第一話 其の四 『勇者』魔界に生きるを選ぶ
十分ほど過ぎた頃。
顔を赤く染め、ぐったりとしたギョウブと、なぜか満足気な三人の女子がロッシュの前に座っていた。
「だ、大丈夫かい、ギョウブ…」
「ああ…大丈夫だ…それより、これからどうする…」
促され、ロッシュは一つ咳払いをしてから話し始めた。
「うん…まず、これから僕らがやるべき事が二つ、そして今の時点でできる事が二つあると思う」
ロッシュが皆の顔を見回す。
「やるべき事は人間界への帰還と『魔王』の討伐。できる事はその為の調査と生き延びる為の修行」
しかし、ロッシュの言葉を聞いて、皆、腕組みをして首を傾げる。
「うーん…その『できる事』に関してはいいと思うけどねぇ…『やるべき事』の方はどうだろう?」
「ロッシュさんがゼゴウから聞いた話では、ワタクシ達の今の肉体は陽光が猛毒なのでしょう?こちらの世界で元の体に戻ってからでなくては、人間界に戻る事は出来ないのではありませんか?」
アセリアの疑問ももっともである。魔族のまま人間界に行っても目的を達成はできないだろう。火に焼かれながら火消しをするような事態になるのは避けるべきである。
「うん…まぁ、やるべき事はあくまでこれからの目標みたいなもので、今すぐって訳じゃないからね…」
「というか…私達、戻る必要…ある…?」
不意に響いたリシュリンの台詞に、皆が(それなんだよぁ…)と、いった顔をしながらリシュリンの方を見る。
なぜかドヤ顔のリシュリンが再び問う。
「ね、ロッシュ…私達、戻る必要が…あるのかな…?」
「そう…なんだよなぁ…」
リシュリンの問いかけは、ロッシュが…いや、この場にいる全員が懸念している事であった。
狡兎死して、走狗煮らるの言葉があるように、世界の危機が去れば英雄は権力者から疎まれるのが世の常である。
三年前、『魔王』ゼゴウの脅威に対して、ロッシュを含め百人の『勇者』が覚醒した。
その中には、王族や貴族出身の『勇者』もおり、正直な話、その内の誰かが『魔王』を倒すものだと期待されていた。
実の所、ロッシュ達もそうなる物だと思っていたのだ。だからこそ、『魔王』討伐より自身達の修行に専念していた。
…恐らく、ロッシュ達の体を奪ったゼゴウ一行は、『魔王』を倒したという触れ込みで凱旋するのだろう。
しかし、権力者の後ろ楯が無い平民出身ロッシュ達が『魔王』を倒したとなれば、必ず面倒な事態になる。
『勇者』の力は強すぎるのだ。戦争の道具に祭り上げられるとか、密かに始末される…などという事も十分あり得る。
とにかく、ロッシュ達は権力者を信用していない。
人間世界を守るというお題目とか、自身らが力を得るメリットなどがなければ『勇者』も辞退しただろう。
だから、前々から事が済めば身を隠す事は考えていたのだ。
天涯孤独で人間界に未練の少ないロッシュ達からすれば、ある意味ゼゴウ達は降りかかる火の粉を代わりに被ってくれたような部分もある。
「これも天啓ってやつなのかもな…」
呟いたロッシュは、何かを決意した表情で立ち上がった。
「みんな…これは多分、いい機会なんだと思う。僕は…この魔界で生きようと思う!」
無責任と非難されるかもしれない。裏切り者と罵られるかもしれない。しかし、思いつきに等しい魔界に生きる事の選択に不思議と後悔は無かった。
「みんなは…どうする?」
「まぁ、『魔王』の討伐はある意味果たしたんだ。あとは俺達の自由でいいだろう…」
「同じ生き延びる為の戦いでも、人間同士で揉めるよりはいいかもしれませんわね…」
「大丈夫だ、ロッシュ…。私達が、ついてる…」
「私ら、とっくに一蓮托生だからねぇ、最後まで付き合ってあげるさぁ」
誰もロッシュを責めなかった。そして、誰もロッシュから去ろうとはしなかった。
「みんな…ありがとう」
不思議と厄介な荷物を降ろしたような、晴れやかな気持ちになり、ロッシュは笑顔で仲間達と拳を合わせた。