14 命の価
戦闘および残酷な描写・表現があります。
青い光の輝きと共にレオナールは転移された。ベージュ色の砂岩の床、壁、揺れるランプの明かり。
レオナールが顔を上げると、そこにフードを目深に被った黒のローブをまとう男が、樫製と思われる美しい曲線を描く椅子に腰掛けていた。
男の前には同じく樫製と思われる書き物机があり、ランプとペン、インク壺などが置かれていた。
「バカというのは、本当に質が悪いな」
何かを記していた男がペンを置き、立ち上がった。男の身長はアランと同じか、それより高いくらいに見えた。魔術師なのか、身長の割に華奢な体躯で手足が長く、ローブの先から見える肌の色は青白い。
「……エルフ……?」
レオナールは呟き、魔法陣の外へ出た。背後の魔法陣が再び輝き、ルージュが転移してくる。
「きゅきゅーっ!」
光が止む前に、ルージュはレオナールに飛びつくように駆け寄って来て、瞳を金色にきらめかせ、男を威嚇するように睨む。
「本当に、質が悪い。どうも合わないようだな、思いつきで言動するバカは」
「あなたがミスリルゴーレムの主かしら?」
レオナールが右手のダガーを構えつつ尋ねると、男は呆れたような吐息を洩らす。
「それを尋ねて、相手が答えるとでも? ずいぶんおめでたい頭だ。わたしがこの世で最も嫌いなのは、使えないバカだ」
「つまりあなた自身ってわけね。お気の毒」
大仰に肩をすくめて言うレオナールに、男が剣呑な気配になる。
「何?」
「他人と会話できない自己陶酔型バカって、本当タチが悪いわよねぇ。うっとうしい自己紹介お疲れさま。
誰の何の役にも立たない上に気持ち悪いんだから、早々に目の前から消えるか、いっそ死ねば良いのに。
同じ害悪でも、チンピラや盗賊のがマシだわ。同じ人迷惑でも、毒は毒なりに、何らかの形で役には立つもの」
レオナールはそう言って声を上げて笑った。
「……この場の状況を読む事もできないようだな。バカが」
男が吐き捨てた。
「地精霊グレオシスの祝福を受けし聖銀よ、混沌たるオルレースの下、生命なき無名の動く人形となり、我が命に従い、恭順せよ。《聖銀の使役人形》」
レオナールが早口のエルフ語で詠唱する男の側面を大きく回るように駆け出し、叫ぶ。
「ルージュ!」
「きゅうっ! ぐがぁあああああおぉっ!!」
男の目の前に出現したミスリルゴーレムにルージュが咆哮し、レオナールが詠唱を完了したばかりの男の首元を狙って斬り掛かる。
「っ!」
男が舌打ちして、飛び退いた。レオナールは更に追いすがり、左足で男の膝下を蹴り上げ、そのまま膝で腿の辺りを蹴手繰り、バランスを崩す男目掛けてダガーを突き出す。
「其れは我の身を守る無名の盾、《守りの盾》」
ダガーによる突きは《守りの盾》により弾かれる。レオナールは即座に後ろに一歩踏み込み、右足で側頭部を狙った蹴りを繰り出し、男を地面に叩き付けた。
「ぐっ……!」
大きな音を聞きつけ、その洞窟内に作られたと思しき書斎あるいはそれに類する部屋へ、複数人が駆け寄る足音が聞こえてくる。
その時、魔法陣が青く輝き、アランとダオルが転移して来た。
「レオ!!」
アランの声に、レオナールが満面の笑みを浮かべてダガーを倒れ伏した男の膝下辺りに突き立て、左手で抜き取った。
「がぁっ……!」
「ちょうだい!」
そして、レオナールはアラン達に背を向けたまま空いた右手を高く掲げる。ダオルが抜き身の剣を投げ、レオナールがそれを大きく伸びをして受け取った。
「……貴様……っ!」
「魔術師ってどうして自分が近接戦闘すること考えないのかしら。やわくてモロいくせに、防具もつけないとか。自殺志願としか思えないわ」
「お前の基準で考えるな、バカ!!」
呆れたように言うレオナールに反論したのは、アランである。
「別にアランには期待してないわよ?」
「知ってるけど、俺以外の魔術師にも期待するのが間違ってるだろ!」
「ハイハイ、うるさいから魔法使う時と嫌な予感した時以外は黙ってて! ダオル、来るわよ!!」
そう叫んで、レオナールは通路へ向かって駆け出した。
「おい、突撃すんなって言ってるだろう!!」
アランが怒鳴るが、レオナールは聞いていない。
「どうする?」
ダオルがアランに尋ねる。
「あっちも面倒だが、とりあえずは目の前のこいつだろう」
アランが唸るように言って、ミスリルゴーレムとその向こうに転がる魔術師に視線を向ける。ダオルが頷いて言った。
「先のよりは小さいが、ゴーレムを倒すより術者を気絶させた方が早い」
「頼めるか?」
「ああ。人相手なら問題ない」
「あの体格だとエルフまたはハーフエルフという可能性もあるから、気を付けろ」
「了解」
アランは念のため足下に視線を落とし、今発動した転移陣一つしかないのを確認する。それから背嚢から薬剤を入れた革袋を取り出した。
「レオ!」
こちらを振り向いた相棒に向かって、口を閉じたままの革袋を投げる。
「何、これ」
「さっきのとは中身は別だ。嫌がらせ程度にしかならないが、その中身を相手に投げてやると面白い事になるかもな」
レオナールは袋の口をゆるめ、中に卵の殻が複数個入っているのを確認し、頷いた。そして、中の一つをつかみ取り、駆け付けた黒衣の男達目掛けて投げつけた。
唐辛子と胡椒入りの卵はぶつけられた衝撃で割れ、後続の男達によって巻き上げられ、数人を除いて咳き込む羽目になった。
それを見たレオナールは要らないと判断したが、下手に扱うと自分まで害を被りそうだと渋面になった。
「これ、袋ごと投げ返しても大丈夫?」
「強く投げないでくれ。魔獣の卵の殻を使ったし袋の中には緩衝材を入れてあるから、ちょっとなら大丈夫だが、衝撃には弱い」
アランの返答にレオナールは面倒臭げな顔になり、軽く放り投げた。アランは慌てて前に出て、それを受け止める。魔法陣の外に出てしまったため渋面になるが、出てしまったものは仕方ない。
「まいったな」
発動した魔法陣は、最後に使用した者がそのまま魔法陣の上にいる場合、常時発動型でない限りは再発動しない。
事故防止のためにはそのまま使用する直前までは、魔法陣の上にいるつもりだったのだが、仕方ない。
ぞっとするような不安と、全身の毛が逆立つような寒気が止まらない。その原因は、今のところ目の前のミスリルゴーレムとその術者だと思われるが、それとは別の嫌な予感がする。
(なるべく魔力は無駄に消耗したくないんだが)
魔力を使いすぎると倦怠感を覚え、それを超えると昏倒する。限界は術者の気力・精神力にもよるので、どこが限界なのかは本人が経験により学習するしかない。
魔法陣はあらかじめ設置しておけば誰にでも使える便利な代物だが、発動に必要な魔力が足りず限界を超えて吸われれば、恐ろしい凶器と化す。
魔力さえあれば人はもちろん魔獣や魔法生物ですら使用できるというのが、長所でも短所でもある。
再度転移陣を発動させ、また向こうで踏み直して戻るというのも手ではあるが、不確実性を嫌い、危険や不安定なものを厭うアランは、単独行動する危険を避けて諦めた。
現状維持である。
魔力が回復したらまず《鉄壁の盾》を唱えたい。先の術の効果は既に切れている。無理をすれば現時点でも使えなくはないが、気力・精神力が切れればかえって危ういだろう。
アランはダオルはそこそこ信頼できるし戦力あるいは先輩冒険者として頼りになるが、レオナールとルージュに関しては頼りにしてはいけないと考えている。
いざという時頼りになるのは自分自身だ。敵を目前にして身動きできず判断力も低下してしまうのは、避けたい。
レオナールは嬉々とした表情で、黒衣の男達と斬り合っている。幸い、あの中には魔術師らしき人物は混じっていないようだ。
全員揃いの衣装を着ており、多少連携が取れることを除けば、技量はさほどでもなさそうだ。
ラーヌで襲撃してきた連中よりはマシ程度である。使う剣や槍などを見ると、金のかけ方は段違いだが。
(金を持て余している富裕な平民、もしくはうだつの上がらない貴族か)
相手は実戦慣れしてないわけではないが、こなれているというわけでもない。レオナールが普段遊んでいる冒険者連中と似たようなものだろう。
ならば放っておいても問題ない。相手は殺しにかかってきているのだろうが、レオナールは遊んでいる。ダオルとルージュが応援に行けば、すぐ終わるだろう。
「終わったぞ」
その声にアランがダオルの方を見ると、黒ローブの男が昏倒しており、ミスリルゴーレムも動かなくなっていた。
できればミスリルゴーレムを持ち帰りたいが難しいだろう、とアランは羨望の目を向けつつも、ダオルに歩み寄った。
「魔封じの類いは持っていないが、拘束して口に何か噛ませておけば良いかな」
「現状ではそうするしかないな。自害を防ぐためにも」
アランは背嚢からロープを取り出し、手際よく手足を拘束していく。自力で歩けるように、両腕を背中にまとめて、足は最低限動かせる程度にする。
適当な布を猿轡とした。できれば何か固い物を噛ませておきたかったが、使えそうなのは薪に使う小枝くらいのものである。使用頻度が高いようなら、何か用意するべきだろうかと思いつつ、諦めた。
念のため、昏倒している魔術師らしき男に《眠りの霧》を使っておこうと考えたが、エルフまたはハーフエルフには効かないので、男のフードを下ろして確認した。
「……エルフか」
アランは眉をひそめた。
「珍しいな。エルフが人とつるんでこんなところにいるとは」
「エルフにも変わり者やはぐれ者はいるからな。フードを被った上に仮面をつけるとは、ずいぶん厳重だな」
男は銀色の仮面を付けていたが、下ろした濃い金髪の間から覗く長くて先の尖った耳の特徴は、見間違うことなくエルフである。
仮面を外すと、エルフ的な細過ぎるが整った冷悧な顔立ちが現れる。エルフ基準ではレオナールもアランも太り過ぎに見えるだろう。そもそも骨格からして別物なので仕方がない。
多くのエルフは魔法戦士であるが、このエルフはシーラ同様純粋な魔術師のようだ。一切の刃物も弓矢の類いも持っていない。
杖もないようだが、代わりに指輪型の発動体を左指に装備していた。
「良いな、指輪型か」
「欲しいのか?」
「やはり片手が空くのは魅力だな。これは外しておいた方が良いだろうが、証拠品の一つとして提出を命じられて没収されそうだよな」
そう言いながら、琥珀色と翠色の魔石がはまった指輪を外す。
「地属性と風属性ってことは、その二種の魔術に長けているのか。俺が使うなら新たに追加で火と水も付けたいところだな。
水は無理でも火は絶対欲しい」
「それなら最初から自分で作った方が早いと思うが?」
「土台のミスリルと魔術具技師の代金が心もとない。ミスリル合金は手持ちにあるが、人件費の方がきびしい。元があった方が若干安くなるから、手持ちでいけそうだが。
さすがに発動体に全財産出したら、後が辛い。魔法書とかも欲しいし、先日触媒を買いすぎたからな。
本当は麻痺毒や睡眠薬も欲しいんだが、買うと高いし自生しているのは見つからないし、エルフみたいに無効化できる相手じゃなければ、大抵魔法で代用できるから持ってない」
「ところでどうする? あちらは幼竜が向かったようだから、応援は必要なさそうだが」
ルージュが黒衣の男の幾人かを撥ね飛ばしているのが見える。アランはしばし瞑目し、
「こちらはもう大丈夫だと思うんだが、嫌な予感が収まらない。周囲に警戒しつつ早めに戦闘を終わらせた方が良いだろう」
「魔力は大丈夫か?」
「自分用に《鉄壁の盾》を唱えることくらいはできそうだ」
「ではそれを見届けたらあちらの応援に向かおう」
「ああ、よろしく頼む」
「しかし、便利だな」
「本当はこんなものに頼りたくはないんだが」
渋面でぼやくアランに、ダオルは苦笑した。
「おれは羨ましい。どんな力でも使えるものは使うべきだ」
「それはわかっている。だから、嫌だと思いつつも利用している。こんなものウル村では必要なかったんだがな」
「行ったことはないが、ウル村は良いところなようだな」
「何もないけどな。世事の喧騒に疲れた人が隠遁するには良いかもしれない。一人になりたい場合は向いてないが」
「そうか」
ダオルは人好きのする笑顔で頷いた。アランは《鉄壁の盾》を詠唱し発動した。
「では行って来る」
ダオルはそう言って部屋の出入り口付近へと向かった。アランはふと傍らの書き物机の上に視線を向けた。
そこには古代魔法語あるいはエルフ語による手紙と思われる上質な紙が置かれていた。インクは生乾きで、つい先程書いたように見える。
『ラーヌ南東の巨大蜘蛛研究施設に関する報告』──そこまで読めたところで慌てて手に取った。
まだ十数行しか書かれていないが、これは重要な手掛かりだ。こんなものがあるという事は、エルフの男は首謀者ではないが、責任者の一人なのだろう。
何が書かれているのか知りたいが、嫌な予感がますます強くなっている。紙を胸元にしまうと、杖を構えて振り返った。
「レオ、ダオル!」
アランは大きな声で叫び、その場で転がった。短剣を握った黒衣の男の攻撃はギリギリ外された。《鉄壁の盾》の効果はまだ残っている。
逃げられるものなら即座に逃げたいところだが、逃げ足にはあまり自信がない。先程投げ返された催涙剤を革袋から取り出し、投げつけた。
短剣の男が低く悲鳴を上げる。
レオナールが軽い舌打ちをし、ダオルが即座に戻ろうとするが妨げられる。
「仕方ないわね!」
レオナールが高く跳躍する。黒衣の連中の肩や頭部を蹴りつけながら、更に跳躍を繰り返す姿を見て、アランは思わず「あいつ、人間離れしてきてるな」と呟いた。
蹴りつけられた連中はことごとく転倒したり、バランスを崩したりしている。
「夕飯、奢りなさいよ!」
本当は夕食なしに加えて説教してやりたいところだが、自分の命と安全には変えられない。
「わかった!」
とアランが返すと、レオナールはニンマリ笑った。
「期待してるわ!」
レオナールが唐辛子と胡椒を吸い込んで苦しむ男に飛び掛かった。
(でも説教はしてやりたい)
何故こんな事になったのかという理由・原因については叩き込んでやりたい。言わない事は理解できず考えもしない相方を、アランは睨むように見つめた。
説教したいアランと何も考えてないレオナール。
寒くなりました。雪が降りました。風邪引かないよう気をつけましょう(特に自分)。
もし誰かがレオナールに何故「同じ害悪でも、チンピラや盗賊のがマシ」なのかツッコんだら「私が斬るためよ!」と答えること間違いなし。
以下を修正。
×青い光が輝き
○青い光の輝き
×もて甘している
○持て余している




