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暗闘・プリンセスチェリー  作者: 伊藤むねお
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ハウスキーパー

 佐野は伊能の誠意を理解した。質問すれば何度でも応じてくれるにちがいない。しかしそれでは終わりがないのだろう。佐野と伊能がふたりで困っているのをみて秦が助け船をだしてくれた。

「佐野さんは優秀な科学少年でしたから、こういう機会には血が燃えるんですよ」

 陽子をみながらこういった。

「秦さんはどういう少年でした?」

 鳥井がすかさず逆にフォローした。

「わたしは秩父の農家の生まれでして、父親と一緒に毎日お天気を心配するフケた子どもでしたよ。鳥井さんは?」

「僕ですか。お絵かき少年でしたかね」

 次は伊能の番なのだがなぜか誰も水を向けない。

「伊能さんは?」

 思い切って、陽子が話を振った。

「僕は・・・ハウスキーパーでした」(前巻暗闘巻末、伊能の父が遠山に語る)

「え?」

 ほう?

 伊能の答えはみんなにとっても意外だったようである。伊能ははずかしげな顔になった。

 わたし、いけないことを聞いてしまったみたい。どうしよう・・・

 秦がすぐに話題を転じてくれた。

「そうそう、あの雑誌には、お祖父さんはお粥、陽子さんはステーキが好物で、たしかアメリカに留学されている時にはステーキハウスでアルバイトもなさったといっておられましたね。本場のステーキハウスというのはどういうものなんです」

 陽子はほっとして、かつて滞在していたボストンとその郊外の幹線沿いに点在するステーキハウスの賑わいぶり、肉の質や焼き方、客の好みなどを、日米の文化のちがいに絡めて歯切れ良く語った。みなは伊能もふくめて陽子のエスプリの利いた話を楽しそうに聞いてくれた。陽子は伊能の様子をみてリラックスしてきた。

「アメリカといえば、私、子どものころからずっと刑事コロンボのファンなんですが、おふたりは全然違いますね」

「ほう? どうみえます」

 佐野が聞いた。

「外交官みたいですわ」

 実際、ふたりは極めて博学でそして聞き上手だった。刑事という職業はある意味では外交官的能力がものをいうのだが、逆に刑事ならだれもがそうだというものではない。

「おや、それはまた大出世ですね」

「でも桜木さん。折角ながら秦さんは赤坂署におられたときは赤坂のコロンボといわれた名刑事なんですよ」

 佐野がそういうと、秦は、いやあ、と首をすくめた。

「外見がああなだけでして中身はとてもとても。私は犬は飼ってませんし、それにこうみえましても車はチェリー・ブラッサム2000のニューモデルなんですよ」

 陽子は微笑んで、ご贔屓ありがとうございます、と手を組んで頭を下げてみせ、みんなから好意に溢れた笑いを貰った。

「秦さんはコロンボ以上です」

 伊能が真剣な表情でいった。

 秦は驚き面映ゆそうな顔になったが、

「伊能さんにそういわれると、自分でもなんだかそんな気がしてきました」

と、巧くウケてくれた。

 伊能がちょっと失礼という身振りをして席を立った。


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