第一話 其の九 そして『勇者』は王となる
「アハハ、ば、馬鹿だコイツら!なんで捕虜の前で童貞だの、チチ揉みだのでもめてるんだ!」
ひどくツボに入ったのか、しばらく笑い続けた後、激しく咳き込んで、ようやく静かになった。
「ハァ、ハァ…まったく、馬鹿のくせして妙に強いし、潜在能力は未知数か…こりゃ、賭ける価値はあるかもね…」
ゼフィリアに爆笑されて、ようやく我に帰るロッシュ達。確かに、捕虜の前でなくても、交渉相手の前でするような行動ではなかった。
つい、マイペースすぎる行動に流れていってしまうのは気を付けなければならない点だな…と、反省と共に自嘲する。
「あー、ちょっと脱線してしまってすまない。話を戻そう」
こほんと一つ、咳払いする。
「改めて…僕らに協力してくれないか?」
「いいわよ」
「は?」
「だから、いいわよ。アンタらに協力してあげようじゃない」
唐突な手のひら返しに、今度はロッシュ達が、困惑する。
「…なにが条件なんだい?」
なにか裏がありそうな、この手の交渉を何度か経験しているシィランが、ロッシュに変わって声をかけた。
「…とりあえず、この糸を外してくれないかしら?」
ゼフィリアの要求に、シィランはロッシュに視線を送る。それに答えるようにロッシュが頷くと、ゼフィリア達を縛っていた糸が外された。
「ハァ…やっと楽になったわ」
ようやく自由になった体を伸ばしながら、ゼフィリアはロッシュ達に笑みを向ける。
「さて、アンタ達に協力するにしても、もちろん条件はある」
「だろうねぇ。まぁ、いまさら私達をどうこうって話じゃあないだろうけど」
初めての顔合わせで、解体すのなんのと物騒な事を言ってはいたが、実力の差を見せつけた今、ロッシュ達にケンカを売るような条件は出してはこないだろう。
「なあに、そんなに難しい事じゃないよ。アタシの出す条件は領地の安定と領民の保護」
ゼフィリアの申し出は、まぁ、王族の立場ならば懸念すべき事ではあるし、理解できた。
「つまり、『勇者』ロッシュ。ゼゴウに代わり、アンタにこの国の王となってほしい!」
理解できなかった。
「な、な、な、何をおっしゃるのですかゼフィリア様!」
慌てたトリアーヌが、ゼフィリアに駆け寄る。
「ゼゴウ様が、いない今、貴女様がこの国をまとめていかなければ…」
「アタシは元々、表舞台に出たくないんだよ。それにな、これからさらに強くなる可能性があり、『魔王印』を持ったロッシュの方がこれから先、安心できるだろう?」
トリアーヌは少し考え、
「よろしくお願いいたします、ロッシュ様」
あっさりロッシュ達に頭を下げる。
「え?ええっ?」
突然、王位を譲られて、ひたすら困惑するロッシュ。
「い、いけません…この方々、ワタクシ達以上にマイペースですわ…」
戦慄と共に呟くアセリアと同じ感想を、ロッシュ達、全員感じていた。
「さ、作戦タイム!」
一旦、ゼフィリア達に背をむけて、ロッシュ達が円陣を組む。
(ど、どうしよう、いきなりこれは予想外すぎた)
(でも…ある意味、好都合)
(確かに、ワタクシ達にはこの魔界で本拠地がありませんし、渡りに船と言えなくもありませんわね…)
(多少の不安はあるが、魔族の体になった以上の厄介事はそうそうないだろうな)
(情報を集めるにしても、拠点はあったほうかいいしねぇ)
仲間達の肯定的な意見に、ロッシュの腹も決まる。
「みんな…これからも力を貸してくれるかい?」
全員が力強く頷いた!
「わかった。その申し出、受けよう」
ゼフィリアの前に立ち、ロッシュは答えた。
「では…」
ゼフィリアが一歩さがって一礼する。
「簡単にではありますが…私、ゼフィリア・エル・アルグオンは、本日この時をもって王権を『勇者』ロッシュ様にお譲りする事をここに宣言いたします」
先程までの口調はなりを潜め、丁寧にそう言うと、ロッシュの前に膝まずく。
「ロッシュ様、どうぞこの国、アルグオンの新たな王として我々をお守りください」
「『勇者』ロッシュの名において、王となることをここに誓います」
ロッシュが宣言した瞬間、胸の『魔王印』が淡く輝く。すぐにその光は収まったが、ロッシュは『勇者紋』とは違う力の脈動を感じていた。
「『魔王印』が発動したことにより、ロッシュ様は正式に王となりました。本来でしたらもっとちゃんとした場を設けるべきでしたが、それは後程…」
ロッシュにまた一礼し、ゼフィリアはこの場にいた者達に告げる!
「さあ、新たな王の誕生だ!国中に告知せよ!」
この日、長い魔界の歴史に置いても初めてであろう、異世界からの『勇者』が王となった。
彼等は、この魔界で如何様に生きていくのであろうか…。