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自殺狂人

作者: 秋月ロト

いずれ死に果てる身であろうに。

何をためらいます。望みますことですか。

酷薄そうな笑みを浮かべて男は近寄ってくる。

いや正確にはそれは笑みではなく、文様である。白い仮面に描かれた文様であった。

不気味の一言で片付けたくなるものだった。


もうどうでもよくなってしまいました。

何の為に生きているのかもわかりません。

馬鹿にされる為でしょうか。

人様の足を引っ張るだけでしょうか。

それならばいっそ首の一つも括った方がまだ世の為ではなかろうか。

ふっと目の前が暗くなります。

良いことなど何も無い人生ではございましたが、

只一つだけ神様に感謝できることがあるとしましたら、

それは、私に死ぬ手段の選択権を与えてくれたことでございます。


何ともありがたいことに今の世では死ぬことの方法について特段悩むことはございません。

あれだけ高速、かつ対人にとって絶望的なまでの質量を誇る電車というものがございますものですから、ふらっと飛び込めばそれはすぐに楽になることでしょう。

但し私の残骸めらが、他人様にご迷惑をおかけすると思うとあまりよろしくないようにも思えます。

それでは首吊りはいかがでしょうか。

しがない一人暮らしの身ではありますが、ドアノブくらいはございます。あの具合のよろしい、かけやすそうなところにひょいとネクタイでも引っ掛けてグイてな具合に首の一つでも絞めれば、まあ苦しいことは苦しいでしょうが、頑張れば何とか死ねることと思います。この方法の良き点は誰にも見られないということにありますな。拝金主義に満ち、人情などというものが薄れてきたと囁かれる昨今ではありますが、流石に街中で飛び降りなどの自殺騒ぎを起せば咎められましょう。ですから首括りであれば自室で誰にも邪魔されず、穏やかに死ぬことが出来ましょう。

ただしこの死に方も改めて思いますればマンションの管理人様にご迷惑をおかけするものではないでしょうか。死体の処理代金もさることながら、部屋の資産価値の暴落は免れません。借り手不在のまま赤字を垂れ流すことになることは想像に難くないのでこれもやめなくてはなりません。

そうです。これまでの考えでは人様にご迷惑が掛かるから死ねないという結論に行き着いておりました。

他にガス、木炭、リストカット等の可能性を思ってみましたが、いずれにせよ亡骸の処理という形で他人様にご迷惑がかかります。

それであれば人の居ないところで死ねばよいのでした。財産を整理して、余分なお金は恵まれない子供達へ寄付して、会社様もやめて人間関係もきっちりと整理して、誰にも心配をかけるようなことをなくしてから、樹海にでも参りましょう。


そして一人、何も食さず死ぬまでじーっとしていればよい。


単純でした。

単純にして明快です。やはり世の中はシンプルイズベストなのかもしれません。

結論が出たところでまず私は早速会社に行き辞表を提出してまいりました。

引継ぎがどうのと言われましたが、私の影響力などたかが知れています。やらずとも変わらないものではないかとお話して帰りました。

次に人間関係の整理です。時折一緒にご飯を共にしてくれた友人のもとへ行き、これまで付き合ってくれたお礼をし、ささやかではありますが、感謝の気持ちとしていくばくかの謝礼金をお渡ししました。そこで心配しないで等の言葉を発する必要があるかもしれませんが、よくよく考えてみれば私には何らの価値もございませんものですから、心配される価値もないでしょうと思いなおし、加えて彼に損失を与えることは無いと判断し、なにやらわあわあとおっしゃって頂きつつも立ち去りました。家族はみな死んでいますから、せめてもと墓参りをしてこれからそっちに向かうから、暖かく、いや死んでいるから無理かもしれないがまあそこはなんとか努力して暖かく迎えて欲しいと報告しておきます。私如きが人様に御願いごとなど厚かましいことこの上ないとお思いかもしれませんが、肉親は私を発生させた責任が多少なりともあるのですから、損得勘定の無いであろうあの世くらいでは優しくしてもらっても良いのではないでしょうか。

最後に財産整理を行いましたが、これが一番簡単だったと思います。

部屋を引き払い、所有物全てを売り払い、最低限の衣服と交通費だけを持ってアパートを出ます。余分なお金は全て道途中にあった学童保育施設のポストに入れておきました。

こんな私でも子供達の為にささやかな援助が出来たかと思うと少しばかり誇らしい気持ちになります。まあすぐに死ぬから意味は無いのですが。


そうこうしているうちに樹海に着きました。ここが私の眠りの地です。

欝蒼と生い茂る植物、樹木、昆虫達に囲まれながら死を迎えるのだと改めて思うとふと今までの人生を振り返りたくなりました。ああ何をもって私は生きてきたのでしょうか。ここで眠るためだったのでしょうか。眠ることで私は人に迷惑をかけることなく死を迎えられます。


あれ、なんだそれなら良いじゃないか。良かった。


何らの生産性も持たぬ屑だとなじられてきた私は、

いよいよもってその屑としての本懐を遂げるときが来たのです。


すいませんでした。すいませんでした。すいませんでした。


ここで私は皆様のおっしゃるとおりの死を謹んで頂かせていただきます。

死とは何でしょうか、意識が消えることでしょうか、死んだらすぐまた新しい命として目が覚めるのでしょうか、その際は人間でしょうか、虫けらでしょうか、望めるのであれば植物になり、何も消費せずに生まれてまた死にたい、などと考えましたが、私個人の答えなど、社会の中では些末なものというか、塵一つの価値も無いので考える必要など無いのでした。

全く私は進歩の無い、馬鹿極まりない男です。

いい加減うだうだと考えていないで死ねばよいのです。

私が存在すればそれだけ食物も衣服も住居も私などより優れた人様から奪うことになるのですから早く死んで全て明け渡すべきなのです。

死のう。さぁ死ぬぞ。食べずに、何も消費せずに寝ていればよいのだ。無能無能と言われてきた私が今こそその無能の奥義を発揮すればよいのだ。これほど易しいことは無い。

さぁさぁさぁと勇ましくも樹海へと足を踏み入れたところで傍とまた気付きました。


私が眠ります。


死にます。


さてそこで私自身は虫や獣が食してくれるから良いのですが、身につけた衣類や財布や腕時計はどうなりますことでしょうか。このまま樹海に残るのでしょうか。さすればこの国の、社会の皆様の所有物たる樹海様に消えぬゴミを残すことにならないでしょうか。それはまた一つの損害なのではないでしょうか。薄く、広く、そして長い目で見てまた私は人様社会様へのご迷惑をおかけすることにはならないのでしょうか。

これはまた大変なことに気付いてしまいました。ここまで来てまた私は自分勝手、かつ社会に損害を与える自殺を行おうとしていたのです。しかし何度も申しますが、ここまで来て、ここまで私なりに覚悟を固めたのですからその程度の損害くらいはお目こぼし頂いてもよいのではないだろうかと私の中の天使か、もしくは悪魔が囁きます。しかし同時に私の中の無能のプライドが逆らい始めます。無能と言うのは字に書いて如く無である、かくしては損害と言う名のマイナスも、生産という名のプラスも生じさせてはならぬ。社会様に決められた特性は最後の最後まで守り通さなくては私は何者でも無くなってしまう。

ここで初めて悩みました。無能であることすらも辞めてこの国の皆様の資産を傷つける非国民としての死を迎えるべきか、それとも真に社会の皆様に迷惑をおかけすることの無い死を目指すべきかということに。

答えは一つでした。

いやそもそも私には悩む権利すら持ちえません。無能は無能らしく、最後まで人様に迷惑をかけぬ道を歩むべきなのです。

そうです。損害無き自殺は無いというのなら、その分のコストをきちんと社会様に支払ってから自殺をすれば良いのです。前払いした上での自殺であれば私もきちんとした無能者として生意気ながらも誇りを持って死ぬことが出来ます。そう考えた瞬間わずかばかり光が差すような思いが致しました。

さて真の損害無き自殺を行うにはどうすれば良いのでしょうか。私は考えました。

改めて金を稼ぎ、その金で樹海に残す衣服をどなたかに持ち去って頂くというアイデアを考えましたが、万が一その衣服がそのどなたかに自殺幇助の疑いをもたらすようなことがあっては参りませんので没と致します。またその文脈に則りますと部屋での首吊りもNGですし、電車の飛び込みも乗客皆様の時間損失まで含めますと私が稼げる範囲を軽く超えてしまいますことでしょう。

はて困りました。どうすれば良いのか。私は部屋を引き払っておりましたから、ひとまず都内のドヤ街の一泊数千円程度の部屋に泊り込み、日銭を稼ぎながら考え続けました。さてそのような暮らしは今まで体験したことがございませんでしたものですから、非常に新鮮で、楽しさも幾ばくか覚えるものでございます。今まではスーツでビルからビルへ歩いて仕事のようなことをしておりましたが、その日その日を肉体労働、ささやかな栄養価の食事を安酒でごまかす日々を過ごすうちに、環境が変われば価値観も大きく変わるものだということに気付きました。

名案が再び宿ったような思いが致しました。

そうです。やはり世界はシンプルイズベスト。環境を変える。つまり社会様に前払い自殺制度をお認め頂いた上でお金を払い、私めを処理して頂けばよいのです。

社会様のご許可の下で制度を活用し、私は肉体労働等で得た日銭を払い、大手を振って自殺させて頂ければよいではございませんか。これであれば私の残骸を処理する方も法に問われることは無く、私は全く安心して死ねます。まさしく天啓を得た思いでございます。

方向が定まったところで私は溜めた日銭でスーツを買い、改めて職を得て、政治学を学び、議員先生様の秘書職を得て、議員に立候補致しました。それから前払式自殺制度の設立という一つの大望の為には国民様の信頼を得る必要がありますから、手っ取り早く成果の見える消費減税、労働時間違反の厳罰化等の岩盤規制改革に取り組みました。製薬業界、エネルギー業界の問題に踏み込んだ際は命を狙われることもありましたが、死に伴い発生する諸費用、及び責任を引き取ってくれるということは私にはありがたいことでしたので、むしろ望むところではありました。しかし、残念ながらそれらは不思議と全て失敗に終わることとなり、少々気落ちしましたことを覚えております。さてそうこうしておりますうちに無事国民の皆様の信頼を得ることとなり、私は総理大臣へと相成ることが出来ました。議員発義による法律案提出でも良かったのですが、残念ながら私の巨大化する社会福祉費用への対策及び延命治療の問題視、幸福観の変化と言う社会通念の変化に伴う”新しい人権としての死ぬ権利”尊重を口実とした前払式自殺制度設立の賛同者を得るには大変な骨が折れそうだった為、断念致しました。総理大臣となりましたら閣議組織を行う上での任命権がございます。適当な省に予算を盾とし自殺法案の内容を練らせ、大臣のポストを餌に閣僚の同意を得る、メディア様から衆愚政治と扱き下ろされは致しますものの、減税措置等は国民の皆様の覚え目出度き政策でございますれば篤い信頼も得られておりましょうものでございます。

長き道のりではございましたが、国の膿が消え、国民様の生活も豊かになるという副産物を拵えながらようやっと悲願の前払式自殺法案が成立致しました。

全く、感無量にございました。これでお国様からの報酬を用いて真に損害無き自殺を行うことが可能となり、安心して快く死ねますことに心からの安堵を覚えました。侮蔑、軽蔑、暴力を浴び続け、他人様の供物として生きてきた人間と致しましては悔し涙、悲し涙しか流したことがございませんでしたが、この度、生まれて初めて嬉し涙というものが頬を伝い、改めて感動を覚えたことでございます。


しかしまあ、おそらくそれが良くなかったのでしょうな。


緊張の糸が切れた私は脳梗塞で倒れてしまい、社会貢献の為に作った家族である妻と子供と孫達に見守られながらあっさりとこの世を去ることとなりました。


結局私は家族や国の皆様に迷惑をかけながら死ぬことしか出来ませんでした。


去年108歳。


ああ無能以下の屑、ここに極まれりであります。

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― 新着の感想 ―
[一言] そういや、99歳で自殺した人いましたね。100歳になりたくないと。
2016/03/14 21:04 退会済み
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