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暗闘・プリンセスチェリー  作者: 伊藤むねお
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少女胸像

 九月の末、河川敷の早朝は灰色の水蒸気が人の気持ちを虚しくさせる。家庭菜園も精気が失せて、少し前までは誇らしげに背筋を伸ばしていた樹脂支柱も、今はまとわりつくツルの死骸をいやそうにしている。それもまた、見る人の気を虚しくさせる。

 人の姿は、遠くの方を犬を連れて散歩をしている人が二人、剥がれたトタン屋根のように反り返っているバックネットの裏を自転車で通る人が一人、ざっと見にはそれで終わりだ。川縁(かわべり)の尾花の陰に固まって立つ五人の男女は、そのことを知ってこの時刻を選んだようである。


 中央に四十前後、鍛えたらしい体躯の男がいて、振り上げた手には鈍色に光るハンマーがあった。

 ・・・・・・

「だれか代わってもらえないか」

 男は迷ったようである。吐息を吐いて振り上げたハンマーを下ろして周りをみた。

「俺がやります」

 髪に金色のメッシュを入れた若い男がハンマーを受け取った。

 ハンマーの先には等身大の少女の胸像があった。青々とした小ぶりな顔の下によく実った胸部があり、それがある種のエロチシズムを醸していた。しかし若い男の力には仮借がなく、振り下ろされた鉄は頭部にあたり、乾いた音とともに白い石膏の破片が飛んだ。次の横殴では頭ごと飛んだ。

 あっと声がした。空洞の中に異質なものが見えた。

 最初の男が屈みこんで指を入れ、その異質な、金色のネックレスを引き出した。

「こ、これだ。まちがいない」

 男はそれを握りしめると膝を折り、やがて嗚咽を始めた。周囲の男女はその様子を傷ましげにみつめた。

「正直いって、まさかと思ってました」

 ややあって五十に届こうかという銀髪混じりの男が呟いた。泣きむせぶ男はその言葉に何度かうなずいた。

「私も・・・人が信じられなくなるわね」

 均整のとれた姿態を灰色の厚手のセーターに包んだ女が、やりきれなさそうに呟いた。

「それで、どうするんです。われわれに何をして欲しいのです」

 ややあって別の三十代の男が言った。輪の中の男は蹲った姿勢のままで何かを答えたが、それは衝撃的な内容だったらしく、皆はそれこそが石膏のように固まってしまった。

 寥々とした風が尾花の穂を薙ぐ風景は一層人を虚しくさせる。男は輪の中に両膝をつき、ときには土に額を擦りつけんばかりにして何事かを切々と説き続けた。

 二十分ほどたった。

 周囲の男女は承諾したようである。輪が解かれると砕けた胸像の破片は川に捨てられ、こぼれた白い粉は踏みにじられて乾いた土の中に消えた。



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