第三話 其の一 統一始動前話
ラルド襲撃から数日後、ロッシュ達はハルサーク島の統一を目標に動き出す事にした。とはいえ、やることは『勇者』時代とあまり変わらない。
即ち、潜入ないし強行からの標的の打破、もしくは懐柔。
本来なら、国家間交渉も手段としては用いる所だが、国として小規模であり、成り立ちは地の利に依存、挙げ句は王が変わったばかりという不利な要因しかないアルグオンは、他の国からすればただのエサにしか見えないだろう。
弱肉強食が社会通念の魔界で、下に見られている立場では交渉の余地はない。
ならば、舐められている内に水面下で迅速に行動した方がむしろ安全であろう。
手際よく事を成す為に、ロッシュ達はその準備に取り掛かっていた。
「それじゃ、行ってくる。皆もそれぞれよろしく頼むよ」
手を振って旅立つロッシュとギョウブを見送りながら、見送る仲間達も手を振った。
かつて魔界に乗り込んできた際に、万が一の事があった時、後続の者に託す為にと、隠し封印しておいた【無限収納立方体】という【神代級アイテム】とその中身を回収するため、ロッシュとギョウブは片道三日程、往復で約一週間の別行動を取る事になったのである。
「うう…」
ロッシュ達の姿が見えなくなるまで見送っていたリシュリンが、悲しそうに呻く。普段、飄々としてなにを考えているか解りづらいリシュリンだが、基本的には寂しがり屋な所があった。
そんなリシュリンをよく理解しているシィランが、リシュリンの頭を撫でながら抱き寄せる。
「ほら、ほんの数日の辛抱でしょう?ロッシュ達が帰ってくるまでに、やる事はいっぱいあるんだから、元気ださなきゃ」
「…寂しいのもあるんでしょうが…それだけではありませんわ…」
リシュリンの様子を見ていた、アセリアが呟いた。
「まぁ…そうだろうねぇ」
「どういう事?」
何かを察しているシィランに対し、さっぱり解らんといった感じでゼフィリアが首を傾げる。
「つまり、ロッシュとギョウブが二人きりで数日過ごす状況が心配って事よぉ」
はっきりと言葉にされて、アセリアとリシュリンの表情がまた少し曇る。
「ああ、成る程…」
納得したようにゼフィリアも頷く。
兄弟同然で、気心が知れた親友でもあるロッシュとギョウブ。
しかし、今のギョウブは女であり、地下墳墓でのやり取りでロッシュに対する感情は、アセリア達と近い物があるのが解る。
さらに、ギョウブの胸にそびえる巨大な双丘は、男女共に惑わす、あまりにも魅力的な禁断の果実であり、雰囲気に流されれば童貞であるロッシュに逃れる術はない。ロッシュの貞操、絶対絶命の危機であった。
とはいえ、別にギョウブを嫌うとか、そういう事ではない。共に死線を越えてきた仲間であるし、ロッシュはみんなの共有財産という事で話はついている。
ただ、女としては元男に先を越されると、プライド的なものが微妙に傷付くのも確かであった。
そんな色々な感情がごちゃ混ぜになり、複雑な表情を浮かべる二人に対し、パーティーの姉的な立ち位置にあるシィランは、「可愛いな、こんちくしょう」の台詞を隠して、二人の頭を撫でてやるのであった。
さて、それはさておき、城に残る面々にもやる事は山積していた。
シィランは、城にいる十人ほどのメイド達に短刀術や、気配探知のコツなどを指導する。
リシュリンは食事番のオーク達に調理指導や、雑用を担当するオーガ達と近隣からの食材調達など。
アセリアとゼフィリアは、地下墳墓から回収した大量の文献等の解析と整理。
それぞれが慌ただしく仕事をこなしていくうちに、数日が過ぎた……
「ただいまー!」
元気な声を響かせて、ロッシュとギョウブが城へ帰還した。
出迎えたアセリアとリシュリンがミサイルのように、ロッシュへ突撃して抱きつく。
「お帰りなさいませ!怪我などはありませんか!?」
「無事か…ロッシュ!」
捲し立てる二人に、少し困惑しながらもロッシュは頷く。
「お帰り、首尾はどうだったの?」
「ああ、バッチリだったよ!後で皆に装備の振り分けをしよう」
親指を立てて、笑顔でシィランに答えるロッシュ。
「ほら、二人とも。そろそろロッシュを解放して休ませてやれ」
抱きつく二人をギョウブが嗜める。
「私も少し休ませてもらう。しばらくしたら…」
「!!」
ギョウブの言葉に違和感を感じたリシュリンが、顔を上げてその顔を凝視する。
「ど、どうした…?」
「ギョウブさん…いま、ご自分の事を「俺」、ではなく「私」、とおっしゃいましたわね…」
リシュリンと同様の違和感を感じ取ったアセリアが、ギョウブに問いかける。
「あ、ああ…まぁ、今の体は女だし、一応は王位に着いたロッシュの側近的な立場になる訳だから、言葉使いも少しは…な」
そう言うと、チラリとロッシュを見る。
「や、やっぱり、似合わないかな…?」
「いや、そんな事はないよ。…いいと思う」
見つめ合うロッシュとギョウブ。ながれる無言の空気感。少し潤んだ瞳には、熱が篭っていた。
こいつら…ヤってやがる!
何とは言いませんが、ヤってやがりますわ!
二人の間に流れる雰囲気に全てを察したアセリアとリシュリンの行動は早かった!
リシュリンが召喚した植物でロッシュを縛り上げ、アセリアが風の術式で加速してロッシュとリシュリンを拐い城内へむかう!
「お、おい、アセリア?リシュリン?」
「今度は私達の番ですわ!」
「今夜は…寝かさん!」
困惑するロッシュに、顔を赤らめながらもギラついた瞳を向けるアセリアとリシュリン。もはや、話は通じそうにない。
あまりにも唐突な展開に、茫然とする残された面々。
「やれやれ…青春してるわねぇ」
妹分達の若さゆえの大暴走を前に、シィランはため息と呟きを漏らすのであった