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暗闘・プリンセスチェリー  作者: 伊藤むねお
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信頼の絆

 時刻は八時を回ったところで食事会はお開きとなった。佐野と秦はこれから警視庁にもどるという。この会食に費やした分、仕事が残ったのだろう。陽子は、多忙な彼らからそうまでして貰う伊能という人物をもっと広角的にみなければならないと思っていた。同時に自分の男を観る眼を誇ってもいいのではないかとも思った。

 食事会は途中から主役が抜けたが文句なしに素晴らしいものだった。ふたりの警察官には陽子がこれまで抱いていた粗野で無骨というイメージが全くなく、知的で礼儀正しくユーモアにも富んでいた。聡明な陽子はふたりからのもてなしに心の底から感謝しつつも、このふたりは伊能への感謝の気持ちを自分をもてなすことによって表そうとしたのだと理解した。このことはきちんと伊能さんに伝えなければならない、と思うだけで胸が膨らんだ。


 帰り道はみなが永田町駅までは同じということで揃って電車に乗った。

 やったぞう!

 陽子は両手を突き上げて叫びたかった。待っても待っても伊能が来ない。駅の売店の横で寒さに震え、あまりの情けなさにマッチ売りの少女に自分を擬して涙ぐみそうになったことを思えば、わずかな時間でのこの変化は夢のようではないか。なによりも伊能への自分の想いを――あるいは表皮をひっかいたほどなのかもしれないが――はっきりと表し得たこと。そして伊能がそれを忌避しなかったこと、少なくても自分をとても綺麗な人だとは思っていてくれた。そのことがこの上なく嬉しかった。

「鳥井さんは奥様は」

「いえ。ひとりです」

「そうなんですか・・・あの、もうひとつお聞きしていいですか。さっきどなたかが鳥井さんのことを、ミスターバードとおっしゃいませんでしたか」

「ありゃ。聞かれてしまいましたか。昔の悪名です」

 鳥井はそういってこそばゆそうに隣の座席の秦をちらりとみた。鳥井の名前からそういうのかと陽子は思ったが、おそらく聞いてもそれ以上はいってくれないだろうと思い、その上の追求はやめることにした。

 伊能を招いた佐野と秦に挨拶もせずに姿を消した。常識的にはまことに非礼なことだが、鳥井から急な用で仙台に行かねばならないそうです、と告げられたふたりは一瞬驚いたが、それで気を悪くしたようには少しもみえなかった。その理由を問うことさえなかった。伊能がそうするからにはよほどの理由があるのだろう。鳥井もそれで諒とし、であればそれでよし。そう、ふたりは理解し、すぐに次善のこと、つまり伊能が同伴してきた陽子をもてなすことに気持ちを切り替えた。

 陽子は彼らの信頼関係を素晴らしいと思う、と同時に、自分も一日も早くその仲間に加わりたいと願わずにはいられなかった。


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