父と息子
伊能亮一の母親綾子は、バレーダンサーと突如として恋に陥って夫と息子を残して家を出た。亮一がまだ小学校四年生のときである。亮一の父親は驚いたが、とくには何の対抗手段も採らず、離婚届けに判を押した。父親の妹は、亮一からみて良子叔母さんは、”あの女いけ図々しく同じ市内で暮らしている”と怒った。
ともあれ、それから亮一は父親とふたりで暮らした。学問一筋で世事に疎い父親のために、亮一は小学四年からハウスキーパーとなった。炊事・掃除・洗濯という家事を黙々と行い、それまでも母の手伝いをよくしていたことが、というよりはこき使われていたと叔母は言うが、この際は幸いだった。
家事はなかなか多い。
亮一は、父からもらった手帳に、朝、その日の予定を書きこむ。一日が二十四時間であることはどんな魔法を使っても変えようがない。最小の時間と労力で処理が可能なプロセスを考えた。
新聞をざっと見る。わからないが、知りたくなったら父に聞く。父は短く分かりやすく答えてくれた。またチラシで店の特売情報も見てそれを手帳に書く。
新聞代は学校に行く途中、販売店があるからそこで払う。帰りは二時四十分くらいだから銀行がまだ間に合う。だから固定資産税を、当時意味はまったくわからなかったが支払う。そして角を曲がったところのスーパーで馬鈴薯と豚肉を買う。今日は肉の特売日だ。ルウはまだ冷蔵庫に半分残っているし福神漬けもまだある。先生に言われた絵具と筆は隣の文房具屋で買う。クリーニング屋に行くのは家に帰ってからでいいだろう。そうだ。お父さんのジャケットの染みがちゃんと落ちているかどうかをチェックだ。
このように一日の行動をプログラミングするのが亮一には面白くなった。どういう手順で処理するのが最も効果的か、それを考えるのがまた楽しい。
すると三ヶ月も経たない内に手帳は不要になった。頭の中に記帳できるようになったのである。朝立てた計画は校門を入るところでいっとき覆いをかけ、授業に集中する。そして放課後校門を出たらその覆いを取り除いて予定にしたがって働く。
そういう亮一に周囲は好奇の目を向けたが、本人は少しも意に介することはなかった。自分は父との生活に必要なことをしているのだ。子どもが家事をするのが悪いことなら、尊敬する父がそう言うはずだ。もっとも、車で十五分のところに住む叔母が頻繁にやってきて面倒をみてくれなければ、いかに息子の奮闘があっても早晩にして薄汚い男所帯に落ちぶれてしまっていた。伊能も父も、この叔母には心の底から感謝をしていた。




