車掌の方、あるいは各駅のホーム担当の方といつもと異なったことを話されませんでしたか。

 いつもとですか? いえ、ないです。


[証言2](当該電車車掌、二十八才、男性)。

 運転士とまったく同じです。事件を知った経緯も同じです。永田町駅に停車して開扉し、ホームのモニターで前部車両からの乗客の降車をみておりました。同駅ではホームが右に湾曲している関係で、前部はテレビモニターで確認するようになっています。私が見た限りでは、誰かが急いでおりたとか逃げたとかいうような光景はありませんでした。ごく普通に乗客の降車が終わり、続いて乗車が始まりましたが直ぐに数人の乗客が戻るように慌ただしく出てきました。なにか車内に異常があったのかと思い、モニターを監視しておりましたが、すぐに駅係員が走ってきて事件を知らせてくれて、それで初めて知りました。車内の緊急ブザーなどは鳴っておりません。

 ・質問(篠原)途中の駅で扉の開閉時に何か異常はありませんでしたか。つまり物が挟まって一度開け直したとかですが。

 それは、あったような気もしますが・・・どこの駅かですか? 銀座あたりかなあ・・・。でもそれは割としょっちゅうあることですし直ぐに閉まりましたから。


[証言3](永田町駅有楽町線係、助役、三十六才、男性、駅員として最初の発見者)。 

 私の当時の配置位置は池袋行き第一車両運転席近くです。停車、開扉して乗客がおりてきました。まったくいつものとおりです。慌てて降りてきたような人は少しも見受けられませんでした。ごく普通でした。モニターテレビの録画ですか。あれは運行用でして、犯罪監視用ではありませんので車内での録画はしてません。うちの会社ではどこの駅でもそのはずです。

 ・質問(篠原)団体客というようなものはみませんでしたか。

 団体客ですか? いえ、そうは見えませんでした。ごくごく普通にばらばらにぞろぞろとです。

 ・質問(同右)降りてきた人の中で覚えている人はいませんか。変わった服装や風采だとか、変わった荷物を持っていたとか。

 いえ、まったく覚えておりません。いつもそうですがひとりひとりのお客さんはみませんから。変わった格好をしているお客さん? いいえ、そういう人は尚更見ません。見ると嫌がられるのがおちですし、ときには絡まれたりしますから。あの電車では特に記憶に残る人はおりません。ごく普通のいつもの乗客と変わりない人たちだったと思います。人数もあの時刻では普通です。先頭車両は特に半蔵門線の乗り換え階段に一番近いのでいつも混むんです。やはり乗り継ぎを急がれるからでしょう。降りるお客さんが多ければ、座れる可能性も高いですから尚更混むんです。座れる座れないは大きいでしょう、遠くまで行かれる方などは特に。先頭車両からおりた人の数ですか? 五十人前後でしょうか。扉別にいえば、さっき申し上げたような理由で階段に近い最前部の扉がやはり一番多かったと思います。次がその二番目の扉ですね。大体ですが。

 ・質問(同右)最初に事件に気がついたのはどの時点で、どのようにしてですか。

 降車が終わり、ホームで待っていた人が乗車を始めて悲鳴が聞こえました。女性の声でした。続いてホームに出てきて、“人が倒れている”と言ったと思います。前から二番目の扉でした。私が中に入ってみると、進行方向に向かって左側の座席中央あたりに横に倒れた人がみえました。下に黒っぽい鞄が落ちてました。周囲には十人以上の乗客がまだいたと思います。みな椅子から立ち上がって倒れた人をこわごわとみつめていました。

 ・質問(戸田)その人は眠っているとか、泥酔して横になっているとは思わなかったのですか?

 女性の悲鳴がなければそう思ったかもしれません。なにしろすごい悲鳴でしたから、なんかただごとではないと思いました。近寄って見ますと、あの顔でしょう? 髪がびしゃりとつぶれて頭の角度がおかしくて鼻血が流れているのがみえました。ぞっとしました。

 ・質問(同右)被害者に触れましたか?

 はい。そばによって上になっていた肩のあたりを少し揺すってみましたが、少しも反応がありませんでした。鼻血がまた少し流れ出してきたのでびっくりしました。

 ・質問(同右)他に誰か被害者に触れている人をみませんでしたか。

 いえ、私は見てません。

 ・質問(篠原)それからのあなたの行動を教えてください。

 部下の駅員に車両を発車させないようにいいました。それから駅および司令部に事件を伝え、警察と救急車の手配をするように別の部下に指示しました。そして車内に残っている他のお客さんに全員降りてくれるように伝え、全員が降りたら扉を閉めるようにと別の部下に指示しました。私は他の駅員とともに車内に残りホーム側のブラインドをすべておろさせました。

 ・質問(同右)目撃者などの確保のために第一車両に乗っていた乗客を別の場所に案内するということはお考えになりませんでしたか。

 頭の形が変だとは思いましたが殺されたとまでは思いませんでした。蜘蛛膜下出血という言葉を咄嗟に思い出してしまったんです。正直のところ少々動転しておりました。申し訳ありません。

 ・質問(同右)ときに、悲鳴をあげた女性は、さきほどあなたがいわれた方にまちがいありませんね。

 正確には悲鳴をあげた瞬間はみておりませんが、その悲鳴とほとんど同時に転ぶように出てきて私に事件を告げたのは、まちがいなくあの方です。その声と流れから悲鳴はあの方があげたと判断したのです。そうじゃないのですか?

 ・質問(同右)いえ、念のためです。あなたが乗り込んだときの周囲の他の乗客について、覚えている限りのことを話してください。

 第十車両、つまり先頭車両ですが、およそ三十から四十人の方がまだ乗っていたように記憶しております。ほとんどの人は立ち上がってこっちの方を見てました。しかしまだ乗ってくるお客さんもいましたし、逆に悲鳴に驚いて降りようとしていたお客さんもおり数はまったく流動的です。殺された方の近くにいたお客さんの人相風体などは記憶にありません。申し訳ないのですが。

・質問(戸田)ということは、人相や服装に特徴のある方、あるいは挙動がおかしい人などはいなかったということでしょうか。どんな些細なことでも結構です。

 ええ、それがですね、これといった印象が残る人がいないんです。言われてみれば、ひとりやふたりは覚えていてもよさそうなものだとは思うのですが。



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