第一話 其の五 『勇者紋』と『魔王印』
「さて、魔界でやっていくのは良いとして、まずは情報がほしいところだな…」
ロッシュは先ほど、自身から引き抜き放置したままだった愛剣を拾い上げて鞘に納めた。
「この体は弱い方らしいし、しっかり鍛える時間も…」
「…ロッシュ…あなた今、その剣に触れた?」
「え…?」
考え事に気を取られていたロッシュは、シィランの問いかけに自身の手にしている剣に目を向ける。
ロッシュの愛剣【電撃剣(命名者:ロッシュ)】
刃から雷を発生させて追加ダメージを与える他、持ち主に微弱な電流を流す事で心身を活性化し、身体能力を上昇させる効果を持つ『勇者』専用の神剣である。
『勇者』専用の。
「…ん?んんんん?」
戸惑いと期待と驚愕が入り交じった表情になるロッシュ。
「抜ける!」鞘から引き抜く!
「振れる!」剣を振り、風を斬る!
「効果ある!」刃にパリパリと雷が発生する!
「もしかして…」
ロッシュは右目に意識を集中させた。と、その右目に慣れ親しんだ淡い輝きが浮かび上がる。
「『勇者紋』が…」
呆然と、仲間の誰かが呟いた。
ロッシュの右目に浮かぶ紋章のような輝き。それこそが『勇者』を『勇者』足らしめる証である。
「僕はまだ…『勇者』なのか…?」
戸惑いながら、ロッシュは自身のステータスをチェックしてみた。
【ロッシュ:勇者:レベル1】
『勇者紋』を通して確認できた情報はこれだけだった。
かつてのロッシュであれば、もっと事細かなスキルや身体情報が浮かび上がっていたのだが、やはり魔族の肉体は勝手がちがうのだろうか。
が、それでもロッシュは喜びに震える。
『勇者』としての矜持ゆえではない。『勇者』の能力がその身に宿っていたからだ。
【レベルアップ能力】
この人を人外の存在へと昇華させる能力こそが、『勇者』に与えれた最大の恩恵。
経験を積み、強敵に勝利し、試練を乗り越えた時に上がる【レベル】は、人のあらゆる能力を段違いに引き上げる。
仮に【レベル30】もあれば、その辺の女子供でも鼻唄まじりでオーガ級のモンスターを撲殺できるだけの力を身に付けるだろう。
そんな能力を魔族の肉体に宿している。それだけで、この魔界での生存確率はかなり高いものになるだろう。
「そうだ、みんなは…」
「大丈夫…。こっちも残ってた…」
そう答える仲間達の左目には、ロッシュの『勇者紋』と同じ形の紋章が浮かんでいた。
その紋章は『従者紋』。
『勇者』と共に戦う事を誓ったパーティーメンバーに【レベルアップ能力】や【スキル付属】を付与する紋章である。
これらの紋章は、他にも「試練の迷宮」と呼ばれるダンジョンに入る為の通行証だったり、そのダンジョンで入手した【神代級武具】と呼ばれる、『勇者』やその仲間達専用の希少な武器や防具の所有権を示す証になったりもした。
さすがに、この魔界ではそれらの証明等は無意味だろうが、ロッシュ以外の全員も生存確率はグンと上がった。それだけで、御の字である。
「これで今後の方針は決まりですわね」
「ああ、レベルアップを軸に…」
言いかけた、ロッシュは、ふいに胸のあたりに違和感を覚えた。
(なんだ…この感じ…)
奇妙な魔力の流動。それの原因を確かめるために鎧を外し、上半身裸になる。
「これは…」
全員の目が、ロッシュの胸で鈍く赤い輝きを放つ不可思議な紋様にあつまった。
恐る恐るロッシュは『勇者紋』でステータスを確認するように、胸の紋様に意識を集中させてみる。
【ロッシュ:魔王印×01】
【使用可能な能力】
「空間干渉」
「『魔王印』…」
「『魔王…印』?」
呟くロッシュの言葉に仲間達は、顔を見合わせた。
なんだろう?『勇者紋』と同じ様なものなのだろうか?それに「空間干渉」という能力も気になるところだ。
「…わからない。でも、この『魔王印』については早く調べた方がいい気がする」
柔らかな『勇者紋』の輝きに、荒々しい『魔王印』の雰囲気。
この二つは、これからのロッシュ達の人生に重要な指針を示す鍵となる予感があった。
「うん、それじゃあ、手始めにこの城から…」
バァン!
シィランの言葉を遮るようなタイミングで、玉座の間の扉が開き、小さな人影が、ロッシュ達の前に姿を表した。