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暗闘・プリンセスチェリー  作者: 伊藤むねお
18/65

被害者

 =ただいま当駅有楽町線ホームにおいて事故があり、池袋方面への電車はすべて停車しております。復旧の見通しは現在のところ立っておりません。お急ぎのところをまことに申し訳ありませんが、他の路線をご利用ねがいます=

 駅のアナウンスが繰り返し叫んでいる。


 佐野と秦が階段の途中からホームをみると、先頭車両の中央付近に大勢の人が集まっていた。扉はすべて閉まっており窓も内側からブラインドがおろされていた。駅職員の処置だろう。

 乗客は既にみな降ろされていて、扉の窓やブラインドの隙間から中を覗こうとする皆を駅員たちが声を枯らして止めていた。

 赤筋の帽子をかぶった駅員に秦が身分証をみせると、「あ、ご苦労様です」といい、扉の内側で野次馬の視線を遮るように立っていた駅員に扉を開けるように合図した。すぐにエアの洩れる音がして扉が半分だけ開いた。どうぞという駅員の言葉で、ふたりは体をねじ込むようにして車内に入った。

 長く伸びたワインカラーのシートの中央にダークスーツをきた男が座席に横倒しになっていた。かきむしられたような頭髪の下に黒い鞄が落ちていた。こわごわと取り囲んでいた駅員たちは白い手袋をはめたふたりを見ると、ほっとしたように輪を少し広げた。

 ちがう。

 佐野と秦は顔を見合わせた。被害者は小柄で遠目にも伊能ではないことはわかった。男は白っぽい顔から鼻血を垂らしながら動かない目を向かいの座席に向けていた。秦は足下に注意をしながら近寄ると、しゃがみこんで男の細い首筋に指をあてた。男は既に絶命していた。目を覗きこんだがまだ瞳孔は広がっていない。血液も凝固していないし体温も落ちていない。つい今し方までは生きていたのだ。

「救急車は呼びましたね」

「呼びました。まだ生きてますか」

「それはなんともいえません」

 秦は慎重に答えてから佐野に囁いた。

「まだ三十分も経っていないのじゃないでしょうか。参事官。ここをみてください。頭蓋骨と頸椎がどうにかなってます。よっぽど重いものを真上から叩きつけれたようですね」

 ふたりは立ち上がって網棚を見た。

 その時、男の鼻からまたぽとりと血がひとしずく垂れ落ち、周囲から声ならぬ声があがった。

「鞄や周囲には手を触れないで下さい。もし既に触れた方がいましたならあとからくる捜査員に申し出てください。それから、近くにいた他のお客さんなど確保されてますか」

 佐野が鋭い目で周りを見回しながらそういった。

「いえ、今のところはなにも」

「それでは大至急お願いできますか」

 赤筋帽子を被った別の駅員が進み出ていった。

「どう・・・」

「すぐに目撃者を集めたいのです。ええと、この電車は」

「新木場二十時十分始発の志木行きです」

「その先頭車両に乗っていた方に至急ここか、駅事務所においでいただくようアナウンスしてください。それを、有楽町線、半蔵門線、南北線のすべての駅と赤坂見附の駅にもお願いします。三十分は繰り返してください。以上、至急お願いします」

「はい」

 駅員はそう返事をしたが、「事件をどういったものでしょうか」と、問い返した。

「事件かどうかはこれからの捜査で判断されます。単に事故があったのでといってください」

「わかりました」

 駅員はすぐに出ていった。

「秦さん、ここよろしいですか。私は鳥井さんたちに知らせてきます」


 鳥井は陽子を守るようにその斜め後ろに立ちホームの騒ぎを見下ろしていた。佐野は階段を駆け上がってくるとすぐにいった。

「マルです。ご心配なく」

 鳥井はほっとした様子だった。その様子をみた陽子は鳥井たちが伊能を案じていたのかと思い、ぶるっと身震いをした。

 でも、どうして・・・電車の事故じゃないの?

「あ」

 そのとき陽子が小さな声をあげた。横から突然、腕を引かれたからである。驚いて振り向くと地味なスーツを着た若い会社員風の男がいた。男は陽子の顔を見直すと慌てて手を放し、

「人ちがいです。どうも」

 そういって頭を下げると急いで去ってしまった。


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