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15 魔術師は心底説教したい

人相手の戦闘および残酷な描写・表現があります。※グロ注意。

 レオナールは、咳き込む短剣遣いの右肩目掛けて剣を降り下ろした。男は涙と鼻水で顔を汚しつつも気配で感じ取ったのか避けようとしたが、レオナールの剣が右肩を直撃、肉を断ち骨を砕く。


「ぐぁあああっ!!」


 そのまま押し切り、短剣を握ったままの腕が落とされた。レオナールは苦悶の叫びを上げる男の下腹を蹴りつけ踏み倒すと、剣を突き立てた。グリグリと捻りながら奥までねじ込み、更に骨を避けて脇腹を裂くよう切り払った。


「うるさいわね」


 レオナールはブーツの底で、悲鳴を上げる男の顔面を蹴り付けた。


「おい、レオ」


「何? まだ殺してないわよ。でも何人か残せば問題ないでしょ。それともこれ、必要なの?」


 アランも敵に情けをかけろとは思わないが、人も魔獣・魔物も同じように『もの』扱いな相方には懸念がある。このまま放置すれば男は死ぬだろう。短剣遣いの男は、他の連中とは別の場所から現れた。魔法陣は光らなかったから隠し通路か何かがあるのだろうが、治癒魔法なしにこれから尋問を行うのは無理だろう。


「せめて息の根を止めてやれ」


 敵だとしても無駄に苦しめる必要はないと、アランは思う。アランの知る初級回復魔法では焼け石に水であり、延命すら困難だ。僅かな時間とはいえ生かす意味もなく苦しめるだけなら、殺してやる方が良いだろう。

 レオナールは肩をすくめ、男の首を切り付け絶命させた。


「別に問題なかったと思うわよ? ちゃんと行動不能にしたもの。あの状態で巻き返すには高位神官でもいないと無理でしょう。それとも次からキッチリ殺した方が良い? 人相手の時にそういう判断は独断でするなって言われたから、一応殺さなかったんだけど」


「どうしても手加減できない時以外は、なるべく殺すな。前にも言ったが、殺せばそのままだが生かしたままで拘束すれば、生かすも殺すも可能だ。情報の有無は雲泥だからな」


 レオナールが情や倫理、人としての尊厳などを諭して理解できるようならば、早々に是正し教育しているところである。そもそも好き嫌いはあっても愛情や友情、家族愛などを理解できるかすら怪しい。

 レオナールがアランやダニエルになついているのは間違いないし、ある程度心を許しているとは思うのだが、幼竜であるルージュ以上の情緒や感性があるかどうかも微妙だと、アランは感じている。

 悪いやつではないと思っているが、それはアランにとってであり、それ以外の者にとっては《歩く災厄》と称されても仕方ない言動が常である。


 そもそも本人が持ち合わせていないもの、あるいは理解の及ばないものはいくら諭しても無駄だ。

 情や道徳的観念が理解できないなら、それに替わるもので理解・納得させたい。


 レオナールには、まず普通の感覚、というものがない。

 人として扱われない期間が長すぎた。それが屈辱的で心を傷付けられるものだという認識がない。

 彼には常識や知識もないため、心の傷はないが、それが良かったのか悪かったのか。どんな状況にも傷付かない強靭さは、ある意味羨ましくもあるが、倫理や情を持たない、自ら思考する事も悩む事も葛藤する事もない生き物を、人と呼べるのだろうか。


 アランとしてはレオナールには、多少常識の範疇を逸脱していてもかまわないが、人でいて欲しいと思っている。

 人の形をした人ではない生き物、寿命を全うすれば自分より長生きし、死の間際まで老化もしない生き物の面倒を一生見る自信はない。

 同情心はあるが、それは罪悪感と表裏一体であり、慈悲などとは程遠い代物である。


「レオ」


「何、アラン」


「人を無駄に苦しめるな。恨みを買うだけ損だ。手加減できるなら、なるべく苦しめずに無力化しろ」


「え~っ?」


「それともしばらく飯抜きにされたいか?」


「ええっ、夕飯奢ってくれるんじゃないの!?」


 アランが脅すと、レオナールは大きく目を見開いて、それは酷いと言わんばかりの顔になった。


(こいつにとっては『飯抜きになる』方が酷い事なんだよな)


 アランは頭が痛い、と思いながら溜息をつく。


「奢ると約束したから、反故にはしない。でもお前、飯抜きになると言われない事は忘れるだろう?」


「アランってばひどい! そんな理由で飯抜きとか、極悪非道鬼畜冷酷嗜虐趣味!! 私に死ねって言うの!?」


「死ねとまでは言ってない。恨みを買うと後が面倒だと言えば喜んでやりかねないだろ、お前。レオにわかりやすく言ってやったまでだ」


「私は斬りたいだけなのに」


「だから人を無闇矢鱈に斬ろうとすんな!! 犯罪者になって手配されるのは論外、そうでなくてもお上やギルド関係者に要注意人物として目を付けられたら、普通に生活するのもきびしくなるんだからな!

 あと、例え相手が犯罪者や社会に害を及ぼす連中でも、下手に目を付けられたら同じくらい大変なんだぞ。お前は喜ぶだろうが、俺は絶対御免だからな! そうなったら毎食肉抜きにしてやる」


「やめて! 肉抜きとか、そんなの何を楽しみに生きていけって言うの!?

 肉のない食事なんて、塩抜きのスープより味気ないじゃない」


「いや、さすがに塩抜きのスープはただの拷問だろ。お前は塩より肉が優先なのか?」


「当然でしょ! 肉さえあれば、塩抜きでも我慢するわ!!」


「いや、塩抜きはさすがにまずいだろ。言っておくが、人が塩なしで生活したらあっという間に動けなくなるぞ。

 塩は水と同じくらい大切だから、適度に摂れ。でないと死ぬぞ。まぁ、肉にも多少は含まれていると思うが」


「今晩は鹿肉か猪肉が食べたいわ。なければ兎や鳥でも良いけど」

「おいレオ、俺の話聞いてるのか?」


「聞いてる、聞いてる。だから肉抜きはやめて! 頼むから」


 レオナールが拝むように言うと、アランの顔が無表情になった。諦観、とも言う。レオナールを自分の都合通りに教育したいわけではないのだ。

 ただ、もう少し生きやすいよう社会や常識や他人に歩み寄って欲しいと願っているだけなのだが、それがとても難しい。しかし、諦めたくもないのである。

 ダニエルにまかせれば喜んで引き取るだろうが、剣士としては凄い人物だとは思うが、保護者あるいは教育者として信頼できる人物だとは思わない。

 彼にまかせたらますます常識からは遠ざかり、社会不適合者が増えるだけである。


(バカなだけなら、まだ救いはあると思いたい。少なくともレオは素直で嘘はつかないからな)


 言わない事はあるが、それはわざと隠蔽しているわけではなく、本人が気付いていなかったり必要と感じなかったり、失念しているだけなので、指摘して促せば話す。

 どこかの誰かさんのように、わかっていてわざと隠したり、しらっと嘘をついたりはしないのだ。


 そうこうしている内に、残りの連中も無力化されたようだ。ルージュが「きゅきゅーっ!」と鳴いて注意を促し、ダオルがこちらへ歩み寄って来る。


「アラン、怪我はなかったか?」


「ああ、大丈夫だ。それよりすまなかった」


 アランが謝ると、ダオルは苦笑した。


「いや、問題ない。それより、他にも黒衣の連中がいないか確認して来ようと思う。アランとレオナールはここで待機していた方が良いと思うが、どうする?」


「えっ、私も行きたい」


「お前は何でも良いから斬りたいだけだろう。だいたい、予定なくこんなところへ来る羽目になったのは、お前がドジったからだぞ。わかってるのか?」


 アランが睨んで言うと、レオナールは困った顔になった。


「えっ、だってちょっと触っただけなのに、勝手に魔法陣が発動したのよ」


「魔法陣ってのはそういうものだ。魔力があれば誰にでも発動できるし、最低限の形式が整っていれば誤った記述でも発動する。だから便利でも危険でもある。前にも言ったはずだぞ、レオ」


「ごめんなさい、覚えてないわ」


「そうだろうとも。覚えていたら、記述内容もわからないのに迂闊に触れたりはしないよな」


「あれ、外円にちょっと触れただけで発動したんだけど、そういうものなの?」


「その通りだ。外円・内円共に、線が切れたり繋がってなかったりしたら発動しないが、多少線が歪んでるだけなら発動する。

 あと重要なのは中央のシンボルだな。存在しない誤ったシンボルでも何か描かれていて、外円・内円がきちんと繋がっていれば、他に記述がなくても発動する。

 もっとも、シンボル以外記述がない魔法陣は発動しても効果はないから無意味だが」


「そうなの?」


「俺の知る限りではな。例え書き損じの点や線でも何か描かれている場合には、最悪魔力を無限に吸収して起動し続ける可能性はあるが」


「確か、その点や線は触媒で描かれてるものだけよね?」


「その通りだ。まぁ、普通に考えて、そんな魔法陣は存在しないと思うが」


「どうして?」


「なぁ、レオ。俺はお前の前で何度も魔法陣描いているだろ? それでどうして、そういう疑問が出て来るんだよ。

 触媒で陣を描いた後、固定化しないと使えるようにならないんだぞ?

 固定化する前ならいくらでも描き直せるんだ。意図しない限り、そんなおかしな魔法陣はできないだろう。


 そんな事はともかくレオ、お前はもっと慎重に行動しろ。今回は大丈夫だったが、発動させただけで死ぬ魔法陣だってあるんだから、気を付けろ」


「一応反省はしているわよ。でも、敵の拠点っぽいとこ見つけられてラッキーだったわよね」


「……レオ」


「ごめんなさい、アラン! 食事抜きや肉抜きは勘弁して! お願い!!」


 アランにジトリとした目つきに睨まれ、レオナールは慌てて謝罪する。そこへルージュが歩いて来た。


「きゅうきゅう!」


 レオナールに鼻を擦り付け甘えるルージュの視線の先にあるものに気付き、アランは蒼白になった。


「あら、これが欲しいの? ルージュ」


「おい、やめろ! せめて身元確認してからにしろ!!」


 慌てるアランに、レオナールは目を軽く瞠り、不思議そうな顔になる。


「え? ダメなの?」


「駄目に決まってるだろ!! たぶんこいつら《混沌神の信奉者》だとは思うが、ちゃんと確認しないと後々面倒な事になるに決まってるだろうが! 頼むから勘弁してくれ!!」


 もちろんアランの本音は、幼竜が人の死体を食べるところなど見たくない、である。

 嘘はついていないが、アランが見たくないというだけではレオナールは実行してしまうだろう。


「頼むから、食べさせるのは倒した魔獣と魔物だけにしてくれ。それならよほど稀少な素材以外はだいたい問題ないから」


「わかったわ。ルージュ、悪いけどそれはダメよ。後で巨大蜘蛛の残りを食べさせてあげるから、我慢してね。足りなければ他にも何か狩るから」


「きゅうぅ」


 ルージュは残念そうな声を上げたが、レオナールに鼻を撫でてもらって、機嫌を直したようである。そんな一人と一匹を見て、アランは少々泣きたい気分になった。


(くそっ、情緒とか感性とか忌避感とか、どうやったら身につくんだ……っ!)


 弟妹が嫌がる物事をどうやって受け入れさせるかと苦労した記憶はあるが、情緒や感性や倫理などというものは、放っておいても育つものだと思っていたので、考えた事もなかった。

 駄目な事は駄目、で済んでいたのだ。レオナールには通じない。何故駄目なのか説明し、納得しなければ忘れてしまう。


 何故魔獣・魔物は殺しても良くて、人は理由なく殺すべきでないのか、それを説明するのが難しい。

 人に害を為すから、という理由であれば、犯罪者や乱暴者は見つけ次第に問答無用で殺しても良いという事になる。


 レオナールが自力で殺しても良い相手とそうでない相手を識別・判断できるのなら、問題ない。

 しかし彼には、情状酌量というものが理解できず、善悪が理解できない。全ての物事を一律にしか捉えられず、理解・判断できない。

 そういったものは、一朝一夕には身につかないのは、アランにもわかっている。

 だから少しずつやっていくしかないし、それ以外にどうしようもない。


(一応、俺のことを友だと思ってはいるようだが、実際あいつにとって友というのがどういう存在なのかは、疑問なんだよな)


 もしや『餌を与えてくれる人』や『便利な人』の事じゃないだろうな、という不安が時折脳裏をよぎってしまうのだ。

 そこまで酷くはないはずだと思いたいし、そこを本気で疑えば友情など成立しない。

 信頼も情も介在しない友人関係など、御免被りたい。


「アラン、気分悪そうだけど大丈夫?」


 怪訝そうに尋ねるレオナールに、アランは少しだけ安堵する。


(そうだよな。こいつ、性格とかは悪いし致命的にバカで、ちょっと救いがたいとこもあるけど、俺に何かあれば心配したり、それなりに気を遣ってくれたりするんだ)


「……悪い、少し休む。それとレオ、さっきは有り難う、助かった」


「ふふっ、疲れちゃった? まあ、仕方ないわね、アランってば体力ないし。

 普段戦闘中でも、そんなに動かないものね。やっぱりアラン用の肉盾がいるわよね」


「せめて護衛とか支援とか援護って言え」


 そう言ってアランは目を瞑り、壁を背にして床に座り込んだ。レオナールはそんなアランの傍らで耳をすませ、周囲を警戒する。


「だいたい、お前が突撃したり、目の前の敵に夢中になって周辺への注意がおろそかにならなければ、俺だって早々危ない目に遭わずに済むんだぞ」


「でも、いざという時はわかるでしょ?」


「俺に対する危険については、な。でも、わかってるか?

 俺にとっての危険以外はわからないんだぞ。何も感じないし、気付けないんだ。

 だから、あまり当てにはならない。お前だけが狙われた時は、嫌な予感はしないんだ。俺の言いたいこと、わかるよな?」


「ああ、そういえばコボルトの巣で襲われた時、そうだったわね」


「おい!」


 アランは思わず目を開いた。


「もう少し真剣に考えろよ、レオ。じゃないと、本気で死ぬぞ。好きこのんで自殺や自爆する気はないんだろ?

 なら、もっと注意しろ、頭を使え。やらない事は、いつまで経ってもできないぞ。

 俺は死にたくないし、お前を死なせたくもない。今回は大丈夫だったからといって、次回もそうだとは限らないんだからな」


「自分でもやらかしたとは思ってるし、反省してるわよ。でも、済んだ事は仕方ないでしょ。次から気を付けるわ」


「まだ済んだわけじゃないぞ。ラーヌに戻って報告するまでは、完了じゃない。

 お前が死ななくたって、バカな失敗で怪我とかしたら本気で怒るからな。一週間オートミール粥だけ食わせてやる」


「やめて! あんなゲロみたいなもの食べるくらいなら、死んだ方がマシだわ!!」


「なら、気を付けろ。どうしても避けられないものなら仕方ないけど、あんなポカミスやらかすな」


「だから反省してるってば。不注意だった自覚はあるし、恥ずかしい失敗だっていう自覚もあるわ。そこまでバカじゃないわよ」


「そうか。わかってるなら良い」


「アランって時折上から目線で、ムダにえらそうよね」


「どこがだよ?」


「15日早く生まれたからって、保護者ぶらなくても良いでしょ? たいした違いでもないのに」


「それはお前が悪い。俺に偉そうにされたくなければ、俺が心配するような事しなけりゃ良い」


「えーっ、アランが心配性で偉そうで短気なのは、元々でしょ。私が何もしなくたってそんなじゃない」


「何もしてなくはないだろ、おい。いつも何かやらかしてるくせに」


「記憶にないわね」


「どうせお前はそういうやつだよ。お前が覚えてないだけで、俺は全部覚えているからな。

 ちょっと目を離すと、毎回信じられないような事やらかすんだ。

 どうしてそんなにしょっちゅうトラブル起こしたり失敗するのか、理解できねぇよ! だいたいだな……っ」


「待って、アラン! そういうのは後にしてよ。大声出さなくても聞こえるんだから。

 こんなところでやめてよ。何か声や物音がしても、聞こえなくなるでしょ」


 レオナールの言葉に、アランは舌打ちした。


(こいつに正論言われると、本当、ムカつく……っ!)


 後で説教すると、忘れている事の方が多いのが、更に怒りを増す要因になっている気がする。アランはギリリと歯噛みしつつも、グッと堪えた。

一応警告。

ファンタジーでなくとも、何故人を殺してはいけないか、は説明しづらいです。

甥っこに聞かれた時、「●ちゃんは死にたくないでしょ? 死んだらゲームも漫画もテレビも見られないんだよ」という話をしたのですが、納得はできなかったようです。

マジ難しい。


以下を修正。

×身元確認からにしろ

○身元確認してからにしろ

×《黒の信奉者》

○《混沌神の信奉者》

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